85「楽しい気分を台無しにされるとうざくね?」
――「帝国」の隠れ家のひとつに小池はじめは戻っていた。
「想像していた通りの強さだった。まさか片腕を一本奪われるとは思わなかったが――想定内の強さだった」
はじめに自宅はないが、気に入って使っているマンションがある。
それがここだ。
広いリビングに、上質なソファー、大きなテレビがお気に入りだ。
「おかえりなさい、我が王よ」
お気に入りの部屋に、「帝国」公爵であり、実質「帝国」を動かしている柏原保がいた。
恭しく胸に手を当て、礼をする姿は仰々しく、それ以上にわざとらしい。
はじめは嫌そうな顔をした。
「――保か。その仰々しいのをやめろと何度も言わせるな」
「しかし、あなたは私たちの王です」
「……面倒くさいやつだな。好きにしろ」
「我が王ならそう言ってくださると思っていました」
基本的に、この男は自分を放置しているが、こうやって会いに来るときは面倒ごとを持ってくるか、無茶なことを言ってくるかのどちらかだ。
「お前は本当に胡散臭いやつだな。風呂に入るから、どこか行っていろ」
「はい。我が王の御心のままに」
手を振って払う仕草をすると、保は恭しく礼をする。
うんざりした顔をしたはじめは、保を無視して浴室に向かおうとして足を止めた。
「――王?」
すん、と鼻を動かしたはじめは、保の首を掴む。
それほど力は入れていないが、保にははじめの動きは全く見えなかったはずだ。
何よりも、行動理由がまるでわからないだろう。
「王、よ。なにか、私が不始末でもしてしまったでしょうか」
「――ああ、したな」
「後学のために教えてくださると嬉しいのですが」
「恐怖と血の匂いがする」
はじめは首を握る力を込める。
「恐怖の匂いは、ああ、そうか、格上にあったか。今は、新たな神々と離反者たちの相手に忙しいから古き神々や魔族は放置していろと俺は言ったんだがな?」
「――すみません、つい好奇心が勝ってしまい」
「まあいいさ。俺も我慢できずに由良夏樹に挨拶をしちまった。まあ、それはお前にも言ってあったんだがな。普段なら呼べば来るくせに電話だったから変だと思っていたんだが、あれだ、ビビっているのを隠したくてどこかにいたのか?」
「王よ、そのようなことは」
「それともステファニーを殺したことを隠しておこうとでもしたのか?」
「――――なんのことでしょうか?」
「血の匂いがする。ステファニーの血の匂いだ。覚えがある。あの女は面白かったから、なんどか剣の使い方を教えてやったことがある。その時に流した血の匂いと同じだ」
さらに、はじめは力を込めた。
さすがに保も抵抗しようとはじめの腕を掴む。
しかし、びくともしない。
「俺はお前のやることにとやかく言うつもりはない。裏でコソコソしているのも知っているし、何かつまらないことをしていることも知っている。だが、興味がない。お前がすべきことは、俺が戦う場を整えることだろう?」
「は、い」
「なら、仲間殺しなんぞしてるんじゃねえよ」
「ステファニーは、うらぎ、りもの、で」
「そういう嘘もいい。あの女は愚かじゃない。よせ、保。言い訳をすると首を千切るぞ」
そう言い放ったはじめに、保は両手を上げた。
降参すると受け取り、首を離す。
咳き込む保に、はじめは抑揚のない声を出した。
「殺してしまったものは仕方がない。お前が強く、ステファニーが弱かった。それだけだ。もしかしたら生きている可能性もあるが、どうだろうな。俺はお前を責めない。俺を裏切ったわけではないからだ。それでも、一応言っておこう。「帝国」は俺のものだ。余計なことをするな」
「――――かしこまりました、我が王よ」
「まだその態度を続けることは褒めてやる。用事があるのなら、風呂上がりにしろ。いいな」
「お待ちしています」
保の返事を無視してはじめは浴室に向かう。
「――せっかくの楽しかった気分が台無しだ」




