91「千手さんは向島市の勇者じゃね!?」③
ごしゃっ、と普段あまり聞かない何かが砕ける音がした。
バックドロップをされた夏樹の後頭部がアスファルトの地面を砕き、大きな穴を開けている。
「――痛いんですけど!」
「全力でやったのに痛いで済むのがわかっていたんだが、悔しいというかやっぱり規格外だなと思い知らされたというか」
千手の全力のバックドロップも夏樹にしたら「ちょっと痛い」くらいだ。
アスファルトの地面を陥没させているのだから、どれだけ頭が硬いのかと疑問が浮かぶ。
「というか、どうして千手さんがここにいるのさ!?」
頭を抑えながら立ち上がった夏樹に、同じく砂埃を払う千手が疲れたように電子煙草を咥えて疑問に答えた。
「話を聞いてもよくわからなかったんだが、由良がお年寄りを背負って爆走していたらしいじゃないか」
「してましたけど!」
「していたのかよ。その光景を、由良の中学校の権藤先生が目撃したらしい」
「うわぁー!」
「権藤先生が月読様に連絡をして俺に連絡が来たってことだ」
「うばぁあああああああああああああああああああ!?」
夏樹が頭を抱えてしゃがみ込んだ。
まさか月読に話が届いているとは思わなかった。
これもすべて休日にやってきたイベントが悪いのだ。
「違うんだよ、千手さん! これは「帝国」が悪いんだ! 厨二病全開のかっこいい設定しやがって! 異世界帰りの人間を集めて、やりたい放題! 悪の組織に間違いない! ならば、鏖殺! 鏖殺! 鏖殺!」
「……「帝国」はさておくとして、由良がお年寄りを背負って道路を爆走していた理由にはならないだろう?」
「……これだから察しの良い鬼っ子大好きおじさんは」
「張り倒すぞ! 鬼っ子大好きじゃねえし、何よりもおじさんじゃねえ! お兄さんと呼べっ!」
「千手は絶好調じゃのう。ところで、おどれのフィアンセのとらぴーは一緒じゃないんか?」
小梅が尋ねると、千手が困った顔をする。
「小梅の姐さんまで勘弁してくれ。虎童子は親父と一緒にスーパーで買ったものを冷蔵庫に入れるために帰らせた」
「買い物中じゃったか」
「買い物中だったんだよ!」
「夏樹もじゃが、千手もついとらんのう」
「くっ、由良に初めてボコられた時から、俺の人生は愉快なくらいに慌ただしくなっちまった!」
「俺様もかなり愉快になったんじゃから、そーんなもんじゃ! ところで、月読はどうしたんじゃ?」
千手は電子煙草を三度吸い、落ち着きを取り戻した。
「月読様は、頭痛薬と胃痛薬を買いに薬局に行ってからこちらにいらっしゃるようだ!」
「あやつもいろいろ限界じゃのう!」
「え? 月読先生、具合悪いの? 心配だなぁ」
「おどれのせいじゃろう!」
「由良のせいだからな!」
「えぇぇ……」
「とっても心外なんですけどぉ」と夏樹が呟く。
そんな夏樹を無視して、千手が尋ねた。
「とりあえず、俺にわかりやすく何が起きているのか説明してくれや」
「はい! あのね、「帝国」のやり方についていけなかったそちらの百合園ありすさんが新しい「帝国」を作って離反したんだけど、良いように利用されていたのと、ほぼほぼ裏切られていて残念なことになっているんです! それで、そちらの篠原キリエさんはありすさんを利用はしたけど、そこまで悪いことするつもりはなかったようで、とりあえずざまぁしようってことになった!」
「……んんん? 由良ぁ、最後はしょっただろう?」
「はしょってないよ! ただ、キリエさんは勇者として召喚される前に家族がクソだったから、勇者の力で復讐したいみたいだからお手伝いしようって、ちょっと省いちゃっただけで」
「それを端折るって言うんだよ! って、なんだ。またざまぁ祭りか?」
「レッツ、ざまぁ!」
「えっと、由良はこう言っているんだが、それでいいのか?」
千手がありすとキリエに尋ねると、ふたりは全力で否定するように首を横に振った。




