42「大人になると人生をやり直したくなるのは不思議じゃね?」③
杏のはっきりした拒絶に、門の神は笑顔を消した。
頭を掻きむしりながら、苛立った口調に変わった。
「あのさぁ! ちょっと考えたら杏ちゃんのためになるってことわかないかかなぁ」
「だから」
「杏ちゃんだけの話じゃなくてさ、君のパパとかが辛い思いしなくなるんだよ? 好きな人と再婚したのに家庭崩壊して離婚。その後、辛い感情を君にぶつけることなく仕事にぶつけ、痩せちゃったよね。辛かったよね。きっと杏ちゃんの知らないところで泣いてもいたんじゃないかなぁ。そんなパパを救えるんだよ?」
「――っ、それは」
「由良夏樹のママだってそうだよ? せっかく素敵な旦那さんと可愛い娘ができたと思って幸せだったのに、君のせいで家庭が崩壊。頑張ってひとりで息子を育てても、ギャラクシーだ河童だなんて言う愉快な子に育っちゃった。今じゃ、そんな息子の愉快な仲間たちに規制されているじゃないか。それを助けることができるのって、君だけなんだよ?」
「………………」
父と春子の名を出されて、杏は何も言えなくなってしまった。
他ならぬ杏が不幸にした被害者だ。
ふたりとも杏を許してくれたが、散々ぶつけてきた悪意がなかったことになったわけではない。
――杏のしてしまったことを無かったことにして、父と春子が幸せになる。
なんて甘美な誘惑だ。
今まで強い意志を持って門の神と対峙していた杏に、「迷い」が生まれた。
門の神がいやらしく笑ったことを杏は気づけなかった。
「これが最後のお誘いだよ」
門の神は穏やかな声で、優しい声を杏に向けた。
「杏ちゃん、よく聞いてね。君に救済を与えよう。過去に戻り、幸せを掴むんだ。みんなを幸せにできるのは、君だけなんだ。君だけが、君自身を、パパを、由良夏樹たちを救うことができる。わかるかい? 君の選択で、ハッピーエンドになるんだよ? さあ、この手を取って。そうすれば、僕が君を門に導こう」
「……あ、杏は…………」
杏の声が震えていた。
門の神を信じられないと頭ではわかっているのに、心が「万が一」彼の言うことが事実であったら、と考えてしまう。
気づけば、頭と心がぐっちゃぐちゃになって正しい判断ができない。
「さあ、杏ちゃん」
門の神の声は、どこまでも甘かった。
ゆっくりと門の神の手が伸ばされる。
もう少しで杏の身体に、門の神の手が触れる。
――門の神が嗤った時、杏を庇うように「誰か」が割って入った。
「杏ちゃん! 騙されちゃだめかっぱー!」
「過去を変えるなんて都合のいいことなんて神様にだってできないかっぱー!」
「仮にできても、その世界はここじゃないまた違う世界なんだかっぱー!」
河童たちが杏を守るように、門の神の前に立ち塞がった。




