244話 忘れて欲しくない
-岩手県 某所-
虚偽と噂で塗りたくられたインサイダー取引の疑いが晴れて、俺は事情徴収から解放される。
岩垣総一郎、俺はSMOゲーム内で伊集院咲耶を名乗っていた。
説明は省くがSMOのトラブルから帰還した俺は別件で嫌疑を賭けられて何度も事情徴収を受けていた。
比較的稼いでいる投資家の俺は、同業者から有らぬ疑いを掛けられていた。
自分の潔白を証明する事は容易だが、それを取り巻く全てを解決するのに結構時間が掛かってしまった。
リアルに体験した冒険の日々が、懐かしくさえ感じる。
まさしく生と死を掛けた冒険の日々。
喜びも悲しみも、そして日常で感じる事の無くなった恐怖と好奇心も・・・。
雪が降り始めたある日、知らない番号から携帯に電話が入る。
応対をした俺は驚いた。
その人物は自分をDOSだと名乗った。
「深紅の薔薇」のサブマスターをしていた人物だ。
「会う事は出来ないか?」と言う問い掛けに対して、少し悩んでしまう。
俺はリアルとデジタルを別けている。
ゲーム内の操作していたキャラクターは伊集院咲耶。
「です、ます」調の「私」は、キャラクターとして演じていた別人に過ぎない。
キャラクターになりきり、ノリでOFF会にも了承した。
しかしリアルで会う機はサラサラなかった。
「・・・・シノブを・・・彼女を助けるのに協力して欲しい。」
彼の発したその言葉を聞くまでは・・・。
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獅童と名乗る長身でマッチョ系の30代の男と顔を合わせたのは、暮らしているマンションからほど近い喫茶店だった。
不精髭を蓄えたスーツを着た男性は穏やかな表情で握手を持てめて来た。
DOSの中の人はこんな感じだったのか・・・。
30代の家庭持ちで花屋を経営していると言うのは聞いた事が有った。
ゲーム内では無口なクールビューティーと言った雰囲気だった。
サービス終了日までお互い女性だと思っていたので、微妙に気不味い雰囲気が漂う。
彼は俺の事をどう感じただろうか?
ゲーム内ではスタイルの良いOLスーツを纏った礼儀正しい女性を演じていた。
だが実際は運動不足から来る肥満で標準体重を越えた小太りの29歳の陰キャだ。
良い印象は無いだろうと思った。
ネカマとは互いに会うべきではないモノだと確信した瞬間だった。
しかし、今回だけは状況が違う。
かつての仲間が俺に助けを求める程の案件。
異世界転移と言う非現実的な状況の中心人物で事件の最大の被害者・・・シノブの事だと聞いたからだ。
彼はまず自己紹介がてら自分の置かれた状況を話し始めた。
何でも3年間放置して来た花屋を再開しようと奮闘している事。
そしてハーデスとミカエルとリアルで会った事。
ハーデスはシノブにも会ったと言う事を聞いた。
そして、俺が心の何処かで危惧していたシノブの近況を語った。
彼女は「ゲームをプレイしていた」と言う単語としての記憶以外のゲーム内の出来事を覚えて無いらしい。
俺達との思い出もサービス最終日に経験した冒険の日々も全部消失しているらしい。
DOSも実際にシノブに会っていないので、詳しくは分からないと暗い表情で語る。
俺も自己紹介を簡潔に済ます。
大学を卒業してからデイトレーダーとして引きこもっている生活をしている俺には、投資で稼いだ資産位しか他人に話して興味を持たれる様な生活をしていないからだ。
自分でも本当に薄っぺらい人生だと思う。
DOSは長期有給を取得したハーデスと共に、「深紅の薔薇」のギルドメンバーに会う為に各地を回っているらしい。
ハーデスは今、サクラに会う為に北海道へと行っていると話していた。
彼らは「深紅の薔薇」の5人全員を集めてシノブに会いに行こうとしている様だった。
「それは・・・どうなんだ?シノブはゲームでの記憶が無いんだよな?」
「ああ、ハーデスが言うにはシノブだけが綺麗サッパリ忘れていると言う話らしい。」
あの異世界とも呼ぶべき電脳世界での肉体は現実世界で言う所の「精神」という概念そのものと言っても良い。
その大半を破壊神ヨグトスに浸食されてしまったシノブは、自らの手で自分自身の精神体ごと破壊神ヨグトスを倒してしまった。
その結果、記憶の大部分を失ってしまった。
・・・もしくは忘れてしまったと言う事なんだろう。
「俺で良ければ協力はしたいんだが・・・シノブは思い出す事を望んでいるんだろうか?」
「・・・それは分からない。もしかしたら俺達の自己満足かも知れない。」
俺の中で皆と一緒に過ごした時間は大切なモノだ。
しかしそれはゲームでの思い出で在ってリアルのソレとは区別される。
今まで様々なオンラインゲームをプレイしサービス終了を経験して来た俺は、そういう割り切った考え方の持ち主だった。
しかし痛みを伴い、生死を共にしたあの世界での出来事は今までに無い感情を俺の中に造った事は揺るがない事実だった。
「・・・たとえ自己満足でも、俺は思い出して欲しい。皆で過ごした日々の事を!」
DOSは力強く言い放った。
「・・・俺もそう思う。」
彼女と一緒に異世界でアルバイトした日々は今でも鮮明に思い出す。
ハーデスとのホスト対決も・・・
馬鹿なサクラとの喧嘩した日々も忘れる事なんて出来ない。
あの思い出だけはゲームとして割り切れない。
またいつか出会って語り合いたいとも思ってしまう。
「そうだな・・・うん、俺達にとっても大切な思い出だ。忘れて欲しくはないな。」
あの冒険を得て自分の中で何かが変わった事を思い出す。
異世界をゲームと割り切ってモンスターやNPCを沢山倒して来た。
しかしあの世界で暮らして行く内にNPCを人と認識する様になり、浅はかだった自分の行いを見つめ直す事が出来た。
人として成長させてくれたあの世界での出来事は忘れてはいけない。
そう強く思う。
俺は改めてDOSの手を握り協力する事を約束する。
そしてミカエルとハーデスの連絡先を教えて貰う。
あの世界に行く切っ掛けとなったシノブをほんの少しでも救いたい。
俺に出来る事は有るだろうか・・・。
俺は改めて伊集院咲耶になる事を決意する。
シノブはまだ、あの世界から完全にログアウト出来て無いんだ。
必ず俺が救って見せる!
皆で刻んだ掛け替えの無い思い出を忘れて欲しく無いから。
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