呪縛を越えて
リーシャによれば、森を抜けて北東に進むと街があるそうだ。よって、太陽の位置から大体北東と思われる方角に進み始める。森の中なので、リーシャは歩きにくそうにしているが、私は浮かんでついて行くだけだから楽なものだ。木を避けるのもだいぶ上手くなり、今ではぬらぬらと妖しい動きを心がけるという、新しい目標に向かって練習している。もちろんうっすら霧を展開して警戒しているが、あまり動物に出くわさなくなってきて暇なので、リーシャに喋りかける。
「何か想定外の事が起きたら、どうする?」
「例えば?」
「例えばそうだな、魔獣が」
そこまで喋った時、突然森が開けた。そしてその先1mぐらいの所に深い崖があるのが見える。覗き込むと下に川が流れていたて、対岸までは10mぐらいの幅がある。谷か。
「例えばこんな谷とか。」
どうしよう。どこか渡れそうな所もない。この谷に沿って歩いて行ってもいいが、どこまで続くのか見当もつかない。
「どうしようね、、、」
二人して途方に暮れる。
作戦1
私がリーシャを抱きしめて、そのまま飛ぶ。
「ぐぐぐ、重ーい。」
「失礼ね!」
作戦2
水牢に入れて運ぶ。
「ゴボゴボ、、、」
「リーシャァー!死ぬなー!」
作戦3
ウォタービームでリーシャを発射する。
「これ本当に大丈夫なの!?」
「初挑戦だ。」
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「全部ダメじゃないの!」
「うーむ。」
水牢は上手く行くと思ったんだがな。頭だけ出し中に入れて動かそうとすると、水だけ動いてリーシャが置き去りになった。水流で固定しつつゆっくり動かそうとしていたら、バランスを崩してリーシャが水牢の中で転がり、危うく溺死するところだった。
ちなみにリーシャは服を着たまま入れたが、今は微塵も湿ってない。そう、私は服の水気を吸収できるのだ!川辺で抱きつかれた時に、私の水の衣に触れたから、リーシャの服も濡れているかと思ったが、全然濡れていなかったのについさっき気がつき、試したのだ。
「何かくだらないこと考えてない?」
ぬぬ、相変わらず鋭い奴め。だが私も、現実逃避ばかりしている訳ではない。
「なあ、リーシャよ。水上を走るにはどうすればいいか知ってるか?」
「もしかして、水で橋を作るからそれを渡れって?走って?」
「うむ。」
「できる訳ないでしょ、、、」
やっぱりか。
ん?何も走る必要はないじゃなか!
「リーシャ!橋だ!水で橋を作るから、そこを泳げば良いんだ!」
我ながらナイスアイディア!
「私泳いだことないんだけど、、、」
なに?
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結局、丸太にしがみついたリーシャを、水で作った橋で渡らせた。
「あー、疲れたよ。」
色々やってた所為で、だいぶ日が暮れてきた。
喉も渇いた。谷の下には川が流れている。深さはたぶん25mもないだろう。水を飲める。
「今日はここで夜営するか?」
谷の近くには木が植わってないので、枝が落ちてたり木の根で凸凹もしてない。
「そうだね、そうするよ。うわ、服がもうボロボロ。こっちの新しい服にするかな。」
リーシャが今まで着てきた服は、もともと壊れかけだったが、今日の騒動であちこちにガタがきていた。古いのを捨て、私があげた例のエルフが着ていた服に着替え始めた。
リーシャの裸、前のようにムラムラしない。やはり渇水があると、この手の欲求は無くなるのか。まあ、考えても仕方ない。それより水だな。
「リーシャ、私は水を飲んでくる。」
「え?どこに、、、ああ、谷の下ね。行ってらっしゃい。」
底に着き、川に体を浸す。ああ、満足満足。
そしたら、ちょうど夕暮れが谷に差し込んできた。両方の崖と水面が優しい茜色に染まり、とても美しかった。川の流れる音が反響して、不思議な音色になっている。
外に出れて良かった。リーシャには感謝しないとな。彼女にもこれを見せてあげたいが、今は出来ない。下ろすことは可能だが、上がる手段がない。リーシャが泳げるようになったら、見せてやろう。ここに帰ってくるのがいつかはわからないが、いつか必ず、二人で。
柄にもないな。水さえあれば、それだけで良いと思っていたが。まあ、泉を出る前夜に、面倒を見てやると決めたしな。私はお姉さんなんだから。
ふむ、何匹か小魚や沢ガニがいるな。これをリーシャに持って行ってみるか。毎日肉の丸焼きと山菜じゃあ、飽きるだろうし。
谷の上に上がって行く。
「リーシャ、食べ物を持ってき、、、」
リーシャが裸のまま、夕日に向かって左手を伸ばしていた。
茜色の光は、髪を輝かせ瞳の妖しい煌めきをいっそう激しくしていた。その横顔は、裸体は、
「美しい、、、」
谷の底でみた光景よりも。
何故かはわからない。今までよりも、リーシャを近くに感じる。
呟きが聞こえたのか、こちらに気がついて私の方を向いた。
「綺麗だよね、夕日。森の中からだと、ちゃんと見えたことがなかったから。」
「そう、だな。綺麗な夕日だ。」
肯定するが、今は他のことを考えていた。ぽっかりと空いた空洞になっている左目、引きちぎられたように無くなった左耳。これから生きて行く上で障害となるだろう、左側の死角。
「リーシャ。」
「なに?」
「私が、お前の左側を支えてやる。お前の半分を背負ってやる。」
守らねばならない。理屈ではなく、本能が告げる。
「ユニエ。」
「なんだ?」
「私、幸せだよ。」
そう言って、リーシャは静かに笑った。
「これ、夕飯だ。肉や山菜だけじゃ飽きたろう。魚と沢ガニだ。」
照れ臭くなって、とにかく食べ物を突き出す。
「ありがとう、ユニエ。」
「ほら、早く服を着ろ。風邪を引いても知らんぞ。」
「はーい。」
いつの間にか、太陽は沈んでしまっていた。
次回リーシャ視点で1話だけ。そのあとはようやく冒険が始まります




