告白:「あたしは、嘘は言わない」
部屋の鍵を解錠した玲蘭は先に室内に滑り込む。続いて立ち入ろうとしたら振り向いてキッと睨まれた。
まさか追い出すつもりなのだろうかと、痛む頬を押さえていたのとは反対の手を慌てて扉にかける。なんとか室内に入れてもらえたからホッとした。
背後で扉が閉まる音を聞きつつ、とにかく声をかけることにする。
「れ、レーラが外に出たんじゃないかと思って、私、探しに……」
「なんだって磁気嵐の警戒情報出てるときに外に出なきゃならないのよ。あたしはジュースかアイス買おうって思って下行っただけ」
玲蘭はジンジャーエールのボトルを開けようとしてから、思い出したように手を洗いに行った。どんなときでも衛生観念はそれなりに高いらしい。
「1階でそれ買ったところでさっきのボケたフロント係に声掛けられたわけ。お連れ様が外に行きましたけどって。バカじゃないのって思って」
そこで言葉が途切れた。うがいの音がする。
なるほど。そういうことならさっきの若造は結果的に、サソリバグの脅威から真咲を救ってくれた恩人ということになるかもしれない。もちろん、直接的に助けてくれたのは玲蘭だけど。
真咲も入れ違いに手を洗いつつ、会話を続けた。ついでに、洗った手をまだ痛む頬にぺちんと付けて冷やすことにする。
「ええと、助けてくれて、助かった……」
「呑気なこと。バグの攻撃食らって道端で一晩寝るつもりだったの? 本当に浅はか」
お嬢様はいつだって、真咲の失敗に対して一切遠慮をすることなく詰めてくる。
「自力でバグと戦えないなら、自衛くらいしたら?」
「はぁい……」
1日ぶりの説教だ。要するに、結局毎日説教を食らってしまっている。
***
ジンジャーエールを持って広縁の椅子に移動した玲蘭は、ドカッとそこに腰掛けた。
「お仕置きが必要なところだけど、お仕置きするとマサキはよくなっちゃってとろけちゃうからあと回し。どうせ延泊取ったから、明日を楽しみにしてなさい」
「……」
楽しみなわけがないと思う。だって、玲蘭がやることは痛いか重いか苦しいかくすぐったいか怖いか屈辱的かのどれかなのだから。
「それで、向こう見ずに外に出て、なんか考えて帰ってきたわけ?」
それが、考えはちっともまとまらなかったのだ。
だけど、『何も』なんて言ったらまた怒られそうな気がする。
「レーラはなんで」
だからとにかく口を開いたけれど、結局何を尋ねたいのかはまったく分からない。それでも広縁に移動し、向かいの椅子に座った。
玲蘭は黙って次の言葉を待っている。
玲蘭に尋ねたいことはいっぱいあると思った。
さっき真っ暗な海をじっと見ていたときに、たくさんの疑問が浮かんでは消え、浮かんでは消えていった。分からないことばかりが頭の中をぐるぐる、ぐるぐると際限なく駆け巡っていた。
どうして月ノ井真咲の過去のことを調べ上げたのか。
どうして真咲の不正を暴いてわざわざ社長に言いつけたのか。
そうしたにも関わらず、どうして今一緒に旅をしているのか。
それに……どうして真咲から、一番大切な仕事を奪ってしまったのか。
だけど、口をついて出たのはまったく違う疑問だった。
「なんで、手の内を開かしたの?」
玲蘭がまっすぐに真咲を見た。その質問に関心を持ったような表情だった。
考えてみれば、それだって気になることの1つだ。
真咲はついさっきまで、玲蘭を恩人だと思い込んでいた。不正がバレて窮地に陥っている真咲を、玲蘭が助けるような形で拾い上げたのだと信じ込んでいた。
しかも、確か今朝、そのことを面と向かって伝えたはずだ。『崖から落ちそうになってた私を、レーラが助けてくれたんだよ』と。玲蘭はあれにどんな反応をしていただろう。ただニコッと微笑んだだけだっただろうか。
「レーラは、黙っておいたら良かったんじゃないの? 私に、真実を伝えなくても良かったんじゃ……」
真咲にとって玲蘭は恩人なのだと思い込ませておけば良かったのに。本当は自分が崖際に追い込んだなんてバラすことなく、真咲に夢を見せ続ければよかったのに。
そうすれば、2人の関係性は良好なままで、わだかまりなんて抱える必要はない。2人は明日も明後日も、その先もずっとずっと、恋人ごっこを続けていける。……お互い腹の内に色んなものを抱えたまま。
それでも玲蘭は、自身が経歴詐称を暴いたと言い切った。しかも考え直してみると、それを自分から明かすために話題を誘導したフシさえあった。
「あたしはマサキとは違う」
玲蘭は毅然とした瞳で言い放った。
「あたし、マサキに嘘はつかないし、ごまかしたりもしない」
思わず閉口した。
お嬢様は、真咲のやらかしを何度でも蒸し返す。確かに、嘘をついたりごまかしたりしたことがあるのは事実だけど……。
「ねえマサキ、分かる? あたしはいつも、本当のことばっかり言っているの」
玲蘭は、やけにまっすぐに訴えかけてくる。
そうは言っても、この関係性は嘘っぱちじゃないか。そんな風に思う。
玲蘭は旅の最初の日に言った。恋人同士のフリでいいと。だから2人は擬似的な関係を続けてきたんじゃないか。
だけど、それを面と向かって指摘するのは気が引ける。真咲がそれを言うというのはつまり『あなたとは嘘っぱちな関係のつもりで付き合っていました』と宣言することに等しい。
きっと玲蘭はそれを嫌がるだろうと思ったら、うまく指摘できなかった。
「あたしはマサキのことが好きで、恋人同士になりたかった」
真咲が黙り込んだことをどう解釈したのかは分からない。
だけど玲蘭は真咲をまっすぐに見て、言い放った。
「ずっと好きだった。……これは、本当のこと」
***
うっかり目を見開いてしまった。
だって、玲蘭の言い方は本当に、本心から出たものとしか思えなかったから。
「嘘でしょ……」
「あたしは、嘘は言わない」
その瞳には、確かな決意のようなものがみなぎっていた。
……全力の愛の告白なんだろうと理解した。
「待って。いつから……」
言いかけたところで、玲蘭との初対面の日の記憶が鮮やかに蘇った。
「って、あのパーティー、なの?」
ベビーピンクのドレスを着せられて壁の花と化していた、あの日の玲蘭の姿が脳裏に鮮やかに蘇る。
「だから、嘘なんか言わないってば……」
「ちょっと……それって」
理解した瞬間、顔や体が燃えるように熱くなったように感じてしまった。おそらく、今自分の頬や耳はちょっと赤いに違いない。
「あのときに一目惚れした。あたし、あのときからマサキのことが、ずうっと好きだった」
なんてことだろう。
もしかして、もしかしなくてもそれは全身全霊、全力の恋心なんじゃないか。




