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水族館:「サメが好き。可愛いもん」

「……ええ、ヴァーチャルエラー修復士がマリンブリッジの修復に伺いました。担当の方は」

 道路脇に車を停め、ヴァーチャルモニターの向こうの担当者に向かって話す。

「ええ、助かります。1時間……承知しました、では1時間後。当方はマリンパーク側のヴァーチャルエラー修復を先に行いますので、タイミングを見計らって落ち合いましょう。はい、よろしくお願いいたします」

 終話ボタンを押したところで、玲蘭レイラにキラキラした瞳を向けられていることに気付いた。

「秘書さんって感じ!」


 そう。なんとこれでも秘書なのだ。アポイントメントはお手の物。

「そりゃどうも。やっぱりエラーごと橋を封鎖してるみたい。担当者と落ち合えるの、1時間後だって。先にあっちの水族館のエラー片付けよう。車回すわ」

 玲蘭がずっとキラキラしている。ちょっと照れくさい。


 2人は、福島県の小名浜おなはまという港町にいる。地震と津波の影響を強く受けたエリアだけど、ある程度時間が経って復興は着々と進んでいるようだ。それでも平日の日中、観光客はそれほど多くない。

 水族館の海側エリアに、ヴァーチャルエラーの箇所を発見した。規模はそれほど大きくなさそうだ。


 玲蘭が修復作業をしている間に、水族館の施設責任者を呼び出してもらい、エラー修復の概要を簡潔に伝えておくことにした。

「助かります。作業が終われば、ぜひ水族館を見ていってください」

 担当者の話し方には、少し地方(なま)りがある。

「ではお気持ちに甘えて少しだけ。ただ、このあとマリンブリッジのエラー修復を行うので、あまり時間がなくて……」

「ああ、それはお疲れ様です。橋の方は広範囲にエラーが及んでますんで、正直ありがたいです。あれが出るだけで観光客の足も遠のきますし……」

 ねぎらいの言葉に、注意を喚起かんきした。

「ええ。今後磁気嵐が来たらエラーが復活する恐れがあるので、施設の方でも充分お気をつけください」


 ややあって、玲蘭が気楽な足取りで水族館に入ってきた。もう修復が終わったらしい。さすがの早さだ。

「橋の担当者との待ち合わせまで多少の余裕があるの。ここの施設の人が、よかったら水族館見てってってさ」

「ホント? サメいるかなあ?」

 玲蘭がぱあっと子供みたいに喜んでくれた。

「サメが好きなの?」

「サメが好き。可愛いもん」

 イルカでもペンギンでもカクレクマノミでもないのか。お嬢様の好みは独特だ。


 その水族館には幸いにも、何種類かのサメが飼育されていた。玲蘭は大喜びでサメのいる水槽を眺めていた。

せっかくだからサメの水槽の前でツーショット写真を撮る。今日の分を、さっさと社長に送ってしまうことにしよう。


「マサキは好きなのいた?」

 手をつなぎながらぐるりと駆け足で水族館を見学し、時間を見計らって施設をあとにする。ところで、手をつないで水族館を歩くなんて、まるっきりデートすぎてどうにもワクワクしてしまう。

「そうだなぁ……エトピリカがいて驚いた」

 前々から、一度は実物を見てみたいと思っていた鳥だった。

「鳥さんね。可愛かったね」

「あれ、北海道にしかいないって思い込んでたから。北の果てに着くまでに会えるといいなあって思ってたけど、まさかここで会うとは」

 丸っこいフォルムのその鳥が、無邪気にちゃぷちゃぷと水に浮かぶ姿が印象に残っている。

「北海道でも会えるといいね」

「うん」

 そうだ。2人は北海道まで駆け抜けるのだ。またエトピリカに会うこともあるかもしれない。


 さて、玲蘭を車に乗せてマリンブリッジに戻る。

 指定された地点に車を停め、担当者に連絡しようとしたらちょうど一台の軽トラが滑り込んできた。どうやら、タイミングはぴったりだったらしい。

 担当者の案内を受けて、封鎖されている橋に立ち入った。橋の先は浮島のようになっているけれど、広範囲が極彩色のエラーに侵食されている。

「地元の方でも、どうしようもないんで、封鎖しっぱなしにしてたところです。こんだけ大きいエラー、直せるんですか。大したもんですねえ」

「ええ、彼女は腕がいいので」

 2人をその場に残して橋の方に歩んでいた玲蘭が、くるりと振り向いて嬉しそうに笑った。


 あれだけのエラーだ、15分くらいはかかるだろう。車に戻ってヴァーチャルモニターを起動する。

 さっきから、空が雲に覆われ始めているし、おまけに空気も湿気っぽい。

「天気は……予報変わらず、14時頃から雨か」

 近隣のマリンタワーだけなら修復できるだろう。少し先にある灯台の修復も終えたかったのだけど、さすがに雨の降り始めに間に合わないかもしれない。昼食のことも考えなければならないし。

 やっぱり水族館を見て回るのをよして、マリンタワーの修復を優先すべきだったか……でも、玲蘭はデートを喜んでいたし、彼女にだって息抜きが必要だ。ひとまず、あのルートで正解だったと思うことにしよう。

 モニターに磁気嵐の予測域を検索させつつ、別のモニターを立ち上げる。進行ルート上のホテルを押さえておきたい。いくつかピックアップしてから、最も客室数が多く設備も整った宿を選び、問い合わせる。


 充実感がせり上がってきた。

 ああ、今日はすごく秘書をしている。やっぱり秘書は自分の天職だった。

 ……まあ、既に失職状態だけど。


***


 次のエラー地点であるマリンタワー界隈は、水族館やマリンブリッジから徒歩で赴けそうなほど近くの高台にあった。マリンブリッジの修復を終えるやいなや、真っ赤なポルシェを走らせ、小名浜の海を望める高台を目指す。

「ヴァーチャルエラーにやられてるのはマリンタワーじゃなくて、その先の潮見台しおみだいね」

 玲蘭が助手席でモニターを確認している。

「一旦、タワーの上からバグチェックする?」

「しとこっか。バグの攻撃食らって倒れる人がいると困るもんね」

 昨日の失敗をちくちく蒸し返されている。スルーしておこう。


 そのタワーの中には途中階までエレベーターが設置されていたけれど、最上階までは階段を上がっていくしかない。朝から3件のヴァーチャルエラーをやっつけた玲蘭は疲れも見せず、階段を楽しそうに進んでいく。

 屋外部分に出たら、ザァッと海風に煽られた。

「レーラは、高いところは平気?」

「うん。2人で観覧車乗ったじゃない。……苦手なの?」

 見晴らしのいい展望台は、開放感たっぷりだ。高さもあいまって、少しだけ背すじがゾクゾクする。

「や……、高いところが苦手ってわけじゃないんだけどね。観覧車は密室だけど、ここは外だもん。正直ちょっとだけ、怖い」

 正直に伝えつつ、景色を眺める。


「じゃ、怖くないように手を握っていてあげる」

 玲蘭が真咲に歩み寄り、パッと手を取った。たったそれだけのことなのに、恐怖感が少し弱まった気がする。

「ありがと。なら安心だわ」


 海を望む断崖は、一面がブラック系のヴァーチャルエラーに覆われている。エラー部分には緑文字の0と1がチカチカ、チカチカと表示されている。

「いるね……結構いるかも。ま、アクティブではなさそうだから、やっつけやすいかな」

 よそのヴァーチャルエラーと比較して色合いが単純だから、バグの所在を把握しやすい。巨大ダンゴムシみたいなのがゴロゴロと10匹ほど転がっていて気持ちが悪い。


 タワーを出て、エラーの鼻先までタイカンを近づけた。ここの断崖は、かなり先端の方まで車で入っていけるようだ。崖を徒歩で一生懸命登るようなことにならずに済んだのは正直助かる。

 毎度毎度怒られてはたまらないから真咲は車に残ることにした。玲蘭は車から出ると、迷いなく駆けつつ錫杖しゃくじょうを取り出す。それを意気揚々とブラックのエラーに突き立て、朗々と詠唱している。


 車内から、詠唱中の玲蘭をじっと見守る。なんだかやけに楽しそうな顔だ。今日は機嫌がいいのかもしれない。

 昨日遭遇した蛾のようなバグとは異なり、ダンゴムシ型のバグはそれほど動かない。玲蘭の詠唱を受けて嫌そうに体を揺すっているけれど、やがて空に吸われるように消えていく。


 だだっ広いヴァーチャルエラーの処理には15分ほどを要した。崖一面が覆われていたことを考えると、凄まじい処理スピードだと思う。

 錫杖を真一文字に掲げてからフイと消し去り、玲蘭が振り向いて微笑んだ。

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