ベッドの中:「聞き分けのない人だこと」
あれこれと話していたらつい、ビールの350ml缶をあけてしまった。軽く上を向き、残滓を飲み干す。
「お酒飲まないって言ってたマサキは結局1本飲んじゃったのね」
「飲んじゃった」
へら、と笑ってから気付く。軽く酔いが回っている。
……これは、危ないかもしれない。
「悪い子だこと。お仕置きが必要かしら」
お酒を飲むよう強要してきたのは玲蘭の方なのに。飲んだのはたった1本だけなのに。
……だけど、文句を言うのは無粋だと思った。
2人にとって、もはや体裁はどうでもいい。結局玲蘭は、いじめる口実が欲しいだけなのだから。
「正座なさい」
射抜くように睨まれた。
心許なさと恐怖がないまぜになった、言いようのない感情に襲われる。首の後ろがぞくぞくと震えた。
クッションを取り払って床に正座したら、玲蘭が膝に遠慮なく乗っかってきた。身体にグッと重みがかかる。この状態で長時間いじめられたら、足がクタクタに痺れて立てなくなると思った。
足を片側に投げ出すみたいにして真咲の太ももの上に座った玲蘭は、真咲の腰に手を回して強く引き寄せてきた。それも、とびきり柔らかい胸を押し当てるみたいにして。
身につけているものはお互い、バスローブ1枚だけ。……パンツも履かずに硬いフローリングに正座をするのは生まれて初めての経験だ。
ふわふわと柔らかい感触の胸元は天国で。それでいて、重みのかかった足は地獄。
それでも、密着するみたいに抱き合うのは結構気持ちがいい。だから真咲も玲蘭の腰に手を回し、ぎゅっと抱きしめた。
玲蘭が、真咲の首に顔を近づける。
彼女の片手が真咲の顎を軽く押し上げたから、されるがままに上を向いた。
首に吐息がかかる。
続いて、ぬるりと湿った温かい感触。柔らかい舌が、真咲の首筋をつうっと舐め上げている。くすぐったいけれど、声を出さずに耐えられそうだ。
お仕置きではなくご褒美なのではないだろうか。そんなことを思った瞬間、鋭い痛みが走った。
「っ……あ、ぁ」
口を軽く開けたら、勝手に声が漏れてしまった。だって、首筋に立てられた歯の感触があまりにも鋭かったから。
痛みをこらえながら、はぁっと息を吐く。
喉の真正面から少し逸れたサイドの部分に、玲蘭は容赦なく噛みついてくる。
「うぁ……。ん、ふ」
息を荒げつつ、激痛に耐える。結構な痛みだ。首筋に跡が残ってしまったらどうしよう、と少し心配になった。
玲蘭は緩急をつけるみたいに、首筋を舐め上げ、また噛みつき、また舐めた。唾液で首がべとつく。
血が出ているということはないだろうけれど……、と痛みの中でぼんやりと考える。それでも、首筋のぬめぬめとした感触は続いている。玲蘭の正体はもしかするとヴァンパイアで、真咲の首に噛みついてその血液を奪おうとしているのかもしれない。そんなイメージがよぎった。
歯を軽く食いしばって我慢していたら、玲蘭は首筋から少し下、鎖骨の出っ張った部分にしたたかに噛みついた。
「あ、あぁ……っ!」
つい、大きめの声を出してしまった。
「はしたない声出しちゃって。……変態」
舌先を尖らせて真咲の鎖骨をつぅっと舐めた玲蘭が、吐息混じりの声でクスッと笑う。
人の首に噛みつくなんて発想を、真咲はいまだかつて持ったことがない。玲蘭はどうしてそんなことを思いつくのだろう。
それも、首の下の骨を狙って直接歯を立てるみたいな、鋭い噛みつき方。まるっきり、肉食獣が獲物を仕留めるときのやり方だ。
痛みから逃れられない。思考が鈍る。呼吸が荒くなるのを、どうしても制御できない。勝手に喘ぎ声が出る。
食らいつかれるのは怖い。怖くて怖くて、狂いそうだ。
だけど、このまま玲蘭に食われてしまうのならそれでもいい。そういう投げやりな気持ちもどこかにある。
***
「レーラといると、私の頭はおかしくなる」
ベッドの中でそっと、窮状を訴える。
幸いにも、この部屋にはバスローブとは別に、眠るための薄手のパジャマが用意されていた。今度は中にインナーを着ることを許されたから、いそいそと着替えて就寝態勢に入った。
この夜は無限ではない。あれこれと話をしたり、遊んだりもしたいけれど、そろそろ眠らなければならない。
なにしろ、明日は福島エリアのヴァーチャルエラーをやっつけに行く予定だ。ところが、天候が思わしくない。確率は低いものの雨が降る可能性もある上、磁気嵐が起きることも懸念される。あらゆるシチュエーションに対応できるよう、このタイミングでしっかりと休んでおく必要がある。
「おかしくなるって、どうなるの?」
まだ、ベッドサイドのライトは消していない。玲蘭が面白がって、ピンク色にボヤッと光る卓上ライトをつけっぱなしにしているのだ。
「……変態になる」
妙な色の明かりの中で、妙な供述をすることになってしまった。
玲蘭には、何度かそういう言葉で罵られたことがある。初めのうちは、ほとんど誹謗中傷だと思っていた。だけど悲しいかな、そろそろ否定するのが難しくなってきた。
「ふぅん、あたしのせいにするのね」
変な角度でピンクのライトが照っている。レイラの髪が赤っぽく艶めいている。
「あのね、マサキはもともと変態なだけ。あたしは、マサキの奥深くにあるものを引きずり出してあげているだけ」
そうかもしれないと思ったから、反論できなかった。
「でも、今日もうおしまい。お酒飲んだマサキは、もの欲しそうにしてるから」
「そんなことないけどな」
真咲としては、困ったような表情で返事をするしかない。
「酔っ払ったマサキは素直でまっすぐすぎる」
妖しいライトが照らすベッドの中。玲蘭はふわふわの布団をかぶり直しながら言った。
「素直なマサキはかわいい。それはそれでアリ。だけどあたしは、そういうときにはたくさん与えたりはしないの」
眠気はなかなか訪れない。
「私が変態だとして、レーラも変態なの?」
「……あたしを怒らせたら何かもらえると思ってるでしょ。でもだめ」
そういうつもりで言ったわけではないのに。
だけど、そう言われてしまうと、もう少しだけ何か欲しいような気分になってしまう。自分の感情とか、欲求とかのことが、どうにもよく分からない。
玲蘭に思いもよらない行為を仕掛けられる。それは怖くて、それに屈辱的だ。
だけど今日は、そういうことをされても構わないと思ってしまった。むしろ、欲しいと感じてしまった。
「まあ、とにかく真咲はよく眠ることね。明日も一日長いんだから……」
布団の中の、玲蘭の手を触る。
腕を引くみたいにしてしがみつく。
少しだけ体を起こして、玲蘭の頬に触る。
「聞き分けのない人だこと」
硬質なその声に構わず、玲蘭の唇を奪った。
キスだけなら問題ないだろう。昨日の夜も眠る前にキスをしたのだから、今日だってしてもいいはず。
それでも、ちょっと心配だったから、唇を触れさせたまま玲蘭の様子をうかがった。玲蘭は特に、抵抗をしなかった。




