ラブホテル:「これ一緒に観ようよ」
「いいの。あたし18歳だもん。成人女性だもん」
「まあ、未成年だったら絶対にラブホになんて連れて行かないけど……」
成人女性といわれてしまうと、かえって悩ましい。ぐるりと思案したら説得材料を思いついたから、とにかく尋ねてみることにした。
「でもレーラは女子高生じゃん、それもお嬢様学校。ああいう女子高って、規則厳しいでしょ? 校則違反になるんじゃないの?」
「あー。確かに」
玲蘭は「うーん」と声を出して考えたあと、言った。
「内緒で泊まる」
「それはダメ」
よかった。なんとか怪しい宿泊施設を回避できそうだ。
だけど玲蘭は諦めなかった。
「まあ、あたしはヴァーチャルエラー修復の業務で遠方に来てるわけだし。いざとなったら、業務上宿泊が必要だけどほかに宿が見つからなかったで通せば、問題にはならない」
「そういうわけには、いかなくない?」
「大丈夫だと思う。そもそも、ヴァーチャルストームの社長令嬢を校則違反でどうにかしようなんて、あの学校にできるわけないの」
「あっ、特権階級!!」
身分があると、平然とこういうことを言えるのか。身分のない真咲としては、歯噛みするしかない。
それでも、やっぱり問題はあると思う。だから抵抗を続けた。
「お洗濯物溜まってきたもん。ラブホにはランドリー無さそうだし」
「衣類は5セットくらい持つように言ったじゃない。まだ余裕」
真咲の説得を、玲蘭はどんどんねじ伏せていく。
「だいたい、支払いにカード切ったらホテル名を社長に見られちゃうわけ。さすがにそれは気が引けるでしょ……」
「現金で支払ったらいいじゃない。不倫旅行みたいで笑っちゃうけど」
「不倫旅行って、そうやるんだ……」
なるほど。現金支払いなら確かにカード明細の記録は残らない。
「うん。不倫カップルは高速のETCゲートも使わなくて、有人ゲート通るんだって」
「レーラはそういうことをどこで知るわけ?」
「前に本で読んだ」
ああ、知らなくてもいい知識を得てしまった。
信号が赤だから車を停める。田舎だから、ほかに車がいない。
「とにかくさぁ、もうちょっと先に進んで宿を探してみようよ」
やんわりと説得を続けようとしたけれど、玲蘭は譲らなかった。
「あたしがラブホに泊まりたいって言ったら、マサキは断れない」
「それはそう」
即答。
真咲に『ノー』を言う権限はない。結局、お嬢様が興味を持ってしまった時点で、自分はそれに従うしかない。
「でも、と、泊まったことないのよ。そういう場所」
「彼氏いたことないもんね」
その切り返しに少しだけダメージを受けたけれど、本当のことだから仕方ないと割り切ることにした。
「だから、あの、作法とかが分かんないんだけど」
ああいう場所は一般のホテルとは入り方が色々違う、という薄い知識だけは持っているのだけど……。
「作法とかがあるの?」
「分かんない!」
ああもう、どうにでもなれ。そう内心でわめきつつ、道の先に見えているやたらピカピカときらびやかな建物を指さす。
「あれでいいのね? 本当に、いいのね?」
ちょうど信号が青になったから、自棄っぱちでアクセルを踏んだ。
「ん、ちょっと待って」
静止の声がかかったから、内心ホッとする。
「コンビニでご飯とおやつ買ってから行こうよ」
「あ、うん……」
どうやら、行くこと自体は決定事項らしい。
***
「緊張した……」
なんとかチェックインらしき手続きを済ませ、室内のソファにグッタリと沈み込む。
「余裕っぽかったじゃん。やっぱり初めてじゃないんじゃないの?」
玲蘭が荷物を置いてキョロキョロしつつ、からかってくる。
「これでも社長秘書やってんだから、慣れないことをハッタリだけで乗り切るのは得意なのよ」
「ふぅん、さすがね」
車の停め方や部屋の選び方なんかは、完全に初めての体験だった。それでも、結果的にまあまあいい部屋を確保できたと思う。
「お部屋広いし、ベッド大きいし、良かったね」
玲蘭が満足そうにニコニコしている。気に入ったのならそれはそれでいいのだけど……。
室内はやたら華美で、壁紙や調度品のデザインはピンク色と紫色に統一されている。大きなベッドの下部にはなぜかピンク色のフットライト。天井に設置されたシャンデリアのような照明も、どういうわけかボヤッと紫色に輝いている。
なんというか、普通のお部屋と呼ぶにはやっぱりちょっといかがわしいのだ。
「ねえ、お風呂も広い!」
奥側の扉を開けつつ、玲蘭がはしゃいでいる。
お風呂も広いのか。となると、2人で入ろうって提案されるんだろうな……。
「あとで2人で入ろうね!」
予想通り。2日間一緒にいて、やっとこのお嬢様の考えが少しは読めるようになってきた。
ややこしい展開をなんとか回避できるといいな、と思いながら立ち上がった。
「そうね。とりあえず手を洗おうか……」
***
チェックイン前に買い込んできた食料で適当な夕食を済ませ、ひと息ついた頃。レーラがふと、テーブル上のリモコンに手を伸ばす。
嫌な予感。こんな場所には来たことがないけれど、知識だけはある。ラブホテルのテレビでは確か……。
「ちょっ……と! レーラ、そういうのは……」
玲蘭の手を止めようとしたけれど、遅かった。予想通り。テレビ画面にデカデカと映し出されたのは、どうしようもないほどのいかがわしい映像。
「ラブホってこーいうの観れるんだ?」
感心したような態度で玲蘭がしみじみと言う。
「そんなに焦らなくてもいいのに」
「逆にどうしてこの18歳は焦らないのよ……」
画面を直視できないまま、憮然とつぶやいた。
「ね、マサキ。後学のために、これ一緒に観ようよ」
「えぇ?」
「だって、したことないんでしょ? そこ座って」
そう言われてしまった以上、拒否権はない。玲蘭に命令された通り、ベッドの上に座る。ベッドは壁にくっつけて設置してあったから、壁を背もたれにした。
「それとも、彼氏はいたことないけど、したことはあるとか」
「ない! ないったらない!!」
ついムキになって否定してしまった。
玲蘭はソファに置かれていたクッションを抱え、ベッドに上ってきた。それから、真咲の足の間に滑り込むようにして座る。
ちょうど、真咲が後ろから玲蘭を抱きしめるような格好になった。そのまま軽く寄りかかられた。
少しだけ重たいけれど、温かいと思った。
「あのお……直視できないんだけど」
画面内では、とても言葉では説明できないような光景が繰り広げられている。
「だぁめ。直視して。これは勉強会なんだから」
「向学心の高いこと……」
とりあえず、テレビの音量がかなり下げられているのが唯一の救いだ。あられもない嬌声は、よく耳を澄ませなければ聞こえない。
「あたし、こういうのあんまり知らないからさあ」
「私だって知らないけど」
「マサキをいじめるときの参考になるかもね」
とんでもないことを言われてしまった。
「……勘弁願いたいわ」
玲蘭は返事をしなかった。そのまま2人は、しばらくじっと画面を見続ける。
……いたたまれなくなってきた。
「あのさ、マサキ」
腕の中から、玲蘭が話しかけてくる。どんないかがわしいことを言われるのだろうかと身構えた。
「彼氏ができたり、結婚したりしたらさ、男とこういうことしなきゃいけなくなるじゃん?」
「まあ……うん。こういうのかは分からないけど……そうかもね」
必ずしもしなければいけないわけではない、と思った。
今は自由な時代だ。男性との行為に抵抗があるのなら、そもそも彼氏を作らなければいい。結婚しなければいい。
だけど、玲蘭に関してはそういうわけにもいかないのだろう。だって、彼女は社長令嬢という立場にあるから。きっと、結婚しないという道を選ぶのは難しいだろう。
「女同士だとさ、どんなにイチャイチャしたって妊娠しないじゃん。でもさ、男としたら」
玲蘭はそこで言葉を切る。真咲も、何を言ったらいいのか分からなかったから黙り込んだ。
「だけど、この星ではそうやって、子供ができて、孫ができてって、連綿と、続いてくわけじゃん?」
「……そういう議論をするには、目の前の映像が刺激的すぎるような気がするんだけど」
相変わらず、どうにもそれを直視できない。




