第2話「確信」
リナの違和感は、消えなかった。
リナ(ありえない)
リナは歩きながら、さっきの戦闘を思い返していた。
リナ(あの魔物の不自然な硬直...
あのときに何かが起きた。)
巨大な魔物が、突然崩れ落ちた。
誰も攻撃していない。
魔法の気配もない。
——なのに、死んだ。
リナ(そんなこと、あるわけない。)
だが、実際に起きた。
リナの視線が自然と向く。
少し前を歩く男。
リナ「……」
シンは気だるそうに歩き、時々あくびをしている。
なぜかニヤついている。
とてもじゃないが、さっきの“何か”をやった人物には見えない。
リナ(でも...あの赤くなった拳...怪しい。)
リナは小さく息を吐く。
リナ「ねぇ」
シン「なに」
シンは振り返らずに返事をした。
リナ「もう一回聞くけど、さっき本当に何もしてないの?」
シン「してないけど」
即答。
迷いがない。
だからこそ、怪しい。
リナ「……そう」
それ以上は追及しない。
今は、まだ。
リナ(証拠がない。
勘だけで決めつけるには、あの男はあまりにも普通すぎる。
——いや。
普通すぎるのが、おかしい。
あれだけの魔物が現れたのよ。
もっと動揺していたっていいはず...)
思考がループする。
その間にも、パーティは森を抜け、街へ戻っていく。
「今日はリナさんのおかげで稼げた金で、
みんなでうまいもの食べようぜ!」
「ほんとだよな、リナさん!
今日は奢らせてもらうぜ。
どんどん飲んで食べてくれ」
笑い声。
誰も疑っていない。
リナだけが、違う世界にいるようだった。
パーティーメンバーでの食事の際、
リナはシンがいないことに気づく。
リナ「ねぇ」
「ん?どうしたんだリナさん。」
リナ「さっきの男はどこにいったの?
ほら、ボーっとしてる感じの。」
「あー、シンか。
あいつはもう家に帰ったよ。
何よりも家でゴロゴロしてるのが好きだからな。
今回、いい報酬が入ったから、しばらく仕事はしねえんじゃねえかな。」
リナ「そう...」
*
翌日。
「次の依頼、これでいいか?」
ギルドの掲示板の前で、リーダーが紙を剥がす。
「討伐ランクB……ちょうどいいだろ」
周囲が頷く。
リナも目を通す。
「お、めずらしくシンも来てるじゃねえか。
どうしたんだ?」
シン「うん。
ちょっと長い連休を取ろうと思ってるから、
蓄えがほしくて。」
リーダーが軽く言う。
「なるほど、そういうことか。
今回も人数足りねえから連れて行ってやるよ。」
シン「うむ。助かる。
今日もみんなの後ろを守ってみせる。」
「ったくお前は、何もしねえくせに、
なんか憎めねえよ。」
リナ「私も行く」
その一言で、周囲がざわつく。
「Sランクがこの依頼に?」
「なんか豪華すぎないか……?」
そんな声を背に、リナはシンの横に立つ。
リナ「問題ある?」
シン「え?俺?……いや、別に。」
シンは特に気にしていない様子。
だが内心は——
シン(この子、ちょっと俺のこと怪しんでるよな。
討伐ランクBだし、今日はほんとに何もしない日にしよう。)
シンは固く心に誓った。
*
再び森の中。
前回とは別の場所。
リナ(いる)
リナはすぐに感じ取る。
敵の気配。
しかも、数が多い。
「囲まれてるな」
誰かが呟く。
その瞬間——
魔物たちが一斉に姿を現した。
「来たぞ!!」
戦闘開始。
剣が振るわれ、魔法が飛び交う。
その中で——
リナは、戦っていなかった。
正確には、観察していた。
リナ(動くはず)
視線は一人に集中している。
シン。
彼は、だいぶ離れた後方で立っているだけ。
やる気ゼロ。
次の瞬間。
一体のゴブリンが、シンに向かって走っていった。
シン「え?ヤバ。こっち来るな。」
言葉とは裏腹に全く同様を見せないシン。
リナ(さぁ、どうするの?)
リナはシンのことをじっと見ている。
それに気づくシン。
ゴブリンのこん棒攻撃。
シンは腕でガードするが、そのまま吹っ飛ばされる。
シン「だれかー!だれか助けてくれー。」
リナ(え?あの程度の攻撃も避けられないの?)
しかたなくリナはゴブリンに攻撃魔法を放つ。
瞬殺。
シンは笑顔でリナに言う。
シン「リナ。助かったよ。
殺されるところだった。」
リナはなにげなくシンの右こぶしを見た。
昨日の赤みがなくなっている。
リナ「...やっぱり怪しい。
まあいいわ。今は戦闘に集中。」
リナは戦いの方向に目を向けた。
一人の冒険者の後ろからゴブリンが飛びかかる。
リナ「危ない!だめだ、魔法じゃ間に合わない。」
ゴブリン「ガッ」
ゴブリンが硬直した。
そして、倒れた。
ピクリとも動かない。
誰も気づいていない。リナを除いて。
リナ「あのときと同じだわ。」
リナは、シンの方向を振り返った。
いない。
いつの間にかシンは前方にいた。
仲間たちの背にこそこそ隠れている。
リナ(どういうこと?さっきまでは後ろにいたはず。
やっぱり。)
リナの中で、何かが繋がる。
証拠はない。
でも、確信はある。
リナ(この人がやってる)
戦闘はそのまま終わる。
気づいた者は、誰もいない。
リナ以外は。
*
帰り道。
リナ「ねぇ」
シン「なに」
また同じやり取り。
だが、今度は違う。
リナ「もういいわ」
シン「何が?」
リナ「隠さなくて」
足を止める。
シンも、止まる。
静かな空気。
リナ「あなたの右こぶし。赤くなってるわよ。」
シン「え?右こぶし?
あー、なんだろう。ゴブリンたちとの戦闘でぶつけたのかもね。」
リナ「あなた、一発もゴブリンたちを殴ってないし
攻撃もされてなかったわよ。」
ほんのわずかに。
シンの表情が止まった。
シン「……何が?」
リナ「下手なとぼけかたね。」
リナはまっすぐ見つめる。
逃げ場はない。
沈黙。
数秒。
やがて——
シン「……はぁ」
シンは小さくため息をついた。
シン(めんどくさいのにバレた)
その顔には、はっきりとそう書いてあった。
リナ「全部わかってるわよ。」
こうして——
最強であることを隠していた男は、
ついに“気づいてしまった存在”に捕まる。
この出会いが。
彼の平穏な日常を、確実に壊していく。




