第93話:三分間の真実(試作の一杯と、冷徹な舌)
コストナーの目は真っ赤に充血していた。数日間の不眠不休。開発室には、魔導の残り香ではなく、どこか懐かしい「油で揚げた麺」の香ばしい匂いが立ち込めている。
1. 運命の「三分」
「……オーナー、出来ました。これが、あなたの言った『瞬間油熱乾燥法』を用いた、試作第一号です」
コストナーの手には、不格好ながらもケニーが指示した「中間保持構造」を持つ、魔法紙製の器があった。
ケニーは無言で、沸騰した水を注いだ。ソラリスがストップウォッチを握る。
室内に流れる、重苦しいまでの沈黙。時計の針が刻む音が、やけに大きく響いた。
「……三分です」
ソラリスの合図とともに、ケニーは蓋を開けた。立ち上る湯気。そこには、お湯を吸ってふっくらと蘇った、黄金色の縮れ麺があった。
2. 震えるコストナー
コストナーは、固唾を呑んでケニーが麺を口にするのを見守った。
前世の記憶にある、あの「カップヌードル」の食感。異世界の調味料と魔導乾燥技術が融合した、初めての味。コストナーは確信していた。これは革命だと。
だが、麺を飲み込んだケニーの表情は、晴れなかった。
「……コストナー。これは、売り物にはならない」
3. 49歳の「現場視点」
「な、なぜですか! 麺は完全に戻っています。スープの味も、自社工場の粋を集めたはずだ!」
コストナーの叫びに、ケニーは静かに首を振った。
「味が『贅沢』すぎるんだ。……コストナー、お前は良いものを作ろうとして、高級な肉の出汁や、希少な薬草を使いすぎた。そのせいで、一杯の価格が弁当より高くなっている」
ケニーは、開発用の原価計算書を指差した。
「俺たちが作っているのは、貴族の晩餐じゃない。深夜に疲れ果てて帰り、小銭で腹を満たしたい労働者のための『平和の一杯』だ。この価格では、彼らは手を伸ばせない」
4. 泥臭い「再定義」
コストナーは膝をついた。完璧なものを作った自負が、経営者の「数字」という現実によって打ち砕かれた。
「……もっと削れ。味の深みではなく、中毒性のある『分かりやすい旨さ』を探せ。そして、容器のコストをあと三割落とす方法を考えろ。……それができて初めて、この魔法の器は世界を救う武器になる」
ケニーは、半分残った試作の麺をじっと見つめた。
「……頑張ってくれ。お前の技術なら、もっと安くて、もっと『ジャンクで最高な味』が作れるはずだ」
49歳。彼は知っている。本物の革命は、エリートの理想ではなく、大衆の財布事情と妥協のない「コスト意識」から生まれることを。




