第83話:偽物の余韻(混入の罠と、解析の網)
「オーナー、不穏な動きがありますわ」
ソラリスが司令室に駆け込んできたのは、自社工場から各店舗へ「新作のソース」が出荷された直後のことだった。
1. 紛れ込んだ「異物」
国境近くの店舗で、特定の時間帯に製造された弁当を食べた客数名が、わずかな体調不良を訴えた。毒というほどではないが、不自然な吐き気を催すもの。
「……すぐに当該ロットをすべて回収しろ。同時に、製造工程のログをすべて洗い出せ」
ケニーの指示は迅速だった。普通の商店なら「食材が悪かったのか」とパニックになるところだが、ケニーには「一滴単位」で追える自信があった。
2. 調味料が語る「嘘」
「食材に異常はありません。ですが、ソースの抽出データに、計算上の数値にはない『微量の魔導成分』が検出されました」
自社工場の解析班が報告する。
他社から仕入れた汎用的な調味料を使っていれば、ここで迷宮入りだっただろう。しかし、ケニーの工場では、いつ、誰が、どのタンクに触れたかまで、調味料の成分変化とともに記録されている。
「……第3タンク。午前二時。成分比率が0.01%変動しているな。この時間に立ち入ったのは、洗浄担当の男だ」
3. 逃げ場の無い管理
ケニーは、拘束された男の前に立った。男は帝国の息がかかった工作員だった。
「……どうやって見つけた。たかがソースに、これほど精密な魔法障壁のセンサーを仕込んでいたというのか」
工作員は信じられないという顔で呻いた。
「センサーなどない。ただ、俺たちは一滴の味を狂わせないために、すべての工程を記録しているだけだ。お前が混ぜたゴミは、うちの『帳簿』から見れば、真っ黒なシミのように浮き上がって見えるんだよ」
スーパーやドラッグストアの、出所の分からない安価な調味料では、この「シミ」は見つけられなかっただろう。
4. 49歳の「清算」
工作員が連行された後、ケニーは回収された弁当の山を見つめた。
「……ソラリス、被害に遭った客には、誠心誠意の対応をしろ。そして、全店舗に伝えろ。我々が調味料まで自社で作るのは、単に美味いものを作るためじゃない。客の命を預かる責任の、これが『最低ライン』だと」
ケニーは、工場のタンクから抽出されたばかりの、清浄なソースを一口だけ味わった。
誰にも見えない、そして誰にも真似できない「一滴の裏付け」。それが、49歳の経営者が守り抜いた、この国の新しい安全基準だった。




