第75話:小話・「縁」を巻く手(喧騒の外側で)
王国と帝国の国境沿いでも、一年に一度、特定の「吉方」を向いて無言で太巻きを食すという、古い東方の風習が広まりつつあった。ケニーの店舗網でも、この時期は「招福巻」の予約で戦場のような忙しさになる。
1. 鳴り止まない「雑音」
「……オーナー、またですわ。王都の広報紙や、酒場の噂話では『無理な押し付けだ』『無駄な廃棄を産んでいる』と、うちの招福巻が悪者扱いされています」
ソラリスが、心ない批判が書かれた魔導書(SNSのようなもの)を閉じて溜息をつく。
世間では、この時期になると必ず「コンビニが悪さをしている」という話が面白おかしく語られる。実態も知らない者たちが、安全な場所から現場を指差して、正義の味方になったつもりで叩く。
「……いつものことだ。気にするな」
ケニーは淡々と、手元の発注書をチェックしていた。
2. 現場の「真実」
だが、批判する者たちが知らない「事実」が、このレジの前にはあった。
「店主さん、今年も予約しに来たよ。ここの巻き寿司は、どこの高級料理店よりも具が詰まっていて、一番美味いんだ」
「去年の吉方でこれを食べたおかげで、家族が病気にならずに済んだ。今年も頼むよ」
一人、また一人と、去年の味を覚えている客たちが笑顔で店を訪れる。
ケニーの店舗では、一日に数百本という単位でこの巻き寿司が売れていく。それどころか、仕入れが足りずに頭を下げて断る年すらあるのが現実だった。
3. 誰がために巻くのか
バックヤードでは、スタッフたちが一本一本、丁寧に具材を並べていた。
世間で言われるような「無理やり」ではない。一年に一度の縁起物を、最高の状態で客に届けたい。その一心で、深夜から早朝まで、指先を冷やしながら作業を続ける「現場の人間」がいる。
「……ソラリス。外で何を言われていようが、この一本を買うために足を運んでくれる客がいる。それがすべてだ」
ケニーは、自身も一本の巻き寿司を手に取り、その重みを確かめた。
4. 49歳の「誇り」
「頑張っているのは現場だ。現場を汚すような噂に、俺たちが付き合う必要はない」
不条理なバッシングに対する、これがケニーなりの答えだった。
批判するだけの奴らには見えない景色がある。一本の巻き寿司が、疲れ切った労働者の夕食になり、子供たちの笑顔を作る。その「事実」こそが、ケニーの守るべき看板だった。




