第72話:物流の死角(空のコンテナと、深夜の越境)
午前二時。国境検問所へと続く一本道。ケニーは本店の物流センターの影で、大型トラックの積み込み作業を無言で見守っていた。
1. 兵士の監視と、店主の沈黙
店舗に常駐している王国の兵士たちは、鋭い眼光でトラックの荷台をチェックしている。彼らにとって、この物流網は軍の補給線も兼ねているため、一分の隙も許されない。
「オーナー、予定通りですわ。帝国側の各店舗から回収した『期限切れの魔導具』と『空の通い箱』。これらを積んだ戻り便のトラックが、まもなく検問所に差し掛かります」
ソラリスが耳元で報告する。
兵士たちは「王国から帝国へ」運ばれる武器や食料には目を光らせるが、その帰路である「帝国から王国へ」の空便に対しては、わずかに注意が緩む。そこが、ケニーが目をつけた唯一の死角だった。
2. 「返品」という名の方程式
「……異常なし。通せ」
検問の兵士が、ぶっきらぼうにゲートを開ける。
ケニーは、その様子を離れた場所から見つめていた。積み荷の目録には『特別廃棄物』と記されている。帝国の湿気で劣化した魔導回路。扱いを間違えれば暴発する危険物だ。
だからこそ、兵士たちは中を詳しく改めようとはしない。その「絶縁素材」で囲まれたコンテナの中には、外からの魔導探知を遮断し、人間一人が隠れるのに十分な空間が、計算ずくで配置されていた。
3. ドライバーの背中
ハンドルを握るベテランのドライバーに、ケニーは短く指示を出した。
「いつも通りでいい。……だが、収容所近くの『第402号店』の裏口で、一分だけ長く停車してくれ。そこで『積み残し』があるはずだ」
ドライバーは何も聞かなかった。40代後半の彼は、これが単なる配送ではないことを察しながらも、プロの顔でアクセルを踏み込んだ。
彼ら現場の人間にとって、オーナーであるケニーの言葉は、王国の軍令よりも重い。
4. 49歳の静かな祈り
夜の闇に消えていくトラックのテールランプを見送りながら、ケニーは胸の内で呟いた。
(……商売は、等価交換だ)
テロリストが老人の「愛」を人質に取ったのなら、自分はその「物流」という命綱を使って、その愛を取り戻す。それが、この理不尽な世界に対する、ケニーなりの「決済」の付け方だった。




