第65話:乾いた涙(六歳の仮面と、紅い頬)
600店舗の管理に追われるケニーが、緊急の連絡を受けて現場の店舗に駆けつけた時、そこには異様な光景が広がっていた。
1. 涙の出ない「嘘泣き」
万引きで捕まったのは、まだ6歳前後と思われる幼い少年だった。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
少年は大声で泣きじゃくり、必死に謝っている。だが、その目には一滴の涙も浮かんでいなかった。
ケニーは背筋が凍るような衝撃を受ける。自分を叱る見知らぬ大人を、この幼さで「嘘泣き」を使ってコントロールしようとしている。子供特有の純粋さはどこへ消え、誰がこの子にこんな「仮面」を被らせたのか。
2. 招かれざる「正装」
やがて、連絡を受けた母親が現れた。
店内に漂う安っぽい香水の匂い。彼女は、我が子の不祥事の迎えに来たとは思えないほど、派手なドレスと宝飾品で着飾っていた。
「この……恥をかかせやがって!」
母親は、ケニーが事情を説明する間もなく、少年の頬を力任せにビンタした。パチン、という乾いた音が店内に響き、少年の小さな体がよろめく。
3. 経営者ではなく、一人の男として
「……何をするんですか!」
気づけば、ケニーは母親の手首を掴んでいた。
「なぜ叩く? そんなことをしたら、この子は恐怖で口を閉ざし、二度と正直に話さなくなる。あなたが今すべきなのは、暴力で黙らせることじゃないはずだ」
ケニーの怒りに気圧されたのか、母親は忌々しそうに子供を連れて店を出ていった。去り際、少年がチラリとケニーを振り返った。その瞳には、嘘泣きでも恐怖でもない、虚無のような色が宿っていた。
4. 届かない「声」
「……俺にできるのは、ここまでか」
ケニーは、赤く腫れた自分の手のひらを見つめた。
600店舗のオーナーとして、万引きという罪は許せない。だが、その背景にある「家庭」という密室に、一介の商人がどこまで踏み込めるのか。
店内に残された少年のボロボロの靴と、母親の華やかなドレスの残像が、ケニーの心に拭い去れない泥のような後悔を残していた。




