第142話:荒波の契約(契約漁師と、信頼の履歴)
港町店(第803支店)のオープンから数日。ついに「その男」が姿を現した。
この海域を実質的に支配する海賊団の頭目、バルガス。彫りの深い顔に刻まれた無数の傷跡と、潮焼けした肌。一見するとヤクザそのものの威圧感を放つ大男が、数人の部下を引き連れてレジカウンターのケニーの前に立った。
1. 荒くれ者の「商談」
「……あんたが、俺たちのシマで勝手に『値札』を振り回してる店主か」
低く地響きのような声。店内の一瞬で凍りついた空気を、ケニーは49歳の冷静さで受け流した。
「勝手ではありません。地元の漁師さんたちと、適正な商売をしているだけですよ、バルガスさん」
「適正だと? おかげで俺たちの市場は干上がりそうだ。……落とし前をどうつけるつもりだ?」
バルガスの拳がカウンターに置かれる。だが、ケニーはその拳を見つめながら、静かに一枚の書面を差し出した。
「落とし前ではなく、『提案』です。……あんたたちの抱えている漁師を、すべて私の『専属契約漁師』にしませんか?」
2. 「ヤクザもの」を「プロ」に変える
バルガスが鼻で笑う。「契約? 俺たちの野郎どもは海じゃ最強だが、陸のルールなんて知らねえぞ。ヤクザものに何ができるってんだ」
「だからこそです。荒っぽいが腕はいい。そんな彼らが命がけで獲った魚が、闇市場で二束三文に買い叩かれるのは、彼らの誇りを傷つける行為だと思いませんか?」
ケニーはバルガスの瞳を真っ直ぐに見据えた。
「私と契約すれば、全量を適正な定価で買い取ります。ただし、条件があります。『誰が、いつ、どこで獲った魚か』をすべて記録し、品質を保証してもらう。……いわば、信頼の履歴です」
3. トレーサビリティという名の付加価値
「履歴だと? そんな面倒なこと……」
「それが『ブランド』になるんです、バルガスさん。コンビニの棚に並ぶ魚に、『バルガス一党の誰々が獲った、今朝一番の獲物』と明記する。客は、命を預けられる男たちが獲った魚だからこそ、安心して定価で買う。……あんたたちは、ただの海賊から、この国の食卓を支える『海のプロフェッショナル』に変わるんだ」
ケニーの言葉に、バルガスの眼光が変わった。
単なる金の話ではない。自分たちの存在が社会に「認められる」という、男たちのプライドに火をつけたのだ。
4. 荒波の上のWin-Win
「……フン。履歴、か。面白えじゃねえか。俺の野郎どもに、字の書き方から教えなきゃならねえな」
バルガスは豪快に笑い、ケニーの差し出した書面に、無骨な手で署名した。
これこそが、ケニーが描いたWin-Winの形。
海賊たちは安定した収入と社会的地位を得る。コンビニは、産地直送の「鮮度」と「安全性」という最強の武器を手に入れる。
生産者が誰であるかが見える安心。それは、かつての闇市場には決して存在しなかった「光」だった。
「……オーナー、本当にやっちゃいましたね。海賊を味方につけるなんて」
ショウが呆れたように、しかし尊敬の眼差しで呟く。
ケニーは、署名された契約書を大切にファイルに収め、49歳の不敵な笑みを浮かべた。
「……うまくいく、と言っただろう。……よし、さっそく『産地直送・バルガス便』のPOPを作れ。今日から、この港の魚が一番の目玉商品だ」




