第111話:鏡の中の空白(自分の幸せと、他者の救い)
800店舗の灯火は絶えることなく、ケニーバンクの数字は天文学的な膨らみを続けている。
だが、深夜の事務所で一人、魔導端末のブルーライトに照らされるケニーの心は、それとは裏腹に、かつて日本でコンビニを回していた頃の「あの乾いた感覚」に支配されていた。
1. 繰り返される既視感
「……結局、俺は何をやっているんだ」
収納代行、スコアリング融資、24時間の警備。やればやるほど、異世界は便利になり、人々は笑顔になっていく。だが、その「合理化」の果てに見える景色は、前世で自分を摩耗させた「効率至上主義の世界」と、どこが違うというのか。
前世でも、店を増やし、客に尽くし、数字を追い求めた。その結果、残ったのはボロボロになった心と、孤独な死だった。
「この世界でも、俺はまた同じ『歯車』になろうとしているのか?」
2. 狭間での自問自答
救われたエリックの感謝の言葉は、確かに温かかった。だが、救えなかったミアの、あの絶望した瞳が、網膜に焼き付いて離れない。
「他人の幸せを積み上げることが、俺の幸せなのか?」
ケニーは自問する。800店舗のオーナーとして、数万人の人生を背負い、国家を操る。それは、一見すると万能感に満ちた成功者の姿だ。だが、その「責任」という重圧が、ケニー個人の小さな幸せを、少しずつ押し潰していた。
3. 「自分」を愛するための決断
世の中は、次から次へと虚しい問題を突きつけてくる。
不況、戦争、病、そして「人の悪意」。それらをシステムで解決しようとするたび、ケニーという「個人」が消えていく感覚。
「……俺が幸せでなければ、この800の灯火も、いつか冷たい機械の光に変わってしまう」
ケニーは、震える手で自分の胸に手を当てた。
誰かを救うためのシステムを回す前に、まず、この49歳の、疲れ切った自分を「肯定」してやらなければならない。自分が幸せであることを、自分に許さなければ、この先の地獄のような経営を、前を向いて歩き続けることなどできないからだ。
4. 49歳の「孤独な宣戦布告」
「ソラリス、明日の午前中は店を空ける。……誰が来ても、王が来ても通すな」
ケニーは立ち上がり、窓の外に広がる深夜の街を見つめた。
他人のために生きる時間は、もう十分に費やした。これからは、この巨大なインフラを動かすための「潤滑油」としてではなく、一人の男として、自分の心が「パッカーン」と晴れる瞬間を探さなければならない。
虚しさが消えることはないだろう。問題がなくなることもない。
けれど、鏡の中に映る「疲れ果てた49歳の男」を、自分だけは愛してやろう。
それが、再び歩き出すための、ケニーにとっての唯一の「契約」だった。




