第七十四幕【魔王城お食事会】
城の中に入った俺 (リューセイ)をエントランスホールで魔法使いのような姿の老婆が出迎えた。
「姫…魔王様。お帰りなさいませっ」
「うん。ただいま。えーと、彼が噂の勇者の…」
ドーラはそう言って言葉を詰まらせ、目を向けてくる。
「リューセイです」
…と、名乗った。
勇者じゃないんだけど、この際説明も面倒くさいしそういう事にしとこう…
「ワタシは少し自室で着替えてくるから。ババロア、リューセイを食堂までお連れして」
「かしこまりましたっ」
そう言ってドーラはツカツカと行ってしまった。
「さぁ、リューセイ様、コチラです…」
ババロアさんの先導の元、俺は城の中を進んでいく。
「あのぉ〜…僕って言わば皆さんの敵ですよね?良いんですか?そんな奴を招待して…」
目的地に向かっている途中、無言の空気が居た堪れなくなり俺はそんな事を言った。するとババロアさんが一つため息をつくと…
「…ワテクシだって、姫様が何をしたいのか分かりません…。あのワガママ姫は、周りの心配など露知らず、突っ走るお方ですので…」
「彼女は…本当に魔王なんですか?僕には彼女からそんな邪悪な雰囲気をどうしても感じないと言うか…」
「………そうでしょうな。彼女は魔王にしては余りにも…優し過ぎるのです。人間界に宣戦布告していながら、被害者を一人も出さないように尽力されておられる。敵である人間にもです」
「どうして…」
「姫様は人間達を"再教育"するお考えです。争いの種になる宗教や差別や国や格差などといった余計な思考や思想を取っ払う為に…」
「……………それだけを聞いてると…やっぱり"魔王"というよりは"救世主"って感じだな」
「あの方はやると言ったら最後までやり遂げるお方です…だからリューセイ様お願いです。どうか、姫様の助けになってやって下され。姫様は決して人間界を悪いようにはしないので…」
ババロアさんはコチラには顔を向けず、淡々と言っていた。
「…そうは言われましても…」
言ってる事は正しいような気もする。
しかし大前提として、俺達が魔王の言う事を鵜呑みに出来るかと言うとそんな訳はない。
魔王は狡猾で卑怯で無慈悲で残酷なもの…
あのドーラだって表向きは良く見せていても本心では何を考えているのか分かったものじゃない。
人間と魔族の間にはまだまだ安く信じてしまえる程の信頼関係なんてある訳がないんだから。
「着きました」
ババロアさんが大きな扉の前で止まる。そのままゆっくりと扉を開けると、そこは大きな部屋に丸いテーブルが等間隔で並べられたまるで披露宴会場のような印象の食堂だった。
「そちら、お皿が乗っているテーブルでお待ち下さいませ」
言われるがまま、すぐ近くにあった丸テーブルの席に座った。
今から食事が出されるのだろうか?
なんか、凄く緊張してきた…
こんな豪勢な場所での食事…前回の冒険で王様に招待された時以来だなぁ…
「待たせたわね」
暫くして食堂にドーラが入ってきた。
その姿に思わず俺は目を丸くして見惚れてしまった。
いつもは軍服風の…姫と言うよりは指揮官と言った出で立ちのドーラだったが、今は黒い綺麗なゴシック調のドレスに身を包み、長いツインテールは結ってティアラを被っている。
ドーラって本当にお姫様なんだと…そこでやっと実感したのは秘密だ。
俺は何故かパッと椅子から立ち上がった。
「うぅ…久々にドレス着たわ…動きづらいから嫌いなのよねホント。ワタシの趣味じゃないし、全然似合ってないし…」
「いや、似合ってる!!凄く似合ってるよ!!」
俺は思わず口からついて出た言葉に自分で驚く。
「そ、そうかな?」
「珍しい。姫様…なんでわざわざお着替えに?」
ババロアさんですら余り見ない姿のようだった。
「なんでって、当たり前でしょ?客人が来てるんだから正装をするのは。いつもの一張羅じゃ失礼じゃないの。リューセイ、遠慮しないで座って」
そう促され、俺は静かに着席する。
ドーラは向かいの席についた。
それからまもなく、料理が食堂に運び込まれてくる。
テーブルの上に次々と料理が置かれる。どれも、見た目は人間の料理と大差無さそうだ。
「さぁ、召し上がれ!一流のシェフに作らせた魔王城自慢の料理よ!」
………そうは言うけど。
正直おいそれといただきますとも言えない。魔王が出した料理って事は…
「毒なんて入ってないわよ」
俺の考えを察したのか、ドーラが言った。
「…って言っても、まぁ疑うのは無理もないわね」
そう言うとドーラは立ち上がり、近くまで来ると俺の目の前の料理の何点かをフォークでパクパクパクと口に入れていった。
モグモグモグゴクン
「ほら、大丈夫でしょ?」
ニコリと笑うドーラを見て安心して、俺は食事に手を付ける。
「………!!う、美味い!!」
「そうでしょそうでしょ!」
そう言ってドーラは自分の席についた。
「………でもま、知ってる通りワタシはムカデに変身出来るのよね。つまりそもそも毒蟲だから、料理に毒が入ってたとしても効かないんだけどね…」
ブーーーッ!!!
俺は吹き出した。
や、ヤラれたか!!?
「安心して、ほんとに毒は入ってないから」
「や、やめろってホント心臓に悪い!!」
俺はホッと溜息をついた。
ドーラの「毒は入ってない」は妙に信用出来て、それ以上は疑わなかった。
恐る恐るの手付きから、次第に食べるペースも通常に戻っていく。
「ほんと美味しいよ!特にこの肉!なんの肉?」
「それは〜…聞かない方が良いわ。人間の貴方は多分、聞いたら食欲無くすと思うから」
「うっ…そ、そうだな。聞かないでおくよ…」
とはいえ料理は普通に美味しいし毒も入ってない。だからこそ分からない。この食事会は一体なんの為に開かれてるんだ?
ーーーーー
「なぁドーラ…俺を呼び出したのは、何もただ仲良くお食事会しようって為じゃないだろ?」
食事にありつきながら俺はドーラを見た。
「…いえ?本当に貴方と親睦を深めようと開いた食事会よ?お気に召さなかったかしら?」
「………………」
俺が黙っていると、ドーラは続けた。
「…そうね。でも確かに"本題"はある。貴方と少し話し合っておかないといけない事があってね」
「それって…」
ドーラは持っていたナイフとフォークをソッと置いて口元をナプキンで拭いて話し始めた。
「単刀直入に言うわ。リューセイ、貴方にはワタシ達に"降伏"して欲しいの」
「降伏!?」
「魔王には敵わなかったと、貴方が世界に知らしめるの。勇者が太刀打ち出来なかったとなれば他の人々も諦めがつくでしょ?無垢な血を流さずに争いを終結させる事が出来るわ」
「そ、そんな勝手なっ…!!」
「悪い話じゃないハズよ。いや、悪い話にしないよう努めるわ。ワタシは何も、人間を奴隷にしたいとか、根絶やしにしたいとかそんな事は微塵も考えてない。極力、犠牲なくこの侵略を成し遂げたいのよ。人間には"まともな種族"になって欲しいだけ…だからね。それには貴方の協力が必要なのよ!」
先程ババロアさんから聞いた事だ。
本当にドーラはそんな事を…
「そうは言ったって……………荷が重いなぁ…。この返事って言わば、世界の命運を握ってる訳だよな」
「……………そうなるわね」
「……………ドーラ…。俺だけの判断で二つ返事は出来ない。それに足る充分な信頼関係だって俺達には無いはずだ。今までの魔王のやってきた事を考えみるに…」
「えぇ…その通りよ…今までの魔王がやってきた事を考えれば信用して貰えないのは分かってる。でも、ワタシは違う。今までの魔王と一緒じゃない。お父様とも…ね…!ここは貴方に信じて貰うしかないんだけど…!」
真剣な目つきのドーラを見ていると、そこに嘘や偽りは無いのだろう…と、なんの根拠も無いのに無闇に信じてしまいそうになる。
「……………ドーラってやっぱり洗脳する力を持ってたりするのか?」
「ハ?ないわよそんなの」
キョトンとするドーラ。
だとすると、純粋に彼女のカリスマ性によるものなのか…流石は、上に立つ者…みんなに慕われているだけはあるな…関心しながら俺は続けた。
「……………今ここで結論を出す事は出来ない。取り敢えず、仲間達に相談させてくれないか?」
「……………そう……………それもそうよね…」
「ただ、正直、俺個人的にはドーラを信じてみたいと思えて来たよ。俺は応援したいと思う。本当にドーラがこの世界をより良くしてくれるって言うなら…」
俺がそう言うと、ドーラはパァと顔を明るくさせて席を立ち上がった。
俺の元に来ると俺の手を取りブンブンと振った。
「それ!それが聞きたかったのよ!!聞いた!?ババロア!?」
「まだ協力が決まった訳じゃ…」
ババロアさんは首を降っている。
アハハ…
と俺は愛想笑いをする。
「良い返事を待ってるわリューセイ。一緒に、差別も争いもなく、人間と魔族が手を取り合える世界を作りましょう!」
ドーラの結託のない笑顔に胸を締め付けられた。
ドーラは腹を割って話してるが、俺は未だにドーラに隠し事をしてる。
ほんとは勇者ではないというのもそうだが…俺がこの世界にやってきたのは………………
続く…
 




