第四十一幕【KHKがやってくる】
一人の商人が荷物を乗せた荷車を引きながら平原の街道を進んでいた。そんな街道を進んだ先の分かれ道に立ててある案内板の横に、四輪の鉄の物体が停めてある。
現実で言う所の、ファンタジーの世界には不釣り合いな二人乗り用のピンク色の軽自動車だ。
商人はその物体を訝しげに一瞥しながら通り過ぎようとした矢先…!
ピーピーピー!
と笛を鳴らされたかと思うと、目の前にバッ!と、"トマレ"と書かれた小さい旗で行く手を遮られる。
その物体の陰からこれまたファンタジー世界には不釣り合いな、黒いスーツに身を包み、赤いネクタイをビシッと締めた水色の髪をツインテールにした女性が笛を咥えて出てきた。背中には大きな虫取り網と青いスポーツバッグを背負っている。
ピーピーピー
「はい、停まって下さーい!」
「な、なんですか…先を急いでるんですが…」
「いえいえ、お時間は取らせません…私、こういった者です!」
彼女は胸ポケットから黒い手帳を取り出しかざす。そこには黄色く棺桶のマークが描かれている。それを見て商人は察する。
「ゲッ…!!!"KHK"…!!」
「【棺桶保険協会・徴収課】の【セリザワ】です!貴方が滞納している棺桶保険の徴収にやってきました!」
「い、いや、今持ち合わせが無くて…!」
「そんな訳ないですよね?先程立ち寄っていた村でかなり稼がれたようですけど?」
「……………!!」
「さぁ、大人しく滞納金【65000G】お支払い下さい!さぁ!」
セリザワはズイッと一歩踏み出す。
「ふ、ふざけんな!そんなもん払ったら、今日の商売上がったりじゃねぇか!」
「そんなもん知ったこっちゃないですよ!貴方が滞納するのが悪いんです!さぁ!」
セリザワは手を差し伸べながら商人に歩み寄る。しかし、商人はその分後ずさる。
「この際だから言わせて貰うが、俺は【棺桶保険】なんかに加入した憶えはねぇ!」
「棺桶保険は"旅人"は必ず加入するよう義務付けられていますので!貴方が嫌がろうが関係ないのです!さぁ支払いを!さぁ!」
【棺桶保険】
それは、旅人全員例外なく加入が義務付けられているファンタジー世界の制度。危険が付き物の外の世界を冒険する旅人が、万が一瀕死に陥るような事があった時、すかさず棺桶保険協会から棺桶が派遣され、死にかけた人を"棺桶状態"にする事でそれ以上のダメージを与えられないように…トドメを刺せないようにするシステム。この制度のおかげでファンタジー世界は安心して冒険が出来るようになったのだが…
そんな制度を良く思わず、支払いを滞らせている人達から滞納金を強制徴収するのが【棺桶保険協会・徴収課】の役割だった。
「俺はまだ棺桶になった事はねぇ!!なんならそんな保険、外してくれよ!勝手に加入させられて、迷惑だ!」
セリザワはヤレヤレと首を振って続けた。
「払わない人はみんなそう言うんですよね!良いですか?貴方が転職所で商人として仕事に就いた瞬間、棺桶保険には加入されているんです。ちゃんとその事は転職の際の書類にも明記されてます!今まで棺桶になっていようが無かろうが、これから先、旅に危険がある以上棺桶保険には入って貰いますし、毎月3000Gの保険料は支払って頂きます!」
「チッ!構ってられるか!」
セリザワを無視して素通りしようとする商人。彼女は直ぐさま笛を吹いて助けを呼んだ。
ピーーー!
「トーヤマ先輩!お願いします!」
その合図と共に軽自動車の陰から、ポケットに手を突っ込んでヤクザ歩きで出てきたのは…黒のサングラスをかけた小さな少女だった。
黄色い幼稚園帽を被り、セリザワのピシッとした格好とは裏腹に、オレンジのニットはサイズが合ってないのかぶかぶかで…赤いネクタイは緩んでだらし無い。緑色の髪をショートカットにした少女は背中に大きな刺股と赤いスポーツバッグを背負っている。
「ワレェ〜…滞納金払えんとはどういう了見じゃいコラァ〜?払えんのやったらマグロ漁船にでも乗って働かんかいボケェ〜!」
…と、トーヤマはサングラスをクイクイと揺らしながら凄んでいるが、棒読みでやる気がないのかイマイチ迫力が乏しい。
「と、トーヤマ先輩…!絶対払って貰える作戦って…ソレ!?」
「いいから後輩ちゃん。ここはウチに任せて」
トーヤマはググッと背伸びをして商人に顔を近付ける。
「オイ、兄ちゃん!ここは大人しく滞納金支払っとった方が身の為やぞ〜?さもないと兄ちゃんの五感を一つ一つ潰すぞシャラオラァ〜」
「かえって小物感が半端ない…」
セリザワは頭を抱えている。
商人は近付いてくるトーヤマの頭にゴチン!とゲンコツをお見舞いした。
「イテッ!」
トーヤマからサングラスが落ちる。
ぽけ〜っと眠たそうな目が露わになった。
「調子こくなガキ!そんなんで払って貰えると思ってんのか!?」
セリザワはキッと商人に向き直る。
「あぁ!?よくもトーヤマ先輩を殴りましたね!?」
「イテテ…まぁ待って後輩ちゃん。…そっちがその気ならこっちも最終手段〜…」
トーヤマは背中にかけた刺股をゆっくら取り出し、商人に見せつけた。
「見てみてコレ、これは一見普通の刺股に見えるじゃろ?」
「…あ?だからどうした?」
「でも実はね…これは刺股に見えてとある仙人が手塩をかけて……………隙ありゃあ!!」
いきなりそう叫んだかと思うと、トーヤマは刺股を構えて商人の腹に目掛けて突進した!
「ヴッ"!!?」
急な攻撃に商人はそのまま仰向けに倒れるが、そのまま刺股にガッチリと固定されて地面から動けなくなってしまった。
「な、なにしやがる!!離せガキ!!」
「ガキちゃうわぁ!こう見えて24歳!後輩ちゃんは3歳年下!さぁ、そんな後輩ちゃん!出番だよ〜!」
「は、はい!」
セリザワは付けていた白い手袋をキュッと付け直してニヤリと微笑みながらジリジリと商人ににじり寄る。
「て、テメェら…!一体どうするつもり…!!まさか、拷問する気じゃ…!!」
「フフフ…拷問ですか…言い得て妙ですねぇ…」
「や…やめ…!!」
「こーちょこちょこちょちょこちょ〜!!」
セリザワはおもむろに商人の脇腹をくすぐり始めた。
「ヒャ!?…ブワハハハ!?ブヒャヒャヒャ!?や、やめ…ろ…!!ギャハハハ!!」
「おぉ〜恐ろしい〜…自分が受けたらと思うとゾッとするなぁ〜後輩ちゃんの必殺【くすぐり地獄の刑】…」
トーヤマはブルッと身を震わせた。
「さぁ〜!払う気になりましたかぁ〜?こーちょこちょこちょこちょ!!」
「ヒィー!!ヒィー!!誰が…はら…ビャハハハハ!!!」
「強情ですねぇ?払うまで永遠に続きますよぉ〜??こちょこちょこちょ」
「ギャハハハ!!!わ"か"、わ"か"っ"た"!!払う!!払うから!!!!!」
「「65000G、毎度あり〜」」
セリザワとトーヤマは声を揃えて言うのだった。
〜〜〜〜〜
「…よし、間違いなく65000Gですね」
セリザワは小分けにして地面に並べた硬貨袋をスポーツバッグに入れていく。
トーヤマは【徴収課】に配備されたピンク色で可愛い二人乗り四輪駆動車…【取り立てくん】の屋根に寝そべり、パイプを咥えてプカプカと煙…ではなく、シャボン玉を吹いている。
セリザワはスクッと立ち上がりトーヤマに目を向けた。
「では、そろそろ私達は…」
「休憩」
「違います!次の滞納者の取り立てです!」
「えぇ〜?いいよそんなに急がなくても…」
「何言ってるんですか!私達の科せられているノルマはそれは途方もないもので…」
「だからだよ~。そもそも到底無理なノルマを科せられてる訳だし、"上"はクリアさせる気はないんだよ。【落ちこぼれが送られる徴収課】…落ちこぼれは落ちこぼれらしく…ゆったりのんびり行こうよ〜」
「トーヤマ先輩…そんなだから徴収課に落とされるんですよ…」
「後輩ちゃんはどうなのさ。素行良好、営業成績もNo.1だったのにこんな所に来ちゃって…」
「え…それは…」
私は少し言葉を詰まらせて…ボソリと呟きます…
「…それはトーヤマ先輩が一人で可哀想だったから…」
「え?」
「…なんでもないです!とにかく!"取り立てくん"はトーヤマ先輩しか運転出来ないんですから!ほら!早く!」
「も〜!分かったよ〜」
トーヤマは渋々といった感じで取り立てくんの屋根から降り、運転席に入った。
セリザワは手帳を取り出し滞納者リストを確認する。
「え〜と…次の滞納者は…【ダルクス】って人ですね」
「んじゃ…のんびり行きますかぁ〜」
トーヤマがポチッとハンドル横のボタンを押す。すると、ハンドル前のパネルに地図が表示され、滞納者の予測位置が赤い点で表示された。
「うっわ…遠っ!」
「まぁまぁ…のんびりと…ですね!」
そうしてセリザワとトーヤマを乗せた取り立てくんはゆっくりと平原を進み始めるのだった。
続く…
 




