見えざる導き、見えざる手
マダコちゃんのイメージ画像はこちら(外部サイト)
https://tw6.jp/gallery/?id=4955
ほんの数分の出来事であったが、とんでもない体験をしてしまった。
この余韻に浸りながら一休みしたいところだが、僕達はただいま潜入任務中。
見つかれば即、このビルから叩きだされてしまうだろう。
唯一の手掛かりである『上』を目指すため、僕は真多子に手を引かれながら慎重にエレベーターを抜け出した。
「ここは……随分と開けた場所だけど、誰もいないのか?」
周囲を見渡し何かないかと探ってみるも、一面ガラス張りの壁がぐるりと囲んでいる他は特に目新しい物は無い。
「わぁ~! 下の街が良く見えるよコーちゃん! 高いねぇ~!!」
「あんまり力強く押すんじゃないぞ。 割れて落ちたって助けられないからな」
「もぉ~!! コーちゃんはアタシのことなんだと思ってるの!!」
「そうじゃないって、ここはあくまでも純人類用だ。 真多子みたいな魔人類の腕力を想定してないだろうってことだよ」
「ふぅん……ならいいけどね~」
「そんなことで拗ねるなよ……しかし、立て看板一つすら無いのは、なんだか不気味さすら感じるな」
展望室なのかとも思ったが、特に案内標識らしいものも無い。
まるで、街を見張る物見ヤグラのような必要最低限の整えだ。
「その窓って開きそうか?」
「えっと……ううん、全然無理! ピッチリ閉まってるよ」
「となると、ここから出るのは無理か」
窓をブチ破りでもしたら異変を察知される。
それでは、せっかくの侵入が台無しだ。
流石にここまで高ければ、地上の警備に着いている堅円谷の眼も届かないだろうと期待したのだが仕方ない。
「あと調べていないのは中央のコレか」
部屋の中央には飾り気のない、太い柱のようなものが天井を貫いている。
このガネー社ビルは木造じゃないのだから、まさか大黒柱ということもあるまい。
いったいこれは何なのか。
「あっ! コーちゃん見て見て! このビル、まだまだ『上』があるよ!」
「だろうな、外から見た時に窓をざっと数えてたから知ってるよ。 だからこうして藁にもすがる思いで方法を模索してるんだろ」
横目でチラと彼女の方へ視線を配る。
壁面をびっしりと覆うガラスに頬を押し付け、真多子は頑張って上の様子を見ようとしていた。
構造上、ここからじゃ絶対に見えないだろうに。
あの様子では新しい発見はなさそうだ。
そんなことよりも気になるのはコチラの方。
「この柱……何かあるはずなんだ、上へ行くための何か……」
そうでなければ、どうやって上の階と行き来出来るというのか。
僕は地下通路でのことを思い出し、もしや空洞になっているのではないかと当たりを付けた。
そっと柱に身体を密着させ、耳を押し付けるとノックを数回。
それを少しづつ移動しながらグルリと周っていく。
しばらくしてある面にまで来た時、急に反応が変化した。
『ピピ……』
「なんの音……だぁッ!?」
聞き慣れない電子音が柱から発せられたかと思えば、突然中への扉が開いて僕は倒れ込んでしまう。
「コーちゃん大丈夫!?」
「いてて、なんともない。 それよりも、何が起きたんだ」
思いっきり床へぶち当てた顎をさすりながら立ち上がると、先程の柱をもう一度確認してみる。
何か特別触ったつもりもないし、見た感じボタンの一つも無い。
心当たりがあるとすれば、身体を密着させていたことだろうか。
「もしかして……」
「何か分かったの、コーちゃん? あっ、それって!?」
僕は懐へと忍ばせていた巾着を取り出し、今しがた開いた扉の付近へ近づける。
すると、やはり電子音が鳴って扉が閉じたのだった。
「この中身、どうやらこの隠し扉を開閉する鍵だったらしいな」
「おお~! どういう仕組み何だろうね?」
「それは……僕にもさっぱりだ。 兄貴なら分かるかも」
僕の右眼から得られる情報は虫食いなため、どうにも知ってることと知らないことの差が激しい。
機械のことなら、専門違いとはいえ深角の兄貴に頼ったほうが確実だ。
しかし、彼は今バクダン処理で手が離せない。
使い方がとりあえず判明したのなら、自分達でどうにかするしかないだろう。
「まさかこんな使い道があるとはなぁ……」
「ねぇねぇ、中はどうなってるの?」
「あ、そうか。 閉めちゃったからな、ちょっと待っててくれ」
恐らくは上へ続くエレベーターなのだろう。
僕は再び扉を開けようと、手にしていた巾着を近付けようとして異変に気が付く。
(う、動かない……腕が! く、口も……!!)
どれだけ力を入れようが、僕の身体はまるで時が止まってしまったかのように静止している。
しかし、プルプルと痙攣する筋肉の僅かな振動だけはあり、現実は続いていると嫌でも自覚できた。
「コーちゃん……?」
(真多子、逃げろ……!! こいつは……!!)
真多子の心配する声で、ようやく僕は何かに腕を掴まれているのだと気が付いた。
姿なき実体、僕はそれに強く覚えがある。
なぜって先程のエレベーターでも世話になったばかりなのだから。
「ねぇ、コーちゃんどうしちゃたの?」
口も利かず身じろぎもせず、ただじっとして固まる僕の異様な立ち振る舞いを見兼ねたのだろう。
真多子が窓際から近付いてくる足音がする。
(ダメだ! 来るな……!!)
一歩、また一歩と段々早くなる足音。
互いの信頼関係がゆえに真多子の心配は大きくなっているのだ。
しかし、それこそが大きな罠であった。
僕に気を取られるほど、彼女の油断も大きくなっていくのである。
評価や感想をいただけると励みになります。
よろしくお願いします。




