大干支街道捕物帳4
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僕は腰を下ろして屈むと、ゆっくりと腕を伸ばした。
すぐに手は届き、床へ座って首をうなだれている転生者の女の肩を軽く揺する。
「ほら、そろそろ起きるんだ」
「あわわ……コーちゃん、アタシやり過ぎちゃった? 大丈夫だよね?」
心配そうな表情で真多子が僕に尋ねて来る。
犯人の身体をタコ腕で縛り付けている彼女は、任務での肉体労働が役割。
頭脳担当の僕とコンビを組んでいる頼もしい相棒だが、たまに……というかよくやらかすのだ。
「大丈夫、あれはちゃんと正当防衛だからな。 後から何を騒がれようと平気だよ」
今回はよくやったと、彼女を褒めて頭を撫でていると、艶っぽい呻き声が鳴る。
「んん……」
真多子にこっぴどくぶちのめされてノビていた転生者が、ようやく目を覚ましたようだ。
生きているのはχ眼で確認済みだったから、もとより心配はしていないが。
それよりも、真多子を襲おうとしたことが問題だ。
「さて、寝起きの所で悪いけど犯罪者さん。 君は窃盗の罪だけじゃなく、逃亡、殺人未遂の罪も追加されるみたいだね」
裏路地での意趣返しとばかりに、開いた指をゆっくり3つ折る。
「な、なんでここにいるのよ! 撒いたはず……っていうか、なんでわたしの居場所が!? ここ、地上から相当高いはずなのに!!」
目覚めたばかりなのに、色々と腑に落ちないと転生者の女は騒ぎ立てる。
しかしいくら暴れたところで、身動ぎ一つ取れなかった。
全身筋肉で出来たタコの特性を色濃く持つ真多子、彼女のパワーにただの転生者が勝てるはずもない。
「ふっふーん! 今度は身体を掴んでるから失敗しないもんね!」
それどうだと自慢げに、真多子が鼻をフスフス鳴らす。
頭まで柔らかいが、その分、教えたことの吸収も早いのがこの娘の取り柄だろう。
もう先程のように騙されることはないはずだ。
「あぁ、居場所を探すのは簡単だったよ。 これのおかげでね」
僕の指を折った方と逆の手を開いて見せる。
その人差し指の腹は、黒い煤けた色に染まっていた。
「はぁ? 何よそれ、いいから解きなっての!!」
「これは……」
「アタシのタコスミ!!」
もったいぶって僕が答えを言おうとすると、真多子が遮って得意気な顔をする。
美味しい所を持っていかれてしまった。
じとりと真多子を恨めしく睨むと、指に付いたタコスミを舐めとる。
美味しい。
「もうその目で見たと思うけど、真多子は姿を周囲に溶け込ます才能に長けていてね。 裏路地での僕と君のやりとりも全部見張らせていたんだ」
「あ~!! そういえばコーちゃん、偽乳揉む時に厭らしい顔してなかった?」
今度は真多子からじっとりとした視線を受ける。
心当たりがないでもない、冷や汗が額を伝うが、ゴホンと咳をして誤魔化し話を進めることにした。
「そ、それでだ、棲み処へ帰るところを追跡させながら、マーキングしていったというわけだ」
「あっそ、助平一人だと思って油断した、わたしが甘かったってわけね」
(助平は余計だろう、真多子の前なんだから止めてくれ……)
もはやぶりっ子喋りも止めて、機嫌の悪さを微塵も隠さない女転生者。
僕と顔を合わせようともしないのだから、女の豹変ぶりとは恐ろしいものだ。
「それに、君のように空を飛べなくたって、僕達『軟体魔忍』には吸盤がある。 だから、どんな高い所だろうが登るのは朝飯前なんだ」
僕が夏でも外さない指抜きの長手甲を脱ぐと、掌に丸い吸盤が見えてくる。
そして試しに床へと押し付け、手を挙げようとすると、床板がミシミシ割れるような悲鳴をあげた。
真多子の白刃取りも、これがなければとても成功しなかっただろう。
普通の掌では勢いの付いた刃など、滑って斬られてしまうのがオチだ。
ひとしきりタネを明かすと、僕は再び長手甲に指を通す。
右眼と両の掌、僕の特性が出ているのはここだけだ。
真多子と違って怪力があるわけでもないので、平素はなるべく能力を悟られぬよう隠している。
「さて、御託はこのくらいで済ませて本題に入ろう。 どうせ用心深い君のことだ、盗品の隠し場所はこの屋根裏だけじゃないんだろう? 全て洗いざらい吐くんだ」
「知るかバーカ! さっさとわたしを国へ突き出せばばいいでしょ」
一向に顔を合わせようとせず、転生者の女はつっけんどんに言葉を吐き捨てた。
素直に吐く気が無いのは、一連の態度で分かっていたので別に構わない。
「ふん! だいたい、わたしにこんな傷負わせて不味かったんじゃない? 絶対に問題になるから!」
この状況でもまったく懲りる様子は無く、またも転生者としての立場を持ち出してくる。
世間を分かったようなフリをしているが、素直な真多子に比べて学習能力の全然無い女だ。
「傷、ねぇ。 そんなものあると思うか、真多子?」
「ん~……無い!! すっごく健康だと思うよ!!」
真多子は嘘をつけるような性格じゃない。
本当にそう見えるのだろう。
「はぁ? まだこんなに痛むじゃない! そんなわけ……あれ?」
屈託のない真多子の声に眼を剥いた転生者は、かち揚げられた自身の顎先を見下ろす。
しかし、赤く腫れるどころか血の一滴も見当たらないのだ。
「ご覧の通りだ。 そんな健康体じゃ、何を訴えても聞き耳持たれないだろうさ」
「な、なんで……? だって意識まで飛んだのよ!? こんなはず……!!」
夢でも見てるか、狐に化かされたかと混乱する彼女に、もう一つ最後のタネ明かしを披露する必要があるらしい。
「むっふふー。 何でだと思う~?」
自分のことじゃないというのに、何故か真多子まで偉そうな天狗になっている。
このままでは、この説明まで真多子に持っていかれそうだ。
僕は急いで右の前髪をかき上げて、χ眼を晒す。
「偽乳を見破るだけがこの眼の真価じゃない。 相手の急所、痛みを感じる部分も見通せるんだ」
偽乳と口にする際、転生者の胸元を指差して強調すると、耳まで真っ赤に染まっていた。
一応気にしているらしい。
「本来は暗殺用だけど、上手く使えば炎症を抑えて、内傷を誤魔化すことが出来るってわけだ」
タコの特性と何の関係も無いこの力、それが何故身に付いたのかは僕にも分からない。
先代頭目の親父殿も急所を狙っていたらしいが、あちらは歴戦の中で身に着けた純粋な『技術』、遺伝では無いはずだ。
しかし、使えるものは何だって使わせてもらう。
こと、こういう任務では特に便利なのだから。
「コーちゃんの眼、カッコイよねー! アタシも欲しいな~」
「真多子は僕より特性が色濃いんだからもう充分だろ……いやそうじゃなくて」
褒めてくれるのは嬉しいが、横槍で逸れた話を修正する。
素直なんだが、たまに素直過ぎる、今格好つけてるところなんだから空気を読んでくれ。
「つまりだ、このまま黙秘を続けるつもりなら、少々痛い目をみてもらうことになる。 拷問ってやつだな」
拷問という単語をハッキリと言葉にしてやると、転生者の女の顔がみるみるうちに青ざめていく。
外傷や痣が見える拷問は、引き渡しの時に隠せないし騒がれる。
しかし、苦痛だけを与えるツボを押してやるのは、後からでは確認のしようがないのだ。
いくら中央から精査が入ろうと、僕達の行いがバレることもない。
「そ、そんなのデタラメよ! あんた達はわたしに乱暴出来ないって! 今までだって……」
他国では確かにそうだったかもしれない。
だがこの巳の国には軟体魔忍がいるのだ。
「口で言っても理解できないなら、身体へ直接聞くしかないようだな。 真多子、ちょっと暴れるだろうからしっかりと押さえててくれよ」
「オッケー! どんとこい、だよ!」
転生者に巻き付けていたタコ腕を絞め直すのを見届けると、χ眼で犯人の脚を見定めた。
足裏はどんな種族であっても、体内の様々な器官へ繋がるポイントが見えて来る。
相手の弱っている器官に繋がる部分などは、押してやると特に痛みが響くのだ。
試しにその一つをギュッと、親指を折った背の部分で押してやる。
「ちょ、ふざけんな! なに勝手に触って……ンギィィィィィィ!!!?」
急激に登りつめた痛みを押し殺すように歯を食いしばり、なお漏れ出す悲痛な声が屋根裏へと響き渡る。
裏返ったその声量は、僕が唐辛子を喰らった時に匹敵するものだろう。
「うわぁ痛そー……」
全身筋肉の真多子は、よく無茶をするのでこの痛みのお世話になっている。
それを思い出したくないのだろう、余った腕で耳を塞ぎ、目一杯に目を瞑って顔を背けている。
「お前も追跡の時、派手に屋根を跳び移ってたんだ、他人ごとじゃないからな。 あとで施術するから覚悟しておくように」
「うぇぇぇ!!? そんなぁ!!」
そんな会話を挟む間も、絶えず痛みに苦しむ絶叫が鼓膜を刺激する。
自由奔放なのはいいが、よほど自堕落な生活をしていたのだろう、揉んでやるポイントは尽きない。
ある程度反抗的な態度が無くなるまで続け、様子を見るために僕は手を止めた。
転生者の方はといえば、慣れない痛みでぐったりと脱力しうなだれていた。
「さて、手の準備運動はこのくらいでいいだろう。 ここから本番だけど、まだ黙秘を続ける根気は残ってるか?」
答えは聞くまでもないが、一応形式上の質問をしておく。
涎も涙も垂れ流し、掠れた声で彼女は口を微かに動かした。
「い、言いまひゅ……だから、もう、許して……」
「だ、そうだ。 確認のために隠し場所まで案内させるから、運搬頼んだ真多子」
「りょうかーい! これで一件落着だね! イェイ!」
ぐったりと床に倒れ込む転生者を放すと、真多子は6本の腕を使ったトリプルダブルピースで眩しい笑顔を見せるのであった。
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