大干支街道捕物帳3
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転生者の女が偽乳に使っていたもう片方、それが僕の顔面へ容赦なくぶつかると、ふんわりとした感触の後すぐに布の裂ける音が耳に響いた。
「うわっと……おブッ!?」
呆気に取られていたために、何が起こったのかを自覚するのに時間が掛かったが、すぐに僕の身体が何をされたのか教えてくれた。
辛い。 いや辛い……!!
これはもう辛いとかのレベルじゃない、眼や鼻、粘膜という粘膜の全てが痛いのだ。
「ゲッホォ! ウォッホ、ゴホ! ンギャァァァァァ!!!」
「ぷぷー、大人を気取りたければぁ、その刺激で一皮剥くことですねぇ。 ム・ッ・ツ・リ・君」
袋に唐辛子の粉末でも詰めていたのだろう。
とんでもない女だ。
眼も開けられない程に顔中が酷い惨状であり、とても確認することはできないが、こんな刺激物は他に考えられない。
驚いて息を飲んだせいか、呼吸の度に喉と鼻が焼けるような熱さに悶える。
眼をいくら擦っても、涙が唐辛子を溶かして逆効果。
何なんだこの生き地獄は、下手な拷問よりキツいんじゃないだろうか。
(ぐおぉ、異世界人はなんでこんなクソみたいな食べ物を発見したんだ……どう考えても毒だろコレ……)
もはや世界の全てを恨むくらいの怒りを抱いたが、前後不覚のこの状態では天に向かってツバの一つも吐けやしない。
そして両手で必死に眼を擦っていて気が付いたが、僕の持っていた巾着はどこへいったのだろうか。
ハタと気が付き、痛いのを堪えながら蹲って足元を見つめるが、赤い粉雪が積もっているばかりで見当たらない。
(くそ、やられた! しっかり獲物まで回収していったんだ!)
だとすれば犯人はどこへ。
ここは人気の無い裏路地、咳をしていても流石に耳は無事なのだ、足音くらい聞き分けられる。
そのはずなのだが、路地を叩く軽快な靴音はまるでしなかった。
(ヒュッ)
「…………?」
整理が終わらない状況を観察していると、ふいに小さな風切り音に気が付いた。
そして僕の影が、夕焼けに当てられたように伸びたかと思うと、千切れて逃げていく。
(違う、あれは僕の影なんかじゃない)
自分の影にしては形がおかしい。
まるで凧のような四角いシルエットなのだ。
凧で思い当たり空を仰ぐと、あの小憎らしい小悪魔の笑顔と眼が合った。
四肢を開き、腕から脚まで張られた薄い膜、それを駆使して人間凧となっていたのである。
どうやら彼女は有袋類の中でも、フクロモモンガの特性持ちだったようだ。
「そのお間抜け面、最後に良いお土産としてぇ、貰っていきますねぇ。 クスクス」
そう吐き捨てると、彼女は繁華街方面へと滑空していく。
巻き付いた布服は風になびいており、調整しやすい衣服はこういう時にも役立つのかと、少し感心してしまった。
「っ……!! ゲホ、待てぇ!! ゴッホ!!!」
彼女の言葉への羞恥心と辛さにより、僕はまるで茹蛸のように真っ赤になりながら裏路地を飛び出す。
だが、そこで足は止まってしまった。
目の前に広がるのは人の大渋滞。
尾行の時は助かった人混みだが、急いで追いかけるとなれば途端に障害として立ちはだかったのだ。
「ぜぇ、はぁ……ダメだ。 今からじゃとても追い付けない」
向こうは人垣も道路も無視した空の道。
どれほど滑空できるかは不明だが、すでに見失ってしまった以上、僕にできることは何もない。
(そう、僕にはね)
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屋根から屋根へと飛び移り、繁華街の中でも背の高い建築物へと渡り終える。
新しい国に着いたら、人の多い所を見下ろせる場所に隠れ家を構えるのが習慣となっていた。
隠れ家といっても、地上を這うだけの種族には縁の無い屋上などを勝手に借りているだけだが。
それに小賢しい追手の中には、隠れ家に張って見張る者もいるから、用心していくつか見繕っておくのだ。
この屋根裏もその一つ。
そうして色んな角度から、獲物や飛び去るための建物を頭に入れておくのである。
頭の足りない女のフリをしておけば、この世界の住民をやり込めるなんてお手の物。
現実世界じゃ味わえなかった万引きより激しいスリルが、こちらでは毎日のように楽しめるのだから止められない。
「クス、それにしてもぉ、今日のマセガキは傑作よねぇ、クスス。 いくら見た目は若くてもぉ、こっちは生前含めて倍は生きてるんだっての、頭の出来がぁ、違うのよねぇ」
ここよここ、とコメカミの辺りを指でノックして、そのまま胸へと滑らせる。
不自然に片方だけ大きい巨乳がゴムのように収縮すると、中から先ほど盗み返した巾着袋が顔を出した。
ずっしりと手に馴染む重さを味わうと、戦利品をまとめている机にゆっくりと載せて飾る。
既に生活に困らない程度には稼いだのだが、それでも満足することはない。
それは生前の万引き少女時代から治らない持病のようなものだ。
それに、こうして盗んだものが積まれて増えていくことに優越感を覚えるようになった今では、足を洗う気なんてさらさら無い。
「どうせぇ、翼のない国にいればぁ、わたしに手を出せるわけないしぃ」
「ざんねんでした! 飛べなくたって、アタシなら捕まえられちゃうんだよねー!」
「はへ?」
声がした。
気のせいなんかじゃない、ハッキリとこの屋根裏部屋からしたのだ。
外からの声なら聴き慣れているから、聞き間違うはずもない。
しかしいくら周囲を見渡せども、声の主は見つからない。
ついに頭がおかしくなったか、あるいは透明人間にでも遭遇しているのだろうか。
「ちょ、ちょっとぉ、どこにいるんですぅ。 わたしぃ、別に何もしてな……んぐ!」
唐突に、口元を中心に頭を強く抑えつけられる。
見えない何かが自分の頭に巻き付いているらしい。
「ンンーー!!! ムグンンンーーーー!?」
恐ろしくなって助けを呼ぼうと声を絞り出すが、ぴったりと貼りつく何かのせいで下の階の住民には届きそうもない。
「も~、コーちゃんが来るまで大人しくしててよ。 ヨイショっと」
再び見えない声が屋根裏に響くと、口元を覆っていた何かが色付き始め、赤いタコのような腕が現れた。
そして天井に貼りついていた赤髪の少女が降りて来る。
本当に透明人間だったのだ。
「へへーん。 軟体忍法『姿隠しの術』だよ! コーちゃんはタコの保護色能力だって言ってたけど」
誰も聞いてない(というか喋れない)のに、姿を顕した少女が自慢げに解説している。
身体の柔らかさだけでなく、頭の方まで緩いらしい。
先程の少年と違い、この娘なら簡単に言いくるめることも出来るかもしれない。
そうと決まれば喉を指差し、苦しいと必死さを強調してジェスチャーを送る。
「んん! ん! ん!!」
「あっゴメン! また絞め過ぎちゃった? えーと、これくらいでどう?」
やはりだ、こうも簡単に引っ掛かるとは少々予想外だが、これだけ広がれば抜け出せる。
「ぷは、今日は馬鹿によく会う日ですねぇ! 丁度良いですしぃ、本当に馬鹿は死んでも治らないか試してあげますよぉ!」
胸に隠していたのは唐辛子玉だけではない。
もしもの護身用に短刀も忍ばせてあるのだ。
隠れ家に盗品の山、そこに居合わせた姿も見られたとあっては生かしておくわけにはいかない。
人を殺めるのは初めてだが、自分が助かるためにはこれしかないのだ。
皮の鞘から盗品の短刀を抜くと、腹部の辺りで両手で握り、身体ごとぶつけるつもりで走り出す。
現実世界のドラマでやっていた方法だ、きっとあっているはずだろう。
「えー!? うわわ、こういう時は……えっと」
殺れる。
この世界の住民は、迂闊に転生者へ手を出せない、世界がわたしに味方している。
絶対に成功する、わたしは自由なんだ。
「気にするな真多子! そいつは凧だ! 打ち揚げてやれ!!」
「コーちゃん! よぉし、軟体忍法『蛸揚げの術』!! とりゃぁー!!!」
あと一歩、ほんの少し詰め寄れば、鉄の刃が肉を突き破るというその瞬間。
聞き覚えのある声が背後から響く。
すると、目の前のタコ少女の首に巻いていたマフラーが解けて、新たな腕となった。
この少女、今更だがなんと腕が6本もあるではないか。
そのうちの2本がバチンと反射的に短刀を白刃取りすると、残りの腕がわたしの顎を殴りかちあげる。
「ングーーーーッ!? オゴホォッ!!!」
そのまま身体も浮き上がり、天井へと叩き付けられたところでわたしの意識は薄れていった。
初めての作品のため、色々と間違っている所があると思いますので、ご指摘・アドバイスなどをいただけると助かります!
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