大干支街道捕物帳2
繁華街といえども、シーズン前の大通りから離れた裏路地ともなれば、流石に人気もまるでない。
目に付く範囲にいるのは、目の前にいる彼女と僕の二人きりだ。
あれほど五月蠅かった喧騒も消え、静寂と緊張による自分の鼓動だけがこの場を支配している。
「消えた巾着の行方、それを尋ねる理由は一つしかないだろう? 僕は君がその巾着を持っているんじゃないかと疑っているんだ」
相手は場慣れした犯罪者だ、こちらが引け腰になろうものなら、すかさず言いくるめられて取り逃がすだろう。
だから濁さず、はっきりと要件を口にする。
「あぁ、あぁ、いるんですよねぇそういう人。 わたしがぁ、よそ者だからってぇ、すぅぐ穿った見方するんですよねぇ~」
うんうんと頷きながら、女は被害者ですよと言わんばかりに眉をひそめて、困り顔を作る。
いちいち芝居臭くて鼻持ちならないが、それに気を揺さぶられて冷静さを欠くわけにはいかない。
僕はするべき役割は、ただ冷静にこの犯罪者を追い詰めることだ。
「で? その証拠はあるんですかぁ? わたしがぁ、その巾着を盗んだショ・ウ・コ!」
そう言い切ると、どうだとばかりに両手を開いて掌を見せる。
金銭のたんまりと詰まった巾着だ、嵩張ってそうそう隠し持てるものじゃない。
どこにそんなもの持ち歩けるのだとアピールしているのだろう。
「証拠は……残念だけど僕は盗んだところを直接見たわけじゃない。 だけど、絶対に君は巾着を持っているはずなんだ」
「それってぇ、ただの言い掛かりですよねぇ? いいんですかぁ、わたしぃ転生者なんですよぉ? あなた達がそんな勝手で問題を起こしたらぁ、重~い罪に問われちゃいますよねぇ?」
中々引き下がらない僕へ、雑魚はさっさと手を引けとばかりに手を振って、野良犬でも追い払うような仕草を返す。
流石に三カ国も渡って来ただけあり、僕が国主の差し金であることはとうに勘付いているのだろう。
だからこそ、転生者という立場をチラつかせることの強み、それをあえて出して来たのだ。
(本来ならこれで手を出せず終わるところなんだろうな……でも残念だけど僕にはその手が通じない奥の手があるんだ)
「なら、君が持っているという動かぬ証拠。 それが示せれば大人しくしてくれるんだな?」
「クスッ……あぁもしかしてぇ、身体検査ってやつですかぁ? どうぞぉお好きに。 ただしぃ、もし何も見つからなかったらぁ、強姦未遂の罪も追加ですねぇ」
彼女が開いていた手の指をゆっくり二つ折り、罪が増えるぞと圧力を掛けて来る。
当然、身体検査なんて今までに他国でもすり抜けて来たのだ、何かしらカラクリがあるはずだ。
普通に調べたところで絶対に見つからないのだろう。
ざっと見ただけでも、彼女の身に着けている衣服は丈の長い布を簡単に巻き付けただけであり、激しく動けば解けてしまいそうだった。
重い貨幣の詰まった巾着でも内に隠そうものなら、衣服ごとずり下がってしまうのは明白。
そして大衆の行き交う中での犯行だ、凝った隠し方をする暇は無いだろう。
「おーい、黙っちゃって、どうしたんですかぁ? 今更怖気づきましたぁ? クスクス……度胸が無いならぁ、どうせあなたしか見てないんだしぃ、この場でストリップして身の潔白を証明したっていいんですよぉ?」
「いや、その必要は無いな。 君が隠し持ってるのは間違いない、これからその場所を一発で当ててみせるよ」
「はぁ? 急にどうしちゃったんですぅ? そんなことできるわけ……」
馬鹿にして玩具のようにこき下ろしていた青年が、頑なに強気の姿勢を崩さないことが意外だったのだろう。
今まで自分が優勢であると信じて疑わなかった彼女へ、ようやく不安の色が見え始めた。
僕は前髪をかき上げて、隠れていた右眼を晒す。
すると、普通の黒目であった左目とは非対称に、瞳孔が横に開いたタコ眼(Θ)が現れる。
所謂オッドアイと呼ばれるものだ。
いや、この場合オクトアイだろうか。
「開眼……!!」
そう呟くと、横に開いていた瞳孔がさらに縦にも開き、十文字(+)の瞳に変貌した。
僕はその見た目から、『χ眼』と名付けているが、皆からは全くその名で呼ばれない。
個人的にはすごく格好良いと思うのだが、一向に広まらないのはまったくもって不思議だ。
「ひぇ! ちょ、ちょっと、わたしにぃ、何するつもりなんですかぁ!?」
初めてこれを見せると気味悪がられるのも承知の上だ、もう慣れている。
そのまま転生者の女が青ざめたのも気にせず、彼女の身体を舐めるようにくまなく見定めていった。
そして彼女のやたらと大きな胸にまで目を滑らせると、視線がそこで止まる。
「うわぁ、やっぱり乱暴するつもりなんですねぇ! 誰かぁ、来てくだ……」
「なるほど、ここだったんだな」
彼女が何か勘違いして人を呼ぼうと声を上げようとしていたが、それを遮って躊躇なく胸を鷲掴む。
「~~~~~~~~~!!!!」
声にならない声が絞り出され、青かった顔が今度は一転して真っ赤に染まった。
ストリップなどと口にしていた割りに、彼女は案外初心な所があるらしい。
だけれど相手は犯罪者だ、そんなことは手を抜く理由にならない。
そうして握った右手の感触は、柔らかく沈み込むような夢心地の弾力……とはまるで似ても似つかないほど、遠いものであった。
とうてい人の肉体とは思えない、硬くゴリゴリと金属片を布越しに擦るような鈍い音が、手の感覚を通して伝わって来る。
間違いない、確信が確証に変わった。
「あっ、それは、ちょっと、タンマ! 待って待って待って!!!」
彼女のぶりっ子喋りも化けの皮が剥がれ始め、それが正解であると自ら答え合わせしているようなものだ。
握っていた手を緩めて上へ手を沿わせると、鎖骨の下あたりに手応えを掴む。
なんと皮が捲れるのだ。
一見すると肌の違いが分からないが、まるでポケットのように胸が袋構造となっているらしい。
華奢な体型に不釣り合いな巨乳にはこういうカラクリがあったというわけだ。
ようするに盗品をパッドにしていたのである。
服装も胸が大きくなった時に調整しやすいよう、わざと緩くしていたのだろう。
転生者の女が暴れて振りほどかれる前に、サッと手を突っ込み中身を曝け出すと、やはりずっしりとした巾着袋。
その表を見れば『丸に魚の印』、失くした男の証言とぴたりと一致する。
「この印、彼の持ち物で間違いないな。 有言実行、証拠は見つけ出したんだ。 さぁこれで罪を認め……る?」
今度は僕が勝ち誇った顔で、巾着袋から彼女の顔へと視線を移す。
しかし、彼女は負けを認めるどころか、間抜けを蔑む眼で見返して来たのだ。
そして胸に巻いていた布をサラリと落とし、胸が一切の隠すものもなく露わになってしまう。
「あっ……」
この時の僕の未熟さは一生恥じていきたいと思う。
一瞬の出来事とはいえ、つい、眼が離せなかったのだ。(男の性だ、しょうがないだろう)
ただ残念なことに、胸に本来付いているべき桜色の突起は拝めなかった。
僕がタコの眼を持つように、彼女は有袋類の特徴を持つ転生者だったのだ。
推測だが本当の突起は袋の内側にあるのだろう。
そしてさらに悪いことに、彼女の胸はもう片方、二つ目の袋も膨らんでいたことを失念していた。
僕のχ眼はX線(レントゲン)のように生物の身体を透視することが出来るのだが、逃げられる前に証拠を掴むことを意識し過ぎてあまりにも迂闊だった。
焦らず、少し目を横に向ければ、相手の罠に気が付けていたはずなのだ。
ここまで必死に格好つけて冷静を装っていたが、女性の胸(偽乳)を揉んで浮かれていたのかもしれない。
思えば女性と二人きりというシチュエーションで、情けないことに僕の心臓はずっと跳ね上がっていたのだ。
「男ってホント馬鹿で助平ばっかですねぇ。 ちょっと演技したら、すぅぐ騙されちゃうんですもん」
転生者の女はわざと僕に勝ちを確信させて、油断を誘っていたのだ。
場数の違いか、完全に一枚上手を行かれた。
彼女は小悪魔のような笑みで嘲笑うと、もう片方の胸に詰めていた袋を取り出し、僕の顔へ素早く投げつける。
初めての作品のため、色々と間違っている所があると思いますので、ご指摘・アドバイスなどをいただけると助かります!
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