89話 リムレットの覚悟
「もう一度……付き合ってくれ」
カムロは息を切らしながら、目の前にいる相手に頼み込む。彼の目の前にいるのは私たちの仲間であるジムエルだ。ジムエルは彼の頼みを耳にしながらも、鼻で笑った。
「悪いが遠慮されてもらおう。俺様はお前さんのように真面目ではないのでな」
「えー?じゃあ次は僕とやろーよ!!」
「悪いが狂人と闘う気力はないぞ?」
「とかいってー本当は怖かったりして」
「……挑発するならもっと違うやつにしろ、小僧が」
といいつつもジムエルは狂人ムニラスの言葉に、少しイラッとしたようだ。
まぁ彼ならイラついてしまうのも無理はない。性格的な問題として……。
ちなみに何故カムロとジムエルが闘っていたのかというと、自分の力を向上させる為らしい。
私たちはトゥエリル王国で魔神と遭遇し、大事な人たちを失った。魔神が強い奴らというのはこの身で体験したから嫌という程、理解している。普通の人間では到底敵わないということも。あの時点で守れる力がなかったことも。
だから次にまた奴らと遭遇することがあるのなら、それまでに対抗する力を身に付けておきたい。という理由でカムロはジムエルと闘っているのだ。そしてそれを聞きつけた魔王軍の幹部数名が、この庭園に集まってきていつしかカムロはジムエル以外にも相手をするようになっていた。
「……ほんと、元気ね。男の子って」
私はというと、カムロの闘う姿をみながら魔王城の庭園で溜息を吐いていた。
あの後私たちは魔王に協力することにし、この魔王城で生活している。といっても全面的に協力しているのはカムロである。力のない私はカムロの付き人として行動し、魔王城での扱いも客人なのだ。闘えない私からしてみれば有難いことだけど、こうも何もすることがないと暇になるのは当然だろう。
魔王城にもこの世界の本はあるのだけど、なにぶん私の家ではないということもあって自由に読むのも気が引けてしまう。魔王フィオナには「自由に読んでもいいよー」とは言われているけど、それでもなんかこう……他人の所有物だし人見知りの私にはハードルが高いのだ。なのでこうしてカムロの練習を眺めながら、暇を持て余してる訳である。
ちなみにここに居ない転生者の一人である美晴は、彼女の言うようにこの世界のミハルに戻っていた。そして私たちの心配を他所に「今からやることがあるから」と言い残して、魔王城の魔道具を製作する場所に入っていったきり出てきていない。一体何をしているのかという疑問も浮かんだけど、私からしてみれば関係のない話だと思ったので気にしないことにした。
彼女と行動を共にしていたジムエルは、少々心配していたけれど「ミハルのことだから何か考えがあるのだろう」と言い残して、カムロの相手をしている。簡単に言うと暇つぶしの相手をしている感じだ。
「……皆やることがあって、いいな」
「それならキミもやるかい?」
「ひゃぁあ!?」
突然目の前に魔王フィオナの顔が出現し、私はそれに驚いた。
失礼なのは分かっているけれど、それでも突然出現されると臆病な私は驚いてしまうのだ。
「お、驚かさないで下さいよ。フィオナさん……」
「やーごめんごめん。リムっちがあまりにも暇そうにしてたからちょっと驚かしてやろうと思ってさ」
フィオナはケタケタと笑った。
まるで悪戯をする子供のような雰囲気だけど、そんな彼女はこの世界においての魔王。本人曰く「緩くいこうよ」と言われるけど、未だに私は緊張してしまう。
「……それで、なにか用ですか?」
「やーさっきも言ったじゃん?キミが暇そうにしてたから必要なことをしようって」
「……そんなこと言ってましたか?」
「んーまぁそれっぽいことを少しだけ」
なんとも曖昧な返事ではある。けれど私に用があるのは本当のことであり、彼女は私の隣へと座った。
にしても私に用事があるなんて、珍しいことだ。なんせフィオナはこれから始まるであろう戦争の準備で忙しいはずだから、他人に、ましてや私みたいに闘うことの出来ない者に構う時間すら惜しいだろう。
しかし彼女は私がそう考えていることも気にせず、淡々と話し始めた。
「とりあえずーまどろっこしいのは嫌いだから、結論から言うとさ。キミも戦争に参加しよーよって話なのよ」
「……へ?」
彼女の急な発言に対して、私は間の抜けた返事をしてしまった。そんな私の答えに対して彼女はもう一度と言わんばかりに口を開いた。
「やーだからキミも戦争に」
「いやいや、聞こえてます!聞こえてますから!!」
また同じように言う彼女を、私は静止した。戦争に参加しよーよという言葉はちゃんと伝わっていたからだ。
しかしその言葉を聞いても私からしてみれば意味がわからないのだ。なぜなら私はほかの転生者のように戦闘経験はなく戦いに参加したとしても、足手まといになるのが確定している。そんな人物を戦争に参加させるなんて……どうかしていると思う。
「あの、フィオナちゃん。提案してくれるのは有難いんだけど……もっとこう、現実的に考えて発言した方がいいよ?仮にも貴方は魔王なんだから」
「やーそんなことは知ってるよリムっち。現実的に考えたらキミも戦争に参加すべきなんてことは、すぐにでも分かったよ」
「い、いやいや可笑しいでしょ……現実的に考えたら今の私なんて、戦争に参加しても無意味です。無理ですよ。すぐに死んじゃいます」
謙遜、ではなく。私は事実を伝えた。
現実的に考えるのなら私自身なんて戦争には何も役に立たない存在。闘うことが出来ない私が戦争に行けば、それこそ死にに行くようなものだ。それでも彼女が戦争に参加しろというのは、私を囮にでも利用しようと考えているのかと疑ってしまう。
しかし彼女は、私に軽くそんな無茶なことを言うのでもなく巫山戯た素振りもないまま、ただその表情はどこか真剣で、そして誰から見ても安心できるような、優しい表情をしていた。
「確かに、今のキミじゃあ現実的に考えて戦争に参加しても死んじゃうだろうね」
「だ、だったら……」
「でもさぁリムっち。もしキミに闘える力があるのなら、キミは参加するべきだとボクは思うんだよね」
「闘える、力なんて……」
無いと、私はハッキリ言いたかった。
けれどふと視線を落とすと目に映ったのは、トゥエリル王国を抜け出す前に渡された母親の形見……ここにきてこの刀が、神器だということはわかったけど、それだけだ。この道具をどう扱うかまでは、全くもって知らない。この刀が神器で、強力な力を秘めてるのは分かってるし、今の私が持っていても意味が無いのも理解している。
しかしそれと同時に、希望もあった。……いいや、希望というより後悔に近いだろう。
国が滅んで、大切な人が亡くなってしまった。けどもしこの神器が私を選んでくれたら?もしこの神器を扱えたら?もしこの刀で、闘うことが出来たのなら?という後悔もあり、私は彼女にハッキリと答えることが出来なかった。
「……その神器の名前は『夢幻神ノ刀』って言ってね。使う人によれば一人で大国一つ、滅ぼすことが出来るんだよね。そしてそんな神器が今、リムっちの手元にある」
「でも私には、闘う術なんて……」
「じゃあもしボクが、その闘いの術を教えるって言ったら参加してくれるってことかな?」
ただ無邪気に、純粋に、魔王フィオナは私に笑みを向けてそう発言してくれた。
確かに彼女が言うように闘いの術さえ学べば、私も戦争に参加できるかもしれない。皆と一緒に闘えるようになるかもしれない。そう考えるだけで今まで無価値だった自分の存在に、意味を持てるかもしれない。しかしそれと同時に、疑問に思うこともある。
彼女が私に闘う術を教えるとしてのメリットだ。
無邪気に純粋な笑みを浮かべていても、彼女はこの世界での魔王。何かしらの企みがあってもおかしくない。そう思ってしまうのも私の性格が臆病だからだろうけど、それでも他人を警戒するに越したことはないのだ。
「……一つだけ、聞いてもいいですか?」
「やーなんだい?なんでも聞いていいよー」
「じゃあ……何で私に闘う術を教えてくれるんですか?
魔王ならこれからの戦争で準備とかあるでしょうし、戦闘技術がない私なんかに割いて良い時間はないと思います。そもそも貴方に教わる理由がありません」
今正直に私が考えていることを、彼女に伝えた。それに対して彼女はこう答えた。
「そうだねぇ……。まぁ本音を言うとボクはその神器の力を利用したいだけなのさ。利用すると言っても、別にキミに迷惑をかけようとかは思ってないよ?ただ単純にボクが利用したいだけ。その上でキミに闘いの術を教えることになるってだけの話だよ。
キミが言うように魔王の仕事は忙しいけれど、それでもボクがその力を利用するためには一日でも早く、キミをまともに戦えるようにしなくちゃいけないからさ」
この世界での神器というのは、認められた者には魔神を倒せるほどの力を与えると以前の会議で聞いた話だ。
つまりそれは認めていない者には十分な力を発揮しないということでもある。それを考えると、魔王である彼女は神器を扱えない。神器が彼女を認めないからだ。
私より何十倍の力がある彼女を認めないなんて、神器もそれを作った者もなにを考えているのか分からないけれど、おかげで彼女の本音は聞けた。少なくともこの神器に選ばれる可能性のある私に、この神器を使って欲しいということだろう。その上で、彼女自身が私を強くして彼女の企てることに手助けしてほしいということだ。
ここまで素直に白状されると、難しく考えていた私自身が馬鹿だと思ってしまう。この世界の魔王なのに、なんでこうも裏表がないというか、正直者というか……。なんでこの子が魔王をしてるのか分からなくなってくる。
「それにさ。転生者であってもキミはこの世界で色々と、背負ってるんじゃないかなぁと思ってね」
「え?……それってどういう」
「この世界で大切な人達。いたんでしょ? そしてキミは多分、何も出来ずに助けてもらった。色々想いを託されてね……違うかな?」
「……確かに、そう、ですけど」
フィオナにそんなことを言われて王国で起こった出来事が脳裏に甦り、視線を下に向けてしまった。
確かにあの時、私は何も出来なかった。それは紛れもない事実であり、その後悔は私の心の片隅に、いまだに存在している。あの時私が戦えていればという後悔……。それはもう過去となり、取り戻すことのできないものだけれど、それでもあの時あの場所で感じた私の思いに、嘘はない。
「まぁ例えそうだとしても、選ぶのはキミの自由さ」
「え?……私を戦争に参加させにきたんじゃ?」
「確かに神器を持ってるキミは戦争に参加すべきだと、ボクは考えてる。けど強制する気はないさ。なんせこれはキミ自身の問題だしそれに、嫌々戦争に行かせても結果なんて分かりきってることだから」
結果が分かりきっている。それはつまり、そういうことなのだろう。そもそも戦争を好き好んでいく人なんていないと思うけれど、それでも戦争に参加するのは何かしらの事情があってのことなのだろう。私からしてみれば戦争に参加する人の気持ちなんて知らないけれど……少なくともカムロは、私を守るためにこの戦争に参加するつもりだ。魔神を倒すという気持ちもあるだろうけど、それならこの戦争に参加せずに自分の力をつけていればいいだけだしね。そうしないのは、この戦争が魔神と関係していることと、私を守るために力をつけようとしているからだ。
なんとも立派な話だ。私なんかよりもよっぽど未来のことを見据えている。
それに比べて私はというと……一体何しているのだろう。ただ魔王に命を救われて、魔王城で何もせずに生きて、友達の頑張る姿を眺めているだけ。
前の世界じゃあいわゆるニートみたいな生活をしているわけだ。全く……カッコ悪い生き方である。
「……はぁ、情けないわね」
「やーなになに? なんかショックなことでもあった?」
「なんていうか、貴方と会話してると疑ってるこっちが馬鹿らしく思えてくるわ」
「あははー、よく言われるよ」
フィオナはケタケタと笑いながらも楽しそうな笑みを浮かべた。
彼女と共にいる人は苦労しそうというか、なんというか……兎に角、魔王の企てというか想いは聞けた。その全てが本当かどうかなんて分かりはしないけれど、少なくとも彼女は信頼できると私は思った。そして私がこれからやるべきことも……。
「私は今まで戦うことなく生きてきた。臆病だったから、外の世界が怖かったの……。
最初はいつの間にかこの世界に来て、訳が分からなかったし怖かった。それに見ず知らずの人達だらけで恐怖だった。
けれどこの世界の人達は優しかったの。だから私はこの世界に来ても楽しかった。そしてカムロとも出会って、この世界に来たのは私だけじゃないと知って、安心した。ずっとこのままあの場所で、平和に暮らしていけるとも思ってた」
今までの出来事を思い出すかのように、私は口を開いてその時の気持ちを語っていた。
楽しかったこと、面白かったこと、怖かったこと、そのどれもが今の私にとってはかけがえのない記憶となっており、大事なものだった。けれどそんな平和な日常は、もう無い。無くなったのだ。魔神たちの手によって……。
「魔神に国を滅ぼされて、大事な人たちも失った。それでいて私はその人たちの仇を討ちたいだとかそんなことは考えてない。……けどあの時、何も出来ない私はただ守られて逃げるだけしか出来なかった。そしてそれが、他の何よりも私自身、辛かったし、悔しかったの……。
だから私は、あの時の私にはもうなりたくないの。あの時の悔しい想いは、もうしたくないって思ったわ」
「なるほど、つまりそれがキミの覚悟ってことで良いのかな?」
今までのことで私自身考えなかったわけじゃない。悔しかった想いもしなかったわけじゃない。だからこそ私は前へ進もうと、私自身の意思、そして想いを、魔王フィオナにぶつけた。それに対して彼女は私の言葉を覚悟と受け取ったようだ。
なので私は嘘偽りの思いじゃないという証明に、即座に首を縦に振った。
「他の人とは違ってカッコ悪い考えかもしれないけれど、これが私自身だから仕方ないよね」
「やー別に良いんじゃないかな? 他人と比較したところでどれが正解なんて分かりっこないしそれに……」
「それに……何なの?」
「んーや、そういうのも自分のこと理解してて良いんじゃないかなーとボクは思うけどね」
「フフ、なにそれ?」
魔王フィオナの反応に対して私は、くすくすと笑って見せた。そして彼女はそんな私に対して無邪気に、楽しそうな笑みを浮かべて一緒に笑ったのだった。
この日から、私はこの世界の魔王と仲良くなりそして、私自身の覚悟が決まった日にもなった。もうあの時みたいな、悔しい想いをしたくない。
そんな覚悟を持ち、皆んなと共に前へと進む為に……。




