日常的なその2
また日常ですが、設定の追加と物語が動くフラグが立ちます。
ユリアさんの思わぬ頼みを引き受けた後、その他にどんな仕事をしていればいいか聞きながらお嬢様の部屋へと向かう。
話の中で折角だからということで洗濯も引き受けた。これでユリアさんは朝食の後すぐに買い出しに出かけることが出来る。
それ以外はの仕事また自分で探せとのこと。まあ、まだ目に付く場所はあったからそれでもいいか。
話している間にもうお嬢様の部屋に着いた。自然な流れでユリアさんが扉をノックする。
コンコン。
「お嬢様、おはようございます、ユリアとバカです」
「あなたはいちいち僕を貶さないと気が済まないんですか!?」
「その通りです」
「もうヤダ、普通に肯定しちゃったよこの人……」
そろそろお決まりになりつつあるやり取りを交わす。
「ふわ~い、おふぁよユリア、ユーリ。入って」
てっきり大笑いでもしながら言うと思っていたけれど、我らが主は今の今まで寝ていたご様子で呂律も怪しかった。
「失礼します。お嬢様がこんな時間まで寝ているとは珍し……い……」
部屋の中ほどまで進んだユリアさんだが、突然何かを見て固まってしまった。
「どうかしましたか、ユリアさ……ん……」
一体どうしたのかとユリアさんの視線を追った僕も固まった。
「あれ、二人共窓の外みてどうかした……の……」
連鎖的にお嬢様も反対に視線を向けて固まった。
位置的に窓の外に向けたユリアさんとお嬢様の顔は見えないけれど、僕含めた三人とも目を見開いて呆けているに違いない。
窓の外に広がるのは以前は雑草だらけの荒れ放題だった花壇。今は僕が草むしりをしたおかげでこの窓から見える範囲は肥沃そうな土が広がっている。
しかしその土色の景色の中にポツポツと点在する……緑色。
「ユリアさん、お嬢様、あれって雑草だったりします」
「その目は飾りですか」
「図鑑で見たことがあるよ。多分……全部昔この花壇に植えられてた花の幼芽だと思う」
僕にもそうとしか見えない。
昨日抜きまくった雑草とは形が違いすぎるし、仮に雑草だったとしても一日やそこらでこんなに生えるわけがない。
けど……
「ユーリさん、昨日花壇になにかしましたか?」
「いえ、水をあげただけです。それ以外は何も……」
そう、僕は昨日種を植えたわけでも苗を移し替えたわけでもない。そうなると考えられる可能性は一つ、僕の知っている花を咲かせる植物全般の性質を鑑みると……
「もしかして最初から土の中に種が埋まっていたんじゃないですか?」
「あ、あ~! 花を咲かせる植物の中に枯れた後に種を残す物もあったね!」
微妙に僕とお嬢様の間で花に関する知識の齟齬がある気がしたけれど、とりあえず何も植えていないのにという部分に説明はついた。
「しかし雑草を取り除いた次の日に芽が出るとはいささか早すぎではありませんか?」
「う……」
そこなんだ。雑草を抜いて水を上げた次の日に一斉に芽が出るなんていくらなんでも早すぎる。
こればっかりはさすがの僕でも皆目見当がつかない。
「考えられる可能性としてはやはり精霊の力でしょうか……。ユーリさん、もしかしてドリアードやアルラウネのような草花を司る精霊と契約していたりはしないのですか?」
「いやいや、精霊なんてサラマンダーを見たのが初めてですよ」
「……ここで嘘を付く意味はないですか。そうなるともしかしたらユーリさんは精霊師になれる才覚をお持ちなのかもしれませんね」
「あ、それ知ってる。才能のある人は精霊の力がなくても不思議な力を持ってる事があるんだよね」
「その通りですお嬢様。現象を鑑みるに、ユーリさんならかなり高位の草花を司る精霊と契約出来るかもしれませんね」
「僕が精霊と契約ですか~」
正直惹かれるものはある。科学万能の世界で育ってきた僕だ、ファンタジーに憧れる少年心なら人並みには持っているつもりだ。
「けど……精霊との契約ってお金がかかるんでしょう?」
「貴族でもかなり懐を痛める金額だよ」
「更に言うなら、草花に関係する精霊と契約するならば水と地の霊場が強い場所に行かねばなりませんよ」
「霊場?」
初めて出てきた単語に僕が首を傾げると、ユリアさんは子供に聞かせるように丁寧に解説してくれた。
「霊場とは世界の成り立ちの話で出てきた世界を巡る力場のことです。霊場は地水火風光闇魔の七つの属性に別れており、その霊場のバランスによってその場所の環境とあちら側に住む精霊の種類が方向づけられます」
「ということは例えば火の霊場が強い場所だと熱くなって火の精霊と相性が良くなるっていうことですか?」
「実際はもっと複雑なのですが概ねその認識で間違っていません。ちなみに水と地の霊場が強いと森のような草花の多い環境になりやすく、それに関係する精霊とも相性は良くなります。が、ここから一番近い場所でもかなりの距離がありますよ。勿論そこまでの旅費は自腹です」
「精霊師レベルの精霊だともっと霊場が強い場所じゃないと駄目じゃない? 『緑晶の森』とか」
「そうなると旅費の他に魔霊対策として護衛も雇う必要がありますね。霊場が強いと魔の属性も強くなりやすいですし」
「魔の属性が強いと魔霊が出るんですか? なんだかそれだけ他の属性と微妙に違う感じがするんですけど」
「ああ、魔と言うのは便宜上霊場の属性の一つに数えているだけです。魔というのは言うなれば霊場の穢れといったもので、精霊を魔に堕とす存在であると言われています。ですから魔という力を持った精霊ではなく魔に堕ちてしまった六属性の精霊というのが魔霊の定義です」
「だんだかややこしいですね。それはともかくとして僕は別に精霊と契約はしなくてもいいですよ。お金ないですし、精霊がいないと困るなんてこともないですし」
「出来ないと表現するのが正しいですが」
うるさいやい。
身も蓋もないユリアさんの物言いに憮然としていると、お嬢様がポツリとつぶやくように言った。
「でも……今は無理でもいつか精霊と契約するのもありじゃないかな。せっかく才能があるんだし……さ」
お嬢様から出たその言葉に含まれているのは才能を無駄にすることをよしとしない合理的な考えか、それとも自分が精霊と契約することが出来ないことに対する憧れの裏返しか、僕にはわからなかった。
気まずい空気が流れる中、ユリアさんがその空気を払拭しようとことさら明るい声を出した。
「さあさあ、益体のない話はここまでにしましょう。才能はあっても望みのないユーリさんの話なんかよりも目先の日常から始めましょう」
「そうですね、役立つことのない才能なんてゴミと同じですよねって誰がゴミですか!」
「おおっ、度重なるユリアの貶し文句に遂にユーリが自虐反応を覚えたっ」
全員無理をしてる感はあったけど、いつもの雰囲気に戻ってよかった。
◆
朝食の後、早速ユリアさんは買い出しの準備を整えて玄関までやってきていた。付き添いは僕と料理用(火力であって食用ではない、断じて)にと残るサラマンダー。
しかし玄関までやって来たはいいけれど、ユリアさんはなかなか出発しようとしなかった。
「いいですか、シーツなどの生地の厚い物はともかく、生地の薄い衣類などは力を入れすぎてはいけませんよ」
「それ五回目ですよユリアさん」
「サラマンダーはそこまで位の高い精霊ではありませんが、くれぐれも料理の時の火力の調整には気をつけてください」
「それは六回目です」
「それと定期的にお嬢様の様子を見に行くようにしてください。お嬢様が望めば話し相手なるように」
「あ、それは初めてですね」
「わたしがいないからとお嬢様に妙なことをすれば……」
ずいっと、迫力だけで相手を殺せそうな様相で顔を寄せてくる。わーい、美人の顔が間近にあるのにこんなに嬉しくないなんて初めてだ。
「しませんしませんよ。サラマンダーに見張りも頼んでるんでしょう? 絶対にしませんよ」
「肝に銘じておくように。サラマンダーといえばくれぐれも料理の時の火力の調整には――」
「それ七回目ですよっていつまで続けるんですか! あんたは過保護な保護者か!」
しかもちょいちょいと新しい注意挟んでくるから聞き流すこともできないし! もう玄関で十分くらいこのやり取り続いてるんですけど!?
「あなたに能力があるのは実際に見せられたからには認めるしかないでしょう。しかしあなたが抜けた気質がどうしてもわたしの不安を煽るのです。何もない所でつまづいてその拍子にサラマンダーを殴り、その拍子に火力の調節を誤り屋敷が大炎上などということならありえそうで……」
「どんだけ具体的かつ限定的な予想なんですか!」
そこまでいくともはや妄想の域だ。
抜けているという点に関しては否定しようもないんだけど。
「ほらほら、いつまでも玄関で話してたら堂々巡りになっちゃいますよ。大丈夫です、ユリアさんの留守に同僚が屋敷に残るという事実を安心の種にして早く買い出しに行ってください。いい物は早く行かないと無くなるんでしょう?」
「そう言われると反論できませんね。ではく・れ・ぐ・れ・も、今言ったことには気をつけてくださいね」
最後にまた念押しをしてユリアさんは屋敷の正面に広がる道を歩いて行った。ここが離れだからか敷地から出るための門までだけでも結構な距離があるらしい。
繰り返しの注意から解放された僕は傍らに残されたもう一人(一匹)に語りかけた。
「ねえサラマンダー。僕ってそんなに危なっかしい?」
「ギャっ」
深く、深ーく、ユリアさんの相棒は頷いた。
◆
ユリアさんの注意を留意しながら洗濯、普段使う部屋の掃除(埃まみれというわけでもないからハタキと箒がけで済む)、お嬢様の話し相手、その他諸々の雑事を終わらせていく。
それにしても……ユリアさん半端ないっす。
人数が人数だから出てくる洗濯物の量は少ない、けれどこの世界に洗濯機なんかないから一つ一つ手洗いして竿に干す必要があるからかなりの時間がかかる。
掃除だってそうだ。昨日と一昨日でかなりの数の部屋を掃除したけれど、それは普段使わない部屋だけ。基本的に色んな用事で通ることになる廊下や大広間、調理場や水回りは全部掃除する必要がある。
加えて食事の準備とその他の雑事だ、正直一人で出来る仕事量じゃないと思う。
それを今までずっとこなしてきたユリアさんに畏敬の念を抱かずにはいられない。
「サラマンダー、ユリアさんってすごいんだね」
「ギャオっ」
自分の契約者が褒められて嬉しいのか、かなりご機嫌な様子だ。
ちなみに僕がそれらの仕事を不足なく行えているのはユリアさんが昨日の内にある程度済ませてくれていたからだ。全部だったら絶対に出来ていなかったに違いない。
そして現在は今日最大の仕事と言っても過言ではないであろう昼食の準備に取り掛かっていた。
食材は全て調理場の地下にある食料庫で保管してあると言っていた。食材は残っている何を使ってもいいとのことだったので、献立を考える前にどんな食材があるのかを確認する。
そして……僕は現在猛烈に後悔している。
僕は地球じゃないこの世界の食材を使って料理するという意味をもっと考えるべきだった。
「…………どうしよ」
今僕の目の前にあるのは――見たこともない食材達だった。多分聞いたこともあるまい。
地球にいた頃は両親が共働きだった僕は料理のスキルはそこそこあるけれど、それは材料について味や性質などを色々と知っていたからだ、これ大事。
さて、性質どころか味すら知らない材料をどうやって調理すればいいんだろうか。
迷っているだけでも時間は過ぎていく。
その時目の端でサラマンダーが材料をつまみ食いしようとしてるのが目に入った。
「こらこら駄目だよサラマンダー。買い出し前だからあんまり量もないし、第一そのまま食べても素材の味しか……素材の味?」
その時頭に浮かび上がったその策はまさに天啓と言うべきものだった。
「そうだ……見たことがなくても味さえわかれば、材料を食べさえすれば地球のどの材料に近いかわかる筈だ! ありがとうサラマンダー、君のおかげでなんとかなりそうだよ!」
上がったテンションそのままにサラマンダーを抱き上げてクルクルと回る僕。
「グ、ギャ、ギャオっ」
「熱っつうぅうううう!」
調子に乗り過ぎましたはい。
◆
「只今戻りました」
ユリアさんが戻ってきたのは料理を作り終えてお嬢様の部屋へ運び、後は彼女を待つだけの状態になってすぐだった。
「ユリアお帰り~。もう、待ちくたびれちゃったよ」
「申し訳ありません、街で聞き捨てならない噂を聞きまして……。わたしの事は放っておいて先に食べていただいても構わなかったのですが……そのようなことを期待するのは野暮というものですね」
「野暮ですね」
「野暮だね」
他愛ない言葉で三人で笑い合う。まるで家族団らんみたいな一コマだ。
「それでは失礼して。おや、この料理は?」
「見たことないよね? さっきからいい匂いがすごくて我慢するのが辛かったんだよ~」
ユリアさんは目の前に用意された料理に首をかしげ、お嬢様は止まらない食欲をアピールするようにお腹に手をやる。
二人の視線の先にあるのは大きな皿に乗せられた円形の生地、更にその上に乗せられたチーズが香ばしい匂いを放ち、止めに色取りどりの食材が見た目を彩っている。
地球の人間が見たら一目でこれは『ピザ』だと言うだろう。ただし……半信半疑で。
何故ならこのピザ、生地はともかくチーズは青色、上に乗った食材はどれも紫だったり茶色だったり黄緑だったりという食用として怪しい見た目をしているのである。
けれど実際に一口食べてみて味を確認してみると、どれもこれも今までに食べたことがある食べ物と近い味をしていたから驚きだ。
てなわけで目の前にあるのは見た目はともかく味は立派なピザになっているとおもう。まあユリアさんとお嬢様にとってはどちらにしても見たことのない料理っぽいけど。
「あれ? ユーリ、ナイフとフォーク忘れてない?」
「これで合ってるんですよお嬢様。これはピザといってこうやって食べる料理なんですよ」
そう言って切り分けられたピザを口に運んでかじって見せる。
「ユーリさん! そのような無作法な食べ方を――」
「楽しそう! というかもう限界! わたしも食べる!」
「あぁお嬢様、お手が!」
ユリアさんの静止虚しく、お嬢様は素手でピザを一切れ手に掴んでそのまま口の中へ。よっぽど我慢していたんだろう、掴んでから食べるまでがものすごく速かった。
味はどうだろうかと内心ドキドキしながら反応を待っていると、お嬢様はピザを一口食べた瞬間目をキラキラと輝かせた。
「なにこれ、すごい美味しい! 初めて食べる味だよ! ユリアも早く食べてみなよ!」
お嬢様のそのあまりにも『美味しい!』という反応にユリアさんは迷うようにピザに手を伸ばす。未知の料理ということと、素手で掴むことに抵抗があるみたいだ。主君のお嬢様はそのへん全然平気なのになんでだろ?
けれどその反応は予想の範疇。というかお嬢様がそんな反応をすると思って用意してたんだけどね。
「素手で掴むのが嫌なら紙でつつみながら掴んだらどうですか?」
クレープとかは実際に同じ方式だ。用意していた紙の束をユリアさんに渡す。
「ありがとうございます」
ユリアさんは受け取った紙でピザをつつみながら恐る恐ると口に持っていく。しかし一口かじると表情が一変し(ユリアさんにしてはという意味で)、無言で二口三口とピザをかじっていく。それに満足して僕もピザを胃袋の中に収めていく。
しばらくは無言の食事が続いたけれど、気まずい雰囲気というわけじゃなかった。お嬢様もユリアさんもピザを夢中になって食べているのがわかるからだ、作った方としては嬉しいことこの上ない。
結局そのままピザが全部三人の胃袋に収まるまで無言は続いた。
お嬢様のまた作って欲しいという感想と、ユリアさんの精進せねばという呟きが、くすぐったくて心地よかった。
満ち足りた気分で食器(といっても皿だけ)を片付けていると、ふとユリアさんが帰ってきた時に気になることを言っていたのを思い出した。
「ユリアさん、聞き捨てならない噂ってなんのことだったんですか?」
「わたしも気になってた」
「そのことですか。お二人には言っておくべきですね」
ユリアさんは深刻そうに告げた。
「街のかなり近い場所で魔霊が出たそうです」
「うそ……でも、この辺の霊場はそんなに強くないから魔もそんなに強くない筈じゃあ……」
「その魔霊による被害とかはあったんですか?」
「今のところは街へ向かっていた商隊が襲われた程度ですが、それも街に常駐している騎士団がすぐに退治して事なきを得たそうですが……警戒はしておいた方が良さそうですね」
「そう……」
応えたお嬢様の声には不安が多分に含まれていた。
「大丈夫ですよお嬢様。もし魔霊がこの屋敷を襲いに来ても僕がお嬢様を守りますから」
「見るからにひ弱なあなたが何を血迷ったことを。魔霊などわたしが蹴散らします、あなたがいても足でまといになるだけです」
「え、ユリアさん戦えるんですか?」
「恐らくあなたより何倍も強いですよ」
深刻な話をしていたのに何故かいつもの調子に戻ってしまった僕とユリアさん。
だけどそんな僕らに対して、お嬢様の表情から不安は消えないままだった。
次でついに動きます。戦いの表現は苦手なのですいません。




