VS埃的な
重い話は一旦無くなります。ちょいちょいシリアスが混じってますが、笑いも多くしたつもりです。
「…………」
朝日が昇る……一睡もすることなく。
あの後はもう夜も遅かったから食器を片付けて寝るだけだった。お嬢様は持ち上げていた上体をベッドに投げだしたらものの数秒で寝てしまったので(早すぎ!)起こさないように注意しながユリアさんに僕が寝起きする部屋に案内してもらった。
……埃だらけでしたよ。ええそりゃあもう、さっき掃除した部屋と遜色ない程に埃だらけでしたよ。
懇願に近い気持ちでユリアさんに冗談ですよねって尋ねたよ。
「大広間やお嬢様の部屋など普段使う部屋以外は殆どこんな惨状ですがどうします?」
バッサリだった。
ちなみに、僕がさっき掃除した部屋は物置ばりに物がごちゃごちゃしていたので寝られそうな環境じゃないし、今日は大広間で凌いだとしてもいつまでもそこを寝床にするわけにもいかない。
結局後でやらないといけないならいっそのこと今やってしまう方がいいかもしれない、僕は面倒は先に片付けるタイプだし。
僕VS埃の第二ラウンドが始まった瞬間だった。
◆
さて、第二ラウンドの決着もかなりの時間を要した。時計がないから正確にはわからないけど、時間的にはもう完全に深夜だと思う。
用意されていた寝巻きに着替えてやっと怒涛の一日を終わらせようと眠りにつこうとしたのだけれども、寝る前になってつい今日あったことを反芻してしまったのが良くなかった。
眠っていたような感覚がずっと続いていたような気がしたら急にお嬢様の部屋にいて、ユリアさんに襲われて、お嬢様に仕えることになって、埃に大苦戦して、衝撃的なお嬢様の身の上話を聞いて、その後に……。
「~~~~!」
あの時は感情が高ぶっていたからユリアさんに続く形で思わずやったけど……後で冷静になったらものっすごい恥ずかしい。ベッドの上で何度も転げまわるという奇行を何度も繰り返す程には恥ずかしい。
……だけど、後悔とかそういう類の感情は全く湧いてこない。あれは間違いなく僕の本心だったから。
でもそれとこれとは別、恥ずかしさが消えるわけでもなく、ベッドの上で転がり悶え続けていた。
「…………」
そんな訳で結局一睡も出来なかったわけだけれども。
不思議な事に僕の体は睡眠不足で動きが鈍いなんてことにはならず、目もショボショボしたりしなかった。昨日と同じく至って健康だ。
コンコン。
「ユーリさん、起きてますか? 起きてないのなら今すぐに起きて着替えてください。お嬢様の朝食の時間ですよ」
僕の体に対する違和感を抱きながら、僕は執事生活の二日目を迎えた。
◆
「それでユーリ、部屋の住み心地はどうだった?」
「夜遅くに埃退治をする羽目になったのはちょっとキツかったですけど、住み心地そのものは良かったですよ。ベッドもふかふかで気持ちよかったですし」
「確かにそうでしょうね。わたしが呼びにいくまで眠りこけていたほどでしたし」
「あ、あはは……」
むしろ全く寝られなかったわけだけど……。
予想はしてたけど昨日の夕食と同じく朝食も三人一緒。こんな風にお喋りをしながら和気あいあいとした食事風景だ。
「それでユリアさん。今日も僕は自分で仕事を探して順次こなしていく感じでいいんですか?」
「ええ、今日もそんな感じでお願いします。まだ手をつける場所はいくらでもあるでしょう?」
「確かにそうですね」
昨日僕が綺麗にした部屋は僕が寝起きする部屋を含めて二部屋、見て回った感じまだ部屋はいっぱいあったから、数日は部屋を掃除して回るだけが仕事になると思う。
「埃とかすごかったでしょ? さすがにユリア一人で全部やってもらうのは無理だから普段使う部屋とかだけ手を付けてもらってるの」
「本来はどのような状況であっても屋敷の状態を十全に保つのがわたくしの役目なのですが……」
「ユリアが来たばっかりの頃、それで無理して結局体調壊したじゃない。わたしの言うことも聞かないでさ」
図星で何も言い返せないのかユリアさんはウッと仰け反った。クールなイメージだったユリアさんのこんな負かされた顔はなんだか意外で少し可愛げがあった。微妙に赤くなってるのがさらにグッド。
「サラマンダー」
「ギャっ」
「熱ぅーーーっ! ちょっと! 火は洒落にならないですって!」
「今何か考えましたかユーリさん?」
「何も考えてないですホントですから火はやめてくださいーーーー!」
僕がひとしきり暴れると少しは気が済んだのかユリアさんは赤らめていた顔を今までのクールな表情に戻して仕事があるからと部屋を出て行ってしまった。ゆるゆるだけど何だかんだでやることはあるから僕も早く行こうかな。
食器はユリアさんが持って行ってしまったので椅子だけ片付けて僕も部屋から出ていこうとすると、背中にお嬢様の遠慮がちな声が掛けられた。
「……ユーリ」
「はい、なんでしょうかお嬢様」
僕が振り返るとお嬢様は言うことを頭の中でまとめている様にひと呼吸置いてから真剣な表情で、
「確かにわたしはユリアに無理をしないように掃除とかは最低限にしてもらってる。けどそれでも……ユリア一人じゃあ精一杯なんだよ。休みなんて一日たりとも無い、心の底から安らぐこともできない、気軽に屋敷を離れることすら出来ない。だから……わたしの我が儘だけど、屋敷の使ってない場所の掃除なんかよりもユリアの手助けを優先してあげて?」
そういえばお嬢様と僕のことばかり考えていたけど、この屋敷を一人で切り盛りしているユリアさんだってかなりの重荷を背負っているはずだ。それこそお嬢様の言う通り自分の時間なんて殆ど無い位に。
「わかりましたお嬢様、僕に出来ることなら。って言ってもまだユリアさんが仕事の手助けを僕にさせてくれるとは思えませんけど」
「そこはこれから頑張ればユリアだって認めてくれるよ。ユリアはそういう他人に対する評価はちゃんと下す性格だから」
「それじゃあ早くユリアさんに認めてもらえるように部屋の掃除から頑張らないといけないですね」
「ファイトっ。もしわたしに用があれば気兼ねなく訪ねてきて大丈夫だよ。大抵本を読んでると思うから」
「本……ですか?」
「うん、主に世界や精霊の童話とかかな。家からの援助はほんの少しだけど、ユリアがなんとかやりくりしてくれたお金で時々買い出しの時に買ってきてくれるの」
本か……。
足を動かせないお嬢様は誰かの助けがないとベッドから離れる事も出来ない。だから出来る事が本を読む程度しかないんだろう。
けど、お嬢様の言い方からしてお金にそんなに余裕があるとは思えない。最低限って言ってたくらいだからもしかしたらギリギリなのかもしれない。どっちにしろベッドの上での生活を完全に潤してくれる程の量は無いはずだ。
今はまだ無理だけど、余裕が出来たらなんとか出来ないかな。
さてそれを実現するには目先の仕事、結構話し込んでたし早く仕事にいこう。
「それではお嬢様、そろそろ埃退治にいってきますね」
「いってらっしゃ~い」
今日の目標は今日中に全部屋の掃除終了だ!
◆
「よーし五部屋目終了!」
任務完了した隊員のような気分で意気揚々と廊下に出る。
掃除手順に慣れてきた上に、明確な目標まであるとはかどるはかどる。朝食からずっと働きっぱなしだけどこの調子で一心不乱に片付けていけば部屋の掃除は今日で全部終わらせれそうだ……五部屋も連続で埃と格闘してなんだかランナーズハイみたいになっている気がするけど。
「さて次の部屋に……ん?」
ふと目に入った窓の外の風景に首をかしげる。
いや、正確には窓から見える建物にだ。
見た感じは屋敷以外の何物にも見えない。間に塀の類は見えないから同じ敷地だとは思うんだけど……離れか何かかな?
「おや、仕事そっちのけでアホヅラを晒しているおバカな同僚(仮)がいるかと思ったらユーリさんではありませんか。このような場所で何を?」
「ツッコミどころ満載な悪意の満ちた声の掛け方ですねユリアさん。どこからツッコめばいいのか迷いますよ」
「順番にどうぞ?」
「さすがにそれは面倒なんでここはスルーさせてもらってもいいですか?」
「つまらないですね。それで、実際のところ窓の外なんか眺めて何を考えていたのですか?」
「いえ、大した事じゃないんですけどね。あの離れの屋敷は一体誰が住んでるのかなーと」
そう言って窓から見える屋敷を指差す。ユリアさんがそれを確認すると、何故かバカを見るような視線を向けられた。
「あなたはバカなのですね」
「なんで僕は急に罵倒されないといけないんでしょうか」
「ユーリさん、あそこに見える屋敷の周りの木を目玉をくり抜いてよーく見てください」
「は、はいっ……て出来るか!」
くり抜くようにじゃなくてくり抜いてってなに!? 僕に失明しろと!?
まったくもう……。とりあえず言われたとおり、ただし普通に目を凝らして窓の向こうの屋敷の周囲を観察してみる。
屋敷に近づく程ここから見える木々は段々と小さくなっていく。段々……段々……だんだ……ん? 気のせいか屋敷の周りの木が豆粒みたいに見えるんですけど……。そうなると木との比率的にあの屋敷……とんでもなくデカイんじゃ……?
「理解出来ましたか? あの屋敷は離れなどではございません。むしろ逆……こちらが離れであちらが本邸です」
ユリアさんはそこで一度言葉を切り、
「そして……あちらがユリア様のご両親であるジュレリア夫妻と弟君であるライル様の住まいです」
お嬢様の家族の名前を出すユリアさんの口調は苦々しげで、本邸を見る視線も刺々しいものだった。
お嬢様の家族について詳しいことを僕は知らないけれど、お嬢様を厄介払いみたいにこの屋敷に閉じ込めた顔も知らないその人達に対しては僕もいい感情は持っていない。
だからといって積極的に関わりたいとは思っていない。あちらが干渉してこないのならこっちからも干渉したりせず、気にしない方が精神衛生的にもいいのかもしれない。
あの屋敷は景色の一つだと割り切って部屋の掃除の続きに戻ろうとしてふと視線が近場――屋敷の近くに移る。
雑草だらけで荒れ放題だけどよく見たら微妙に区画を区切るような溝が掘られている。
「ユリアさん、あの辺ってもしかして花壇だったりします?」
「……? ええ、わたしが来た時からあのような状態でしたが、お嬢様からはそう伺っています。当時は色とりどりの花が植えられていたどうですが、管理する者がいなくなると枯れるに任せるしかなかったそうです」
ユリアさんも見たことが無いからか、ピンとこない顔をしているけれど、僕の目にはこの広い花壇に咲き乱れる鮮やかな花々を幻視出来た。
そして……今は雑草と土だけしか広がらない実際の光景にもの悲しさが浮かぶ。そして花が枯れていくのを見ているだけしか出来なかったお嬢様はどんな気持ちだっただろう。
それに、姿かたちが変わっても趣味嗜好は変わらない。草花の朽ちた跡というのは僕には放っておけなかった。
「……ユリアさん。あの花壇、手をつけたら駄目ですか?」
「あなたは先にやるべきことがあるのではないですか? それを放って自分のやりたいことをしたいと?」
「それはちゃんと終わらせます。調子よくいけば今まで埃だらけで放置されてた部屋は今日中に全部掃除し終わります」
「……なんですって?」
「もうこことあっち、あとは二階の部屋が三つと僕の部屋と物置みたいな部屋はもう終わってます」
「嘘をつくのはいただけませんね。いくらなんでもそんなに早く終わるわけが……」
嘘をついたと思ったのだろうユリアさんは僕が指差した部屋の一つに入って絶句した。確認とかしてこないから多分そうだろうとは思ってたけど、やっぱり僕が何をどうしてたのかは知らなかったみたいだ。
「……あなたが挙げた他の部屋も同じように掃除したのですか?」
「そんな感じです。さすがにチリ一つ無いなんて胸を張っては言えませんけど、ちゃんと使える程度には綺麗にしたつもりです」
「窓枠のような見落としやすい場所には少々埃が残っているようですが」
「うっ……」
そんな『嫌味な姑』みたいな場所をネチネチ攻めてくるとは……。
これは駄目か? という予想とは裏腹にユリアさんは溜息一つと共に呆れるように、
「しかし能力があることは事実のようですね。これほど綺麗ならば次からはそう時間を掛けずに掃除も済みそうですし……」
「ですよね、ですよねっ。それに花壇に花が咲いて景色が綺麗になればお嬢様だって嬉しいと思いますし、掃除にかける時間が減ったならユリアさんの手伝いだって出来ます」
「花壇に手をつけるなら時間が空いた時に。それと、わたしに対する気遣いは無用です。では昼食の準備があるのでこれで」
やっぱりユリアさんのガードは堅い。
でも少しは認めてくれたのかな? 綺麗にした部屋を見る前は否定的だったし。
「まだまだこの程度でわたしの手伝いが出来ると思ったら大間違いです。部屋を綺麗にしただけではわたしの手伝いを任せる程には認めませんからね」
と思ったらダメ出しをもらってしまった。
上げて落とすとはこのことか、ここは意趣返しの一つでも言わないと収まらない。
「でもそれって僕がもっと頑張って結果を出したら認めてもらえるってことですよね?」
「……知りません」
「あ、照れてるってことはその通りなんですね? 素直じゃないですね~ユリアさんは。ツンデレ属性なんてお決まりと言われるほど人気の属性ですが現実でそれだと色々と苦労――」
「サラマンダー!」
「ギャオっ」
「しまった、やりすぎた! ってあれ? サラマンダーどこから出てきたあたたたたたた! 火かと思ったら今度は噛み付きかこのトカゲめ!」
「人間と契約した精霊は普段はあちら側――精霊の住まう空間で位置的には契約者のそばにいます。位置的に近くにいれば契約者なら特別なことをせずともいつでもあちら側から呼び出せるんですよ。しばらくそこで噛まれていてください」
「それは衝撃の新事実! でもその前に早く話してくれないと僕の手が衝撃の事態になるんですけど! ねえっ、本当に! ちょっとユリアさあぁぁぁぁん!」
僕の叫び虚しく、ユリアさんはサラマンダーを残して行ってしまった。
結局サラマンダー噛み付き地獄から解放されたのはそれから五分経ってからだった。ユリアさんのところへ向かったのだろうあのバカトカゲの背中に掃除道具を全力投擲してやろうかと一瞬本気で考えた。
次はシリアス無しです。




