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精霊の執事  作者: 3608
鋼の王様的な
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邪魔者的な

 失敗したなー。咄嗟だったとはいえ治安が悪そうな場所に逃げ込むんじゃなかった。

 行先に立ちふさがっているのは人相の悪そうな顔にボロい服装をしたスキンヘッド野郎、いやらしい笑みを浮かべていて見るからに不快だ。


「アスカさん、こっち」


 三十六計逃げるにしかず、面倒な相手からはひとまず逃げるに限る。


「おっと、そうはいくかよ」


 アスカさんの手を引いて来た道を戻ろうとすると、そこには同じく小汚い格好をしたネズミのような印象を受ける男がいた。

 この狭い路地だと相手に退く気が無い限り通り抜ける事が出来ない、つまりは逃げられませんよということだ。

 溜息をついて視線をスキンヘッドへと向ける。


「んで、何の御用ですか? 僕達急いで……はないけど、折角二人で楽しい時間……を過ごしてた気はしないけど……とりあえず暇じゃあないんですよ」

「なに、簡単なことだ。可哀想なことに俺達は金が無くてよぉ、金が無くちゃあ今日その日を生きる事もできねえ。そんな俺らに金をたんまり持ってる奴から恵みをいただこうと思ってよ」


 スキンヘッドは「勿論強制でな?」とふざけたことをかし、後ろのネズミ野郎と一緒に下品な笑い声を上げる。

 うん、今すぐにその薄汚い口塞いでやろうか? 

 地球にいた頃ならともかく、今なら冗談抜きで実行可能だ。

 何のことはない、単なるカツアゲか。……カツアゲを単なる事態として受け止めれるようになるとは、僕も変わったなあ。

 

「ほれ、何黙ってやがる。その貧弱そうな体を痛めつけられる前に早いとこ出すもん出した方が身の為だぜ? それともビビって動くこともできねえか? ん?」


 僕達が口を開こうとしないせいで何やらおめでたい勘違いをしているみたいだ。警戒する様子もなく大仰に近寄ってくる。

 ……それにしても僕ってそんなに貧弱に見えるかなぁ? 種族柄かどうかは知らないけど、実際に宿している膂力の割に見た目には全然出てきていない。見た目に限って言うならクラウさんや精霊師達とは雲泥の差だ。

 マッチョになりたいわけじゃないけど、せめてもう少し男らしさが欲しい。少なくとも女装して違和感が出てくるくらいには……!

 さて、心の中で血の涙を流すのもこれくらいにして、そろそろどうにかしようか。これ以上は見るのも聞くのも耐えない。

 飛び越えるっていう選択肢もあるけど、もう軽くぶっ飛ばしてしまおう。死なない程度に手加減はするつもりだし、こいつらなら良心も全然痛まなそうだ。


「アスカさん、ちょっと大きく動くんで気をつけてくださいね」


 まあ僕よりもずっと強いアスカさんに何の心配をという話なんだけど。一応男である僕が動かないと、絡んできた相手を倒したのが連れの女性だなんてことになったら男の尊厳なんてあったもんじゃない。

 それでもお互いに危険なんて微塵も無いから確認のつもりで言ったんだけど、返事が返ってこない。


「アスカさん……?」


 よく考えたらこいつらとかち合ってから彼女は一言も喋っていない。もしかしたら折角楽しい気分でいた所に水を差されたせいで気分を損ねたとか?

 こりゃあ後でフォローするのが大変そうだ。


「……またなの」

「――え?」


 そんな楽観的な考えは、アスカさんの呟きとその表情を目の当たりにしたことによって木っ端微塵に吹き飛んだ。


「また人間なの……わたしは何もしていないのに……いつもわたしの望みを邪魔して……いつも勝手な都合でわたしの幸せを踏みにじって……いつも……いつもいつもいつもいつも!」


 瞳は暗く濁り、表情には影が降りている。出てくる言葉は直前までの明るい声とは全然違う、低く怨嗟に満ちた背筋を凍らせるような声色だ。


「なんだあ、この女?」


 異様な気配を漂わせているアスカさんに気づくこともなく、スキンヘッドが無用心に彼女の顔を覗き込もうとする。

 ――次の瞬間、スキンヘッドの首にアスカさんの腕が伸ばされた。


「がっ……!」


 ギリギリと首を絞められながらそのまま体を上へ上へと持ち上げられ、遂に足が地面から離れる。スキンヘッドは呻き声を上げながら掴まれている首へ手をやりながらもがいているけれど、アスカさんの腕はビクともしない。当たり前だ、王霊の力ならこんなの朝飯前、僕でもこれくらいやろうと思えば余裕で出来る。

 だけど、


「アスカさん、それ以上やるとそいつ本当に死んじゃいますよ!」


 スキンヘッドの心配なんてこれっぽっちもしていない、気がかりなのはアスカさん自身だ。

 本人も公言している通り、彼女は僕やイルに対する穏やかな態度からは一転して人間には冷酷な態度をとる。

 そしてこの男は思考が人間寄りの僕でさえ軽く吹っ飛ばしてやろうかと思ったくらいなんだから、人間に冷たいアスカさんがその延長でここまで過激な対応をとったとしてもおかしくないと言えばおかしくないかもしれない。


「やめましょうってば! アスカさん!」

「……もう嫌……もう沢山……だから人間に分からせてやる……わたしに関わるとどうなるのか……!」


 だけど違う、何かが違う。

 確かに彼女は人間であるお嬢様達にはきつい態度しかとっていなかった。

 だからと言って人を簡単に殺すような非道な人には見えなかった。

 この明らかに異常な状態でこのまま彼女に殺しをさせたら、絶対に駄目だ。根拠は薄くても、確信はあった。


「が……あ……」

「ひぃっ……ば、化物!」


 おいこら、仲間見捨てて逃げるのか、薄情な奴め。ちょっとは止めようとはしてみたらどうなんだ、100%無駄だろうけど。

 もがいていた男はもう既に動きを止め、ピクピクと痙攣を繰り返しているだけだ。これ以上やったら本当に死ぬ!

 ああくそっ、どうしたらいい? 試しに無理やり引き剥がそうとしてみてもビクともしない、これでも力は強くなってきたのに……。

 結局は呼びかけて説得するしかないのか?


「アスカさんってば! ここで人を殺したら絶対に後悔することになりますよ!」

「……死ななきゃ分からないのよ……欲の張った人間は……いつまで経っても変わらない……だから……殺さなきゃ……」


 僕の声にも反応することなく、呟きの言葉は段々と支離滅裂になってきている。

 駄目だ、殺したら駄目だ!

 他にないか、今の彼女を止める手は……!

 濁った目は相変わらず目の前の男に向けられたまま、他の事なんて全く気になっていないのか……ん? そういえば興奮した獣はこうすると落ち着くって地球にいた頃TVでやってたような……。

 もう時間は無い、試せる手段は全部試すしかない!


「ちょっと失礼」

「あ……」


 惚けたような声が漏れてくる。

 大したことはしていない、単にアスカさんの目を塞いだだけ。周りが何も見えていないのなら一先ず完全に視界を塞いでしまうしかない。実際に動物には視界を塞がれると大人しくなるものもいるらしい。

 勿論人間相手に当てはまる事じゃない、もしこれで無理だったらもう実力行使するしか手は思いつかない。

 どうなるかとハラハラしながら見守る前で、聞こえてきた音は首をへし折る音じゃなく、男の体が地面に落ちた音だった。こっそりと足で蹴ってみると反応はしたので、死んではいないみたいだ。

 それよりも押し黙ってしまったアスカさんの方が気になる。

 とりあえず危機は去ったけれど、このままこの手を外してもいいものか。外した瞬間にまた続きを始めようとしないのか、あの状態を見てしまうとどうも絶対に無いとは言い切れない。

 やがてヘタレなことに(自分でも言ってて嫌になる……!)決断をグダグダと悩んでいる間にアスカさんの口が先に動いた。


「いつまでこうしているのかしら?」


 言いながらそっと僕の手の平をずらす。

 その下から見えた瞳からは既に濁りは消えていた。表情も理性的には見える。

 一応大丈夫なのか、そして今の暴走は何だったのか、出来る限り言葉を選んで確認をする。


「えーと……ご機嫌いかが?」


 理系の語彙の貧弱さ舐めるな! だったら何て言えば良いのか誰か教えてください!


「機嫌はすこぶる悪いわよ、でももう特に何をするつもりも無いわ」


 痛恨のミスをぶちかましてしまったわけだけど、それを笑うでもなくからかうでもない、ただ悲しそうに視線を下げてうつむいている。


「ごめんなさいね、ユーリ。結局台無しにしちゃったのは……わたしだったわね」


 ……ああもう、美人にそんな顔されて何とも思わない男なんているわけ無いじゃないか。良くも悪くも僕の精神は普通の男子なんだぞ。

 

「アスカさん、じゃあこのまま続きといきましょうか!」

「え? あ、あの、ちょっと!?」


 今までとは逆に僕が手を引いて駆け出す。

 アスカさんは普段の様子からは想像しにくい本気で戸惑ったような声を上げ、最初だけ少し足をもつれさせて付いてくる。


「こ、こら! 女性の扱いがなってないわよ!」

「すいません、女の人とのこういう経験が皆無なんで!」

「誇らしそうに言うことじゃないわよ!?」

「僕の知る世間だとそれを三十まで守り抜いたら魔法使いという偉大な称号を与えられます!」

「何よそれ!? ただの負け組じゃない!」


 泣くな世の中の魔法使い、三十を超えても可能性はゼロじゃないぞ!

 って彼女に何を言わせてるんだ、直前までの殺伐とした空気まるで無視じゃないか。頭の中の冷静な僕がそうツッコむけれど、少しだけ元気を取り戻したアスカさんの顔を見ればそんなもの吹き飛んだ。

 取り敢えず今は難しい事を考えるのは止めよう。ただこの人が楽しめるように過ごすんだ。

 女性と二人きりの時にどんな場所へ行けばいいかなんて全く知らない、そもそもこの世界には地球の定番な娯楽施設なんて存在しない。それでもただひたすらハイテンションで街を回る。

 変わった物を売っている露店を見つければ店主に商売トークを長々と聞かされ、道行く人が連れていた犬みたいな精霊に気を惹かれて撫でようとすれば噛み付かれ、適当に歩き回っていたら未だに残っているお嬢様を含めた屋敷の関係者に見つかりそうになって慌てて物陰に隠れたり、とにかく色々と回った。一日で街の殆どを見て回ったんじゃないかと錯覚するほど回った。

 正直相手のことを全く考えない強引さだったと思う。普通なら呆れ返られても文句は絶対に言えない。

 それでも、王霊とか関係無しにまるで普通の男女みたいに過ごしたこの時間は絶対に無駄にはならないと信じている。

 

「あ……」


 何かに気づいたような声と共に腕に力が加えられる。


「どうかしました?」


 といに返事はなく、アスカさんは魅入られたようにある一点を凝視していた。

 仕方がないのでその視線を追ってみると、何やら年季の入った露店が開かれていた。露店とは言っても屋台などの簡易店舗のような物はない、地面にゴザを敷いてその上に品物を並べただけの簡素この上ない店だ。しかも店主が少し小汚い上に顔を隠しているので胡散臭い。正直こんな様相で商売が成り立つのか心配してしまう程だ。

 しかしそんな店として成り立っているか怪しい店そのものにはアスカさんは微塵も興味を示さない。

 彼女がジッと見つめているのは、怪しい――というかよく分からない商品の一つだった。

 何かの金属の表面に幾何学的な紋様が彫られており、それを首にかけるための鎖が何故か二つ対になるように取り付けられている。

 デザイン的にはまあ悪くはない……と思う。

 ただ根本的な問題として……これ……一体何? 首飾りのように見えるけど、それだと鎖が二つある意味が分からない。


「アスカさん、これ知ってるんですか?」

「いいえ、全然」


 なんでやねん。


「ただ……なにかしら……なんだか気になるの」

「そちらのお嬢さんはお目が高い」


 うおっ、喋ったっ! 死んでる筈は無いけど微動だにしないからずっと黙ってるつもりかと思ってた。老婆のようにしわがれた声が怪しげな雰囲気を助長している。


「余計な話はいらないわ。これは一体何?」

「へえ、それはとある少数民族の間で『縁守りの首飾り』と呼ばれております。飾り部分を二つに分けて別々の人物がそれを持っていればえにしが途切れることなくいつまでも続くという言い伝えが残っておりますじゃ」


 なんだか地球の江戸時代の割符みたいだな。

 成程、元から二つに分けること前提で作られてるのなら鎖が二つ付けられているのも頷ける。一種のお守りってやつかな?


「縁守り……ね」


 そう呟くアスカさんの目はどこか遠い所を見ているみたいだった。もう手の届かないその場所を懐かしみ、寂しがるような物憂げな瞳だ。

 ……そういえば僕も時々そんな表情をしているって言われる事があるっけ。

 彼女が縁守りという単語に何を見ているのかは分からない。共感するのも多分間違ってる。

 けど……これくらいのおせっかいなら今更だよね?


「おじ……おばあさん? これいくらですか?」

「金貨一枚じゃよ」

「高っ! ボリ過ぎじゃないですか!?」


 金貨一枚といえば一家が二週間ほど暮らせる金額だ、更に具体的に言えば僕の全財産の四分の一だ。


「その首飾りに使われている金属は少々特殊でね、その分値段も高くなるのですじゃ」

「ぐぬぬ……」

「あの、ユーリ? わたしは別にいいわよ?」


 別にいいと言いながらもその手に握られた首飾りを話そうとしないアスカさん。それを見て僕の心は決まった。


「買った!」

「毎度あり~」


 これが男の宿命というやつか。世の中のリア充は充実した現実と引き換えに侘しい懐事情も受け入れなければならないのか。これからは少しだけ同情もしよう、それでも妬みは無くならないけど!

 アスカさんは突然の展開で手の中の首飾りと僕との間で視線を行ったり来たりさせている。

 その『いいの?』という無言の問いかけに頷きで返すと、彼女はそれを宝物のように胸に抱いて穏やかな笑みを浮かべた。

 

 ◆


 濃密な一日でもいつかは終わりが来る。

 沈んでいく夕日を見ながら、浮ついた気分が覚めていくのを感じる。


「ユーリ、何も聞かずに付き合ってくれてありがとうね」


 アスカさんも同じように感じているんだろう、平淡な声色でそう言ってくる。


「楽しい時間はもうお仕舞い、名残惜しいけど……ね」


 今なら聞けるか?

 そう思って声を出すより先にアスカさんが口を開く。


「最後にちょっと行きたい所があるの。もう少しだけ付き合ってくれる?」

「ここまで来たらそれくらいならいいですよ」


 僕らは夕日の中を歩いていく。

 楽しく過ごした時間が、一時ひとときの夢であったように感じた。

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