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精霊の執事  作者: 3608
王都で陰謀に的な
43/68

窮地に一生的な

 向けられた全ての銃が大勢の命を刈り取らんとその闇への入口のような銃口を見せつけている。

 周辺は直前までの戦いの騒ぎが嘘のように静寂に満ちていた。

 故に、ジャギルが一斉射撃の命令を出す前に漏れた声は不思議とこの場に響き渡った。


「う……あ……」

「……ユーリ?」


 その場の全員の視線が声の主へと視線を向ける。

 しかし、ユーリは定まらない視線で呻き声を上げるだけ。大半の者はすぐにユーリへの興味を無くした。そもそも今まさに命の危機に瀕している使用人や精霊師達に他人を気にする余裕など無い。

 それはユーリの主であるリイルも同じなのに、苦しそうにするユーリの身体を必死に揺すっている。


「ユーリ! ユーリっ!」

「あ……あぁ……」

「何とも見苦しい、聞くに耐えん。それではルクルーシェ様にアルシュラ様、一緒にいる者達と共に散ってくだされ」

「止めろぉおおおおおお!」


 無情に引き金が引かれた。

 あらゆる方向から放たれた銃弾が、集められた者の命を貫く――筈だった。

 涙を流して天への祈りを呟いていた者、覚悟を決めて黙って目を閉じていた者も恐る恐ると目を開けた。

 誰一人として死んでいない、それどころか傷を負った者さえいない様子だった。

 銃弾が発射されなかったのか? そう思った彼らは自分達を取り囲む精霊師達に目を向けて絶句した。

 自分達と精霊師達の間を遮るように、樹が何本も床から生えていたからだ。

 樹はまるで生きているかのようにその身をくねらせており、そのまま消える様子もない。

 守られているであろう者達はともかく、自分達に立ちはだかっている状態である正体不明の物体は精霊師達には不気味に映ったらしい。今この場で圧倒的強者の立場である彼らの間に動揺が広がる。

 更にその動揺を増長させる出来事が。

 今まで這いつくばって呻き声を上げるだけだった無力な執事が、いつの間にか執事服とは違う装束を身にまとい、力なくユラユラと立ち上がったのだ。

 

「え……?」


 リイルが疑問の声を上げたのは、ユーリが何をしようとしているかに対してではない。それよりも、分かりやすい違い――ユーリの霊装が見たことのあるものと違う事にたいしてだった。

 服の作りは前に見た水色のもの(ダンダラ羽織)に近いが、その色が真っ黒に染まっていた。しかもユーリの目からは意識が感じられない。少なくとも平常ではないことは分かる。

 そんな事を全く知らない者達からしてみれば、不吉な色の服を纏った(しかもいつの間にか変わっていた)人物がまるで別人のような雰囲気を醸し出して立ち上がっているように映る。

 その異様な光景に非戦闘員の者は勿論、取り囲む精霊師達も体を後ろに引かせて僅かに仰け反った。


「う……うぅ……」

「ええい何をしている! 殺せなかったのならもう一度だ! 今度は爆薬を使っても構わん!」


 このような事態になっても我を失わないのは腐っても人の上に立つ者というところか。

 命令を受けた精霊師達の動きは動揺が収まっていないせいでやや鈍いが、今度は銃の他に爆発物が投げ込まれようとしていた。

 そしてそれが投げ込まれる前に、ユーリが吠えた。


「あ、あぁああああああああああああ!」


 その叫びに呼応するように追加で樹が生え、まるで樹々の洪水のような勢いで周りの精霊師をなぎ払いながら成長していく。

 この世のものとは思えない事態に、敵味方関係なく叫び声を上げて混乱する。それは先程まで自分の勝利を疑ってもいなかった腐れ貴族も同じことだった。

 

「い、一体何が起こっている! このような事が出来そうな精霊は装置で封じた筈なのに……!」


 流石にこのようなことは帝国の機巧で出来るはずがない。となれば精霊の仕業だと思うのは当然だ。

 しかし彼は知らない、今この状況で精霊の力を使えることは別にして、このような事が出来る精霊などそうそういないことに。

 その事を理解しているルクルーシェは、その事を疑問に思いながら、樹が自分達を全く傷つけていないことに気づいた。

 樹はユーリ達を囲うように絡み合い、そのまま城の天井も突き破って一つの樹へとなっていく。

 樹々の奔流が収まった時には、命を狩られるのを待つだけの存在だった者達がいた場所には、雄々しい姿で城を見下ろす大樹がそびえ立っていた。

 城のど真ん中に天井を破って大樹が出現した。

 あまりにも非現実的なその組み合わせに、精霊師達がしばらくの間ポカンと口を半開きにして大樹を見上げたのも仕方無い。


「ええい何をしておる! 早くあの樹に攻撃せぬか!」


 だらしなく大樹を見上げる面々にジャギル伯爵が唾を飛ばして叫んだ。

 しかし精霊師達は一様に戸惑ったような表情を辺りに向けて動こうとしない。


「お、恐れながら申し上げます。この突如出現した……大樹でしょうか? これは一体……」

「そんなもの儂が知るか! 精霊が何かしたのじゃろう!」


 それはおかしい、原理は知らないが精霊を抑える装置が今この場に働いているのに精霊の力を使うなど。

 実際に何人かが精霊を呼び出そうとしても上手くいかない。装置は正常に働いているようだ。

 だからといってこの大樹が精霊の力によって出現したのは彼らが見た通りの事であって。

 要は、得体が知れないのだ。

 そんなものに刺激を与えて大丈夫なのだろうか、そんな空気が広がる。

 それでもこのまま放っておく訳にはいかない事情がジャギル伯爵にはあった。


「貴様らも見ておったであろう! この大樹は王女達と生贄共を飲み込んだが、死んではいなかった! 平民やそこいらの貴族はともかく、王女だけは生かしておいてはならんのだぞ!」


 彼らのやっていることは帝国と組んだ謀反である。当然その第一目的は王族の皆殺しだ、でなければ例え帝国が王国を乗っ取ったとしても安心して統治出来るわけがない。

 その事を思い出した精霊師達は、このままでは不味い事を理解して青ざめ、目の前の正体不明の大樹へと銃弾や爆薬をこれでもかというくらいに叩き込んだ。

 普通に考えればいかにこれほどの大樹といえどもこれだけの攻撃に晒されればただでは済むまいという攻撃。

 しかし攻撃によって舞った煙が晴れて現れたのは、多少幹に傷を負っただけの見た目は殆ど変わりない大樹の姿だった。

 その上、その身に刻まれた傷は精霊師達の見ている前で見る見る内に塞がっていった。


「くそっ!」


 この場にある武器の全てを一度に打ち込んでもこの程度だ、これ以上同じことをしても弾薬の無駄にしかなるまい、銃の弱点であった。


(役立たずな道具だ……っ!)


 自分勝手甚だしい文句をぶつけながらジャギル伯爵は思案する。

 現状自分達に目の前の大樹をどうこうすることは出来ない。装置を解除して精霊で攻撃しようとすれば王女達も力を取り戻してしまう。

 だからといって王女を生かしておいては今回の謀反の意味が無くなる。

 今は奇襲と帝国軍との連携のおかげで防衛用の戦力があまりない状態だが、総戦力として見れば王国軍というのはまだまだ存在する。

 だからこそ国の要である王族を先に殺して混乱をもたらし、その隙に帝国と協力して王国軍を駆逐する計画だったのだ。自分に同調する貴族への根回しも済ませてある。

 ルクルーシェがここからどうするつもりなのかは分からないが、彼女を生かしたままでは計画の完遂が上手くいかないのは明白であった。

 こうなれば癪だが、帝国軍の力を借りるしかないか……。

 そういえば帝国軍と王国軍が激突して結構な時間が経ったが、どちらもここへ来る様子が無い。簡単にやられない程度の戦力を送ってきているとは言っていたが……。

 実はそのへんの詳細を知らされていないジャギル、彼が帝国にあまり信用されていないが故であった。

 刻一刻と過ぎていく時間にジャギルが焦りを感じ始めた時、この場に足音が一つ加わった。


 ◆


 一方こちらはユーリの生み出した大樹の中。

 荒れ狂う大樹が落ち着きを見せたことでようやくルクルーシェ達は現状を冷静に確認することになった。


「ここは……」


 周りは完全に木の幹に塞がれているが、上の方にはちょこちょこと隙間が空いており、目を凝らさなくても辺りを目視するのに不自由はしない。

 しかしだからといって一体何が起きた、というのを正確に理解するのは困難だ。なにせ、周りに広がるのはまさに『目を疑うような光景』なのだから。

 直前までは死を目の前にしていた城勤めの者もザワザワと不安げな声を交わす。精霊師達でさえどうしていいか分からずに座り尽くしている。

 一度おびただしい数の銃声と爆発音がこの場に轟いたが、それ以降は動きが無い。

 ルクルーシェは視線をユーリ――恐らくこの状況を作り出したであろう人物に向ける。

 とはいえ肝心のユーリは主であるリイルに見守られたまま目を覚ます気配が無い。

 それだけではない、その傍には同じく気を失ったままであるユリアとイルが横たわっている。

 ユーリとイルには外見上の傷は見当たらないが、ユリアの身体には幾数もの銃傷が刻まれて痛々しい姿を見せている。

 リイルは優しく、情が深い。

 そしてそれらの感情はとりわけあの屋敷で一緒に暮らしていた三人に多く向けられており、傍から見ていればまるで家族のようだった。

 そんな家族のように大切にしている者達が全員意識不明(しかも一人は重傷)なのだ、リイルの心中を察すれば、彼女に負担を掛けさせるのは躊躇われる。

 しかしそれでも、答えを得るには彼女の口から事情を聞かなかればならないのだ。

 ルクルーシェは躊躇いながらも口を開いた。


「……リイル」

「分かってますよ、わたしに聞きたい事があるんですよね?」


 ユーリ達の事が心配で仕方無い筈なのに、それでもリイルは気丈に平静を装って応えた。

 

(強いな……)


 ルクルーシェは素直にそう思う。

 あの籠の鳥のような環境でリイルをここまで強くしたのは一体なにか。

 環境に恵まれずとも、一緒にいてくれた者達に恵まれたということか。

 眩しいものを見たような気になりながら、ルクルーシェは口を開いた。


「ユーリはまさか……」

「王霊です」


 隠すことなく言い切ったその肯定に、その場が驚愕の渦に包まれる。

 王霊という存在の意味は精霊の専門家である精霊師は勿論、精霊の事をよく知らない者でも聖国の教皇猊下の契約精霊がそれだという知識くらいは持っている。

 精霊信仰のトップの契約精霊、そして実際に残っている武勇伝(正確には武ではないが)から、王霊は神霊の御使い――天使のようなものという認識を一般からは受けている。

 数日前まで自分達とそうそう変わらない様子で談笑していた相手がそんな存在だと言われればこの反応は当然だろう。特にユーリと話していた回数が多い者ほどその傾向が強い。

 それはルクルーシェも例外ではなかったが、ここで言葉を失って時間を無駄にするのは許されない。聖国の教皇ウルスラとその契約精霊に聞かされた王霊の真実(の一部)も気にかかるところではあったが、今は目の前の危機を脱しないと王霊云々など言ってられないのだ。


「これはユーリがやったのか?」

「多分……そうだと思います。こんなに規模の大きな力を使ってるのを見たのは初めてですけれど」

「もう一度この力を行使するのはできそうか?」

「駄目だと思います。さっきから揺すっても目を覚ましませんし、それにさっきのはかなり無理をしてたと思うんです」


 確かにあれは意識をして力を使ったというよりは、無我夢中で力が勝手に発動したような印象を受けた。

 何にせよユーリの力を当てにするのは止めた方が良いだろう。

 だからといって失望の念は間違っても抱かない。もともと今生きているのだってユーリのおかげなのだ、感謝こそすれ失望する謂れはあるまい。

 リイルに「ありがとう、済まなかったな」と出来る限り優しい声色と表情で告げて、今自分達に出来ることを探し始める。


「ソーシェルド、精霊師で残っている者はどれくらいいる?」

「は、この場にいる者は自分とその部下の一部、それと他の師団の者が数人、総勢二十人程度であります」

「……少ないな」


 城に在中していた内の三割が帝国軍への迎撃、残りも編成を終えるなり次々と出撃した筈だからもう一割程度。

 それでもかなりの数の戦力が城には残っていた筈だが、性急な編成の混乱の中で急に裏切り者達が精霊で攻撃すればかなりの人数がやられていてもおかしくない。

 先程まで裏切り者達と戦っていた精霊師は一〇〇人程度、異変を感じ取った優秀な者達が早急に駆けつけた結果だったのだろうが、それにしても少なすぎる。懐柔したのか権力を使って遠ざけていたのかは知らないが、根回しはしっかりとしているようだ。

 それでいてこの場にいる、つまり殺されそうだったのがルクルーシェと懇意にする者や同志ばかりだったのにも作為の気配を感じる。同志の事がジャギルに漏れていたとは考えられないが、ルクルーシェと志を同じくした者は決まってジャギルを始めとする腐敗した貴族との折り合いが悪かったのでその線だろう。

 使用人達がどういう基準で選ばれたのかは知らないが、あの腐れ貴族のことだ、王女以外の者の命などそれこそゴミのように考た上でルクルーシェ達の絶望感を煽ろうとでもしたのだろう。

 改めて湧いてくる帝国と裏切ったジャギル達への怒りを拳を握ることで抑え、これからどうしようかと考え始めた時、それは来た。

 

 ――ドォォォォォォン!


『『『『――――!?』』』』


 大樹の内部を轟音が襲う。

 先程の銃撃とは違う、何か大きな質量が衝突でもしたかのような衝撃音だ。

 続けて二、三度聞こえてきた衝撃は大樹を揺らすほどのものだったが、それ以外で内部に変化は見られない。

 だが楽観視は出来ない。今の衝撃音は敵方に新しい戦力が到着したと考えるべきだろう。兵器か、人員か、その両方かは分からないが。

 周囲に緊張が走り、精霊師達が構える中(彼らとて精霊がいなくとも戦える程度の訓練は積んでいる。銃相手に太刀打ち出来るかと問われれば否だが)、外から妙な音が聞こえてくる。

 重く響くような衝撃音ではない、まるで枝を折るような、木材が力尽くでえぐられていくような、そんな奇妙な音だ。

 最初は空耳かと思ったが、段々とはっきり聞き取れるようになっていく。

 分厚い大樹の壁に阻まれていた音が大きくなっていく理由は一つ。

 そしてついに、その元凶が姿を現した。

 しかしそこでその場にいた者の間に疑問符が浮かぶ。

 どんな凶悪な兵器が顔を覗かせるかと身構えていたのに、目に入ってきたのは人影が一つだけだった。


「ったくよー、水と光のやつがいるって言うから帝国の口車に乗ってやったてのに……いねえじゃねえか」


 身体にまとわりつく光のような火を散らしながら、その男はいかにも不機嫌そうな声でぼやくのだった。

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