不自由な主様的な
少し重くなります。
あの後僕は女の子……じゃなくてお嬢様に指示されたユリアさん(本人にそう呼べと言われた)に屋敷のとある部屋の一室に連れて行かれた。その途中で廊下とかも見たけど……うん、見たことないくらいデカかった。メイドを雇ってるくらいだから予想はしてたけど、少なくともトンデモないお金持ちであることは間違いなさそうだった。
それはそれとして僕がここに連れてこられた理由はというと、その怪しい服から着替えなさいとのこと。まあ、白装束なんか着た人間が屋敷をうろついていたら文字通りお化け屋敷になってしまうから当たり前か。
さてここで問題が一つ。
僕の目の前に用意されていたのはスラックス、ジャケット、シャツ、ベルトなどメイド服と対の存在である執事服。
どこに問題が? それは執事服を着ようとして今まで着ていた白装束を脱ぐと、その白装束が光に溶けるように消えてしまったことだ。さっきから考えることを先延ばしにしている意味不明な事態の連続だったわけだけれども、服が見ている前で消えるという超常現象にそろそろ僕の脳が限界を迎えそうだ。今はやるべきことがあるからなんとか保っているけれども、一段落したらちゃんと考えたほうが良さそうだ。
……ちなみに万が一クビになったら僕は文字通り裸一貫。これは気合を入れる必要がありそうだ。
初めて着る執事服に四苦八苦しながらもなんとか着衣に成功した後、せっかく初めて着る執事服だしということで部屋に姿見があったので僕の姿を見てみたんだけれども……すぐに見なきゃ良かったと後悔した。
姿見に写っていたのはふくらはぎまで伸びた長く、それでいて色素というものを全く感じさせない真っ白な髪を無造作に背中へ流し、整った輪郭に顔のパーツが綺麗に配置された顔。
服を替えれば女性に見えてしまうであろう美のつく少年が、そのパッチリとした目を瞬かせてこちらを凝視している姿だった。
……さすがにこれは効いた。ここにいる僕は本当に僕なのか、だとしたら僕は一体どうなってしまっているのだろうか。足元がおぼつかなくなって崩れ落ちそうになるも、焦れたユリアさんの声でなんとか持ち直した。そうだ、今はやるべきことがあるんだ。色々考えるのはそれが終わってからにしないと。
……懸案事項がまた一つ増えたみたいだ。
部屋の外で待っていたユリアさんはしっかりと執事服を着た僕を忌々しげに睨みつけながら感想を漏らす。
「不審者から役たたずの小間使いに格上げですね」
「分かってましたけど、ユリアさんって僕のこと嫌いですよね?」
「好かれる要素があるとでも?」
「ですよね~」
そもそも言われていることも間違いじゃない、今から執事の仕事をやれと言われても絶対に何も出来ないから。 そもそもアニメや漫画で見ていただけで執事が具体的にどんなことをするのかをよく知らない。まあだからこそお嬢様もユリアさんに僕を連れて行かせたんだと思う、要は先輩に付いて行ってやることを学べと。ちゃんと仕事をできるようになるまでは確かに小間使い、いやヘタをしたらそれ以下の位置づけになってしまう。
せっかく手に入れることが出来た居場所だ、しっかりやらないと。
決意を新たに拳を握る。
「何をやっているんですか、役立たずのユーリさん」
いつの間にか離れた場所で僕を呼ぶユリアさん。……今からしっかりやるということで。
◆
ユリアさんに付いて行ってさあ仕事を覚えるぞと意気込んでいたわけだけれども、掃除や洗濯に使う道具の場所を教えてもらったら後は勝手にしなさいとばかりにユリアさんはどこかへ行ってしまった。
本人によると自分もやることがあってそれで手一杯とのこと。若干落ち込む僕に教えるつもりが無いのではなく教えている時間が無いのだとわざわざ説明してくれたユリアさんはお嬢様とは違った意味で良い人なんだと思う。
「やるべきことは自分で探してください。多分いくらでも見つかるでしょうから」
「えっ? それってどういう――」
「それでは私は夕食の準備があるのでこれで」
意味深な言葉を残してユリアさんは行ってしまった。
見知らぬ場所で残されて少し寂寥感が募るけれど、とりあえず彼女の言うとおりやることは自分で探すしかないみたいだ。とりあえず屋敷を歩き回ってみようか。
◆
歩き回って感じた感想……『なんだか違和感を感じる』だ。
この屋敷、予想はしてたけどかなり広い、にも関わらずこれまで一度も人を見かけなかった。こんな大きな屋敷を維持するには相応の人手が必要な筈なのにだ。
それを裏付けるように、ちょこちょこと廊下の床や窓には汚れが目立ち、予め許可を貰っていたのでいくつかの部屋に入ってみると、立て付けが悪いのか扉からは耳障りな音が響いてきた上に内装は何年も使われていないかのように埃だらけだった。
確かにこれは探せばいくらでも仕事は見つけられそうだけれど、なんでこんなになるまで放っておかれているんだろうか。
疑問に思いながらも、せっかく見つけた仕事に挑む僕だった。……部屋いっぱいの埃を相手に若干涙目になりながら。
◆
叩いても叩いても出てくる埃に四苦八苦すること(体感で大体)二時間、水拭きまで終わらせた部屋はさっきまで埃だらけだったとは思えないくらい見違えていた。まさに劇的ビフォー〇フター。
やりきった気持ちで外に目を向けてみると、もうかなり遅い時間らしく大分暗くなっていた。
丁度この部屋の掃除も終わったし、そろそろ切り上げようか。とりあえずユリアさんを探せばいいのかな?
とりあえず廊下に出てからユリアさんを探そうかと思ったけれど、その必要はなかった。
廊下に出た瞬間に鼻腔をくすぐるいい匂いでユリアさんがどこにいるかは丸分かりだったからだ。そういえば夕食の準備をするって言ってたっけ、お嬢様に出すとなるとやっぱり手間をかけたものなんだろうな~。
匂いの元を辿るとそこには予想通り美味しそうな匂いを出す鍋の中身をおたまのような物でかき混ぜているユリアさん……と……なんか火を吹いてるトカゲがいたんですけど僕はどんな反応をしたらいいんでしょうか。
「おや、匂いに釣られてやってきましたか。まるで腹を空かせた獣ですね」
「いや、もうそれはいいんですけどね、それ……」
「む、それとはなんですか失礼な。この子は私が契約している精霊のサラマンダーですよ」
「せ、精霊!?」
「あなたは精霊を見るのは初めてですか? まあ田舎辺りの出身なら馴染みが無いかもしれませんね」
いえ、結構馴染み深いですよ――ただし画面の中とかで。僕の知っている世界なら精霊なんてものは架空の存在なんですよ。なんてことは目の前で実際に火を吹いているトカゲを前に口にしても多分意味のない事だと思う。
「精霊が珍しいのはわかりますが後にしてください。お嬢様をお待たせするなど仕える者としてあるまじきことですよ」
僕の沈黙を違う意味で受けとったユリアさんが鍋の中身を器に盛ってカートに乗せていく。僕も慌ててその手伝いをしながら、頭の中ではある推測が浮かび上がっていた。
◆
夕食を器に移し終えたら後は運ぶだけだ。
こんな大きな屋敷だしやっぱり大食堂的なものがあるのかなと思いながらカートを押して先行するユリアさんに付いて行くと、とある部屋の前でユリアさんは止まった。扉を見るに、この先が食堂とは思えないんだけど……。
ユリアさんがカートから手を離してノックを一つ。
「お嬢様、夕食の準備が整いました。ユーリさんもここにおります」
「あ、ユリア。待ちくたびれたよ。どうぞ入って」
失礼しますと一声かけてカートを押しながら部屋に入っていくユリアさん。
……え? 部屋で食べるの? 食堂とかじゃなくて?
「なにをそんなところで木偶のように立っているのですか。ご自分だけ締め出されたいのですか?」
とりあえずユリアさんが入っているのならいいかと納得して僕も部屋の中に入る。勿論失礼しますの一言は忘れない。そして『あれっ?』と思う。
中の様子はさっきと殆ど変わっていなかった。
そして……お嬢様も含めて。
お嬢様はさっき見た時と同じく寝巻きのままベッドで上半身を起こしているだけだった。
今更ながらよく考えてみると、さっき暗くなりだしたところから逆算して、僕とお嬢様が衝撃の出会いを果たしたあの時の時間は大体おやつどきの時間だったはずだ。そんな時間に寝巻きを着ているなんておかしくないだろうか。
それに今も、寝巻きのまま、ましてベッドで夕食なんて……。
「不思議に思ってるでしょ。実はわたし……病気なの」
「病……気?」
お嬢様はちょっとした秘密を打ち明けるように軽く言った。けれどその単語が出てきた瞬間、常に僕に対してツンツンした表情を向けていたユリアさんの顔に深い影が落ちる。
「そう、病気。わたしね、生まれた時から足が全く動かせないの。だからベッドに寝たきりなんだよ」
頭をガツンと殴られたような気がした。そしてその言葉をすぐには信じられなかった。
それを信じるには目の前の女の子があまりにも普通過ぎた。表情には生まれた時から課せられた重荷に対する負の感情があまりにもなさすぎて……あまりにも明るかった。
「あ~信じてないな。ホントだよ、ほら見て」
お嬢様が掛けられた布団をめくって寝巻きをたくし上げてその足を僕に見せてくる。はしたないなんて思う間も無く息を呑んだ。
……細い、細すぎる。
女性だから華奢というわけじゃない。それを差し引いても彼女の足はやせ衰えていてまるで骨と皮だけみたいだ。少なくとも年単位で動かしていなければこんなにはならないはずだ。
「じゃあ……本当にお嬢様は生まれた時から……?」
「さっきからそう言ってるじゃない。ユーリは疑り深いなぁ」
呆れたようにやれやれ肩をすくめるお嬢様。
……なんで、なんでこの人はこんなにも自然でいられるんだろう。生まれた時からなんて……そんな……どうしようもない理不尽に対して。
そんな疑問が無意識に口から付いて出た。
「お嬢様は……何故そんなに平然としていられるんですか?」
「なんで? なんでかー。うーん…………色々あるんだけどとりあえず食べない? せっかくユリアの作ってくれた夕食が冷めちゃう」
「……わかりました」
「ユーリさん、『かしこまりました』です」
訂正するユリアさんもその声に勢いが無い。この人も内心では色んな想いが渦巻いているんだと思う。来たばっかりの僕でさえこうなんだから。
病院のベッドに備えられているような台を取り付けて料理を配膳していく。けれど、明らかにお嬢様一人で食べ切るには皿の数が多い。この量だと軽く見積もって三人分はありそうだけど……。
「さ、早く座って座って。みんな揃わないと食べられないよ?」
「えっ?」
侍従が主と一緒に食事? いいの、それ?
どうしたらいいのか分からない僕の隣でユリアさんがどこからか椅子を二脚出してベッドのそばに置いた。失礼しますと断ってからその椅子に腰掛けるユリアさん。その後お嬢様とユリアさんから向けられた二対の視線に促されて僕も一言断ってからもう片方の椅子に腰掛けて皿を手に持つ。
「「我が命の糧となる全てに感謝を」」
「いた……わ、我が命の糧となる全てに感謝を……」
一瞬反射的に頂きますって言いそうになったのを慌てて言い直す。
そのまましばらくはユリアさんの料理に舌鼓を打つ。
半分ほど料理を食べ終えたところでお嬢様がおもむろに口を開いた。
「さっきはああ言ったけど、どこから話そうかな~。うーん、ユーリはこの世界『エスピリッツ』の仕組みについてどれくらい知ってる?」
一つも、それこそそんな世界の名前すら聞いたことがないです。僕の知っている世界の名前は『地球』だけなんです。
そんなことが口に出せる訳もなく、
「いえ、色々ありましてそういうのは殆ど知らずに育ったんです」
「そっか。じゃあそこから始めようかな」
そうしてお嬢様の身の上話の前置きの世界談義が始まった。
次はあらすじをなぞって最後にうわ~的なことになります。あ、前半は異世界に付き物の世界観です。
『サラマンダー』――16世紀の錬金術師パラケルススが提唱した四 大精霊の内の火を司る精霊です。ゲームでは強い存在だったり弱い存在だったりとまちまちですが、今回は弱い方で使います。この先の世界観の都合上、料理をするための火は精霊に頼むしか無いと思い、ユリアさんの契約精霊として使うことにしました