結局的な
目の前の精霊師達(+執事)がどうやら二組に別れて訓練しているらしいことはすぐに見て取れる。
数が多く、執事と共に戦う者達を囲んでいるのは丁度先程まで口先に登っていたジャギルが指揮権を持つ――要は貴族(プライド高い)の者達だろう、(悪い意味で)印象に深かったため顔ぶれを見れば分かる。相手はよく知らないが、少なくとも爵位の高い貴族ではないだろう。
何やら数の差がおかしいことになっているようだが、ルクルーシェはその理由をすぐに問い詰めるようなことはしなかった。
何故なら、数えるまでもないその人数差の中、少人数側の精霊師と執事はそれでも貴族勢の大人数を相手に善戦をしていたからである。
視線がちらりと先程我が精霊師団云々と誇っていたジャギル伯爵に移る。
彼は口をあんぐりと開いたまま驚愕の視線を向けていた。
先程の彼の称賛には彼が指揮する師団がかなりの内訳を占めていた筈だ。話の繋がり方からしてみても、こちらに自分が持つ(と本人は思っているだろう)戦力を見せびらかしたい思惑があったのは間違いない。
それが、圧倒的に人数で勝っているのにそれでも押されているという醜態を見せつけられているのだ、目の前で起きていることを頭が処理しきれなくても無理はないだろう。
ルクルーシェは追い討ちをかけるように痛烈な皮肉を込めた口調で言った。
「これがお前の言うところの栄えある精霊師団か。確かに圧倒的少数にも関わらず善戦をしている彼らは誇らしい事だな。が、逆にこれだけの人数差にも関わらず押し切る事が出来ないあの者達は少々不甲斐ないな。あれは……どこの師団だ?」
分かった上でなおも所属を聞く彼女は中々に意地が悪い。
声色には不甲斐ない精霊師達に対する不満が込められているが、その表情は誰が見ても分かる程晴れ晴れとしている。まるで溜まりに溜まった鬱憤が全て消え去ったかのようだ。
ルクルーシェに問われたジャギル伯爵は青い顔で「あの……その……」と言葉を濁している。まさか先程まで自分が誇っていた師団ですとは言えるわけもなかった。
そんなすかっとする場面を横目に、驚きと共に疑問の視線を向けているのは今まさに少人数の精霊師達と共に戦う執事の同僚とその主だった。
「ユーリ、こんな所で何してるんだろ?」
「全くあのお馬鹿様は……」
つかずにはいられない特大の溜息。
向こうも自分達を探していると思っていたのだが……。
一体何をどうしたら精霊師団に混じって大立ち回りというトンデモな事態になってしまうのか、今すぐにでも目の前で戦っている馬鹿に問いただしたい気分だった。
当の本人はといえば、直前までよほど面白くないことでもあったのか、とても嬉々として相手を蹴散らしている(王霊の能力をフルて使うという愚行は犯していないが)。
ユーリが一人、また一人と両手に持つを使って数量で押してくる精霊師を撃退する。
その背後、ユーリから見えない位置から迫った精霊師の一撃がユーリの脇腹を直撃する。
リイルが声を上げるが、傍らに控えるユリアの顔には微塵も心配は浮かんでいない。
「痛ったいな! でもこんなの、いつものユリアさんの折檻に比べたら全然平気だもんね!」
その事は折檻する側である彼女が一番よくわかっているからである。
「あっはっは! 温い温い! 僕に本格的なダメージを与えたいなら、ユリアさんみたいな馬鹿力でもつけてこないと! 本当に容赦無いんだからな、躊躇いなく急所とか狙ってくるし、まるで鬼だよ!」
気分が高揚しているのか調子に乗っているかは分からないが、途中から常日頃から殴られてりしていることへの愚痴になっている。
不幸なのは、その愚痴の元になっているその人物がそれを全て聞いている事だろうか。ポキポキと指を鳴らしているユリアを見れば彼の未来は決まったようなものだろう。
取り囲んでいる貴族勢の精霊師達は、自分達の圧倒的優位にも関わらず相手を倒すことが出来ない事に焦りが生じてきているのか、繰り出す攻撃から遠慮が無くなってきている。
そして遂に、貴族勢の誰かが精霊を呼び出そうとした。
「そこまでだ!」
その場に響き渡った怒号で、全員が動きを止めた。
声の主は集団へと近づくと、鋭い視線で睥睨する。
「精霊と共に行う訓練は危険を伴う、それを無秩序に実行しようとするとは何事か!」
その一喝を聞いたユーリとユリアは前にもこんな事があったなと思い出す。
その人物はこの国の精霊師団所属の師団長の一人、クラウ・ソーシェルドだった。
知り合いと話すときはそれなり(?)に気さくな彼だが、何やら規則を破ったらしい部下に対する視線は厳しい。
「それに……そちらにいるのは俺の部下だが、お前達は他の師団の者だな。今日は他師団との訓練の予定は無かったはずだが?」
問いかけるような言い方だが、その実は何が起こっていたのか大体理解した顔だった。問い詰めることをしないのは、問題にすると面倒があるからか、しらばっくれられた時に論破する証拠が無いからか。
貴族勢達はあからさまに狼狽えたり顔を顰めたりと様々な反応をしたが、結局はそそくさと逃げるようにその場から散っていく。
その後ろ姿に親指を下に向けたり中指を立てたりする平民勢達だったが、騒ぎの発端の原因になっていた彼らは彼らでクラウによる拳骨が待っていた。
抗議の声は彼の「相手をしたお前たちも悪い」の一言で沈黙した。これ以上無い正論である。
「まったく、お前達は……ん?」
クラウが今の今まで自分達を見物していた人物たちの視線に気づく。
「こ、これはルクルーシェ姫殿下!」
同時に拳を胸の前で横に握って背筋を伸ばす。ユーリが見たら軍隊の敬礼みたいだという印象を受けたことだろう。
クラウの叫ぶような声でその場にいた精霊師達もルクルーシェの存在に気づき、泡を食ったようにクラウに倣って敬礼をする。
「申し訳ありません、お見苦しい所を……」
「よい、大体の事情は察している。そちらの部下にも非が無かったということは無いだろうが、大元の原因は恐らくあの者達であろうからな、特に罰する必要も無かろう」
「寛大な処置、痛み入ります」
「場の盛り下がるような話はこれまでにしようか。お前の部下の奮闘は見せてもらったぞ、頼もしい限りだ」
「恐縮であります。部下にはこれで慢心などせぬよう、厳しく言い聞かせておきましょう」
「うむ、よかろう」
普段はこんなに近くで目にすることのない王女を目の前にして、敬礼の姿勢のまま緊張した面持ちでクラウとルクルーシェのやり取りを聞いている精霊師達。
その軍隊然とした集団に混ざらず、ソロリソロリと抜け足でその場から離れようとする人物が一つ。
「……おーい、イルー、どこいったー?」
「……こっち」
小声で連れの少女を呼び、彼女を連れて急いでこの騒ぎから離れようとするユーリ。
返ってきた返事が存外近かった事に若干の疑問を抱きながらも、ユーリは警戒することなく声が聞こえてきた方へ振り返った。
「おや? どちらへ行かれるのですか、ユーリさん?」
その時、彼は表情に乏しいユリアの背後に般若を見た。
◆
「ん? もしかしてそちらにいるのはリイル嬢か?」
クラウさんはルクルーシェ様の傍にいたお嬢様を見て目を丸くした。まあ僕もクラウさんとこんな所(いや、場所的にはいつ会ってもおかしくなかったんだけど)で再会することになるとは露程も予想していなかったのでその気持ちはよく分かる。
「お久しぶりです。神霊祭での一日だけでしたが、再会できて嬉しいですよ」
「そう思っていただけるのなら光栄だ。しかしこんな場所で再開するとは夢にも思わなかった、ところでユーリとユリア嬢、それと……あの少女もか、その三人は一体?」
「後ろにいますよ」
「おお、そうか。お前達も久しぶり……だ……な……」
「どうもです」
「お久しぶりでございます、ソーシェルド様。このような体勢で失礼いたします」
「…………?」
「あ、ああ。それでだな、別れてからそこまで経っていないので積もる話があるというわけでもないんだが……ひとまずこの状態で話すことが酷く不自然に感じるのだがそれは俺だけなのか?」
心底不思議そうな顔でクラウさんは自分の感覚を疑い始めた。
心配することないですよ、それが至って普通の反応ですから。というか僕、常識とかそういうのがそろそろおかしくなってる気がするなあ……。
という事を、|体を持ち上げられた状態で(・・・・・・・・・・・・)呑気に考えている自分にびっくり。
視界の殆どを占めているのはユリアさんの手の平。頭に食い込んでいるのは彼女の指。
俗に言うアイアンクローというやつだ。
「まだ、余裕がありそうですね」
「いや、これ余裕じゃなくて慣れてしまったというか諦観といいますかあぁあああああああああ! 割れる割れる割れる割れる! 指がめっちゃ食い込んでるぅううううう!」
「まず何よりもわたくし達に言う事があるのではないですか?」
「すいませんでしたーーーーーーー!」
僕の断末魔が城の中庭に響き渡った。
◆
結局あの後は謝ったにも関わらずユリアさんのアイアンクローが解けることはなかった。
喋れる程度に握る力を弱めてもらって離れていた間何をしていたのかを事細かに報告。
メイドや精霊師団員達の間のイジメに首を突っ込んだことにはやはり苦言を呈された。
けれどお嬢様が「よくやったね」って褒めてくれたのは掛け値無しに嬉しかった。何だかんだでやってはいけない事をしてしまっただけだったと心のどこかで思い悩んでいたのでスッキリした気分だった。……それはそれということでユリアさんのお仕置きはしっかりとあったんだけれども。
報告が終わったらルクルーシェ様は公務に、精霊師達は訓練に戻っていった。
残った僕達はクラウさんと少し話した。
そこまで積もる話があったわけではないけれど、僕とイルの正体を知っている数少ない人物なので気楽に話せたのは良かった。
◆
そんなこんなであっという間に一週間が経ってしまった。
その間にした事といえば王都に遊びに行ったり城の色んな人と知り合いになったりと、結構色々やっている。他には僕達が城にいることを聞きつけた第二王女様のシューラ様がやってきたり、ルクルーシェ様もちょくちょく来るのでかなりの密度だったと思う。
お嬢様はその人柄のおかげで平民貴族や老若男女問わず誰にでも好かれている。僕達だけで城を歩いていても笑顔で挨拶される程だ。
ユリアさんはどうやらあまり親しい相手を作らないようにしている様子で、誰に対しても事務的に対応する。
イルはその愛くるしい姿とそれにマッチした変わった衣装でメイドさん達(イジメっ子とは別の普通に良い人達)に大人気だ。
そして肝心の僕はといえば、主にリリーさんと話したりしている。近い歳の相手と他愛のない会話をするのは久しぶりで、たったそれだけの事を結構楽しみにしていたりもする。
「それにしてもー、ユーリ君は本当にお馬鹿さんなんですねー」
「決して馬鹿にされることを楽しみにしているわけじゃないんだけど」
「――?」
「ああいや、こっちの話。それにしてもやっぱり不味いよね」
「はいー。ユーリ君が突っかかったというのはー、恐らく貴族の家出身の者で構成された師団ですー。プライドが高くて執念深い方ばかりなのでー、絶対に何かしてくると思いますよー」
「…………」
実はもう色々とされている。
廊下ですれ違う時に手が滑ったフリをしてワザと殴ろうとしてくる事は当たり前、一度中庭を歩いていたら目の前を氷の刃が横切っていったこともあった。
問題行為以外の何物でもないけれど、目撃者がいないのが辛い。恐らく人の目が無くなった所を見計らっているんだろう。
更には、
「それとー、リリーをイジメていたメイド達も何かしているんじゃないですかー?」
「まさにその通りだよ」
こっちは女子だけあって直接的ではないけれど陰険である。
僕宛に刃物入りの手紙を送ってきたり、部屋の前に動物の死骸が放置されていたり。
極めつけは、廊下に置かれている彫像が僕の方へと倒れてきたことだろうか。
多分石か何かで出来たそれは高さは三メートルはあり、五十センチ程の台座に乗せられていた。言うまでもなく倒れてきたそれが当たれば大怪我間違いなしである。まあ僕は普通に受け止めて事なきを得たけど、僕じゃなかったらシャレにならない事態になっていた筈である。しかもすぐに辺りを見回しても犯人が見当たらなかったのが始末に悪い。
「けど今はまだ標的は僕だけなのが不幸中の幸いかな。自分で蒔いた種だから自分が被害に遭うのはまだ心が痛まないし」
「しかしー」
「分かってるよ。今は大丈夫でも、いつお嬢様達にまで被害が及ぶことになるか分からないからね、用心は欠かさないようにするよ」
「いえー、そうではなくー」
「――?」
「ユーリ君はー、平気なんですかー? そのー……嫌がらせを受けたりして辛くないんですかー?」
そう言われて気づく。
リリーさんの表情に僕への心配が込められている事に。
どちらかといえば実益を中心にして話すタイプだと思っていた彼女のそんな気遣いが以外で少し反応が遅くなってしまった。
「……その反応は傷つきますー」
「あ、あはは……」
「リリーだって友達の事くらい心配しますよー」
口を尖らせて怒っている事を示そうとしているんだろうけれど、彼女の纏うゆったりした雰囲気のせいでまったく怖くない。むしろ精一杯頑張っているという感じがして頬が緩みそうになりそうだ。
「うんごめんね。でも、僕は平気だよ。嫌がらせはされるけど、その分結構知り合いが出来たから楽しい事もいっぱいあるよ。今この瞬間みたいにね」
「…………けふん、あまりそのようなことは言わないようにー」
「あれ? 顔赤くないですか? 具合悪いんじゃないですか?」
「いいんですー! 全然なんともないですからー! ああ、そういえばリリーには用事があることを忘れていましたー! ではー!」
急に挙動不審になったリリーさんはそう捲し立てると、その場から脱兎の勢いで走り去って――少ししたら真面目な表情で振り返った。
「そうそうー、何やらジャギル伯爵の周囲の雰囲気がどこかおかしいのでー、本当に気をつけてくださいねー」
「え、それってどういう――」
「あなたの主様の影響がー、この城の中でそれなりに大きく出始めている事等に関係していると思いますー。ではではー」
最後に気になる事を言ってリリーさんは今度こそ行ってしまった。
ジャギル伯爵の周囲か……。
リリーさんはああ見えて結構城の事情に詳しい。その彼女が言うのなら信ぴょう性もそれなりに高そうだ。
要警戒と、ルクルーシェ様やユリアさんには報告しておこうかな。お嬢様に余計な心配をかけるというのは無しの方向で。
頭の中である程度の対策を立てながらお嬢様達の元へと歩いていく。
しかし、僕はすぐにその認識が甘かったことを知ることになるのだった。




