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精霊の執事  作者: 3608
王都で陰謀に的な
38/68

イジメの次はリンチ的な

 ……そろそろ一時間が経過しそうです。

 お嬢様達一体どこにいるの……。

 もういっそのこと見つかること覚悟で大声で呼んでみようかな。もし不審者として捕えられてもお嬢様達が来てくれれば事情は説明してくれるだろうし。

 うん、そうしよう。最初からそうすれば良かったな。

 息を吸い込んで、せーのっ!

 ――次の瞬間、僕はその場から数メートル吹き飛ばされていた。 


「ぐあっ!」

「あ痛っ!?」


 一体何事!? ていうか重い! 何か僕の上に乗ってる!?


「うぅ……」


 よく見てみると、僕に乗っていたのは人だった。着ているのはこれまで何度も見てきたこの国の精霊師団の制服。

 呻き声は漏らしているしかなりの傷を負っているけれど、僕にこれをどうにかする術は無い。幸い一刻を争うようなものではないので取り敢えず上に乗っている精霊師を押しのけて彼が飛んできた方向を見やる。

 すると、彼と同じく精霊師の制服を着た一団が中庭の一角で互いにそれぞれの獲物を打ち合っていた。一瞬何事かと思ったけれど、彼らは国に属する軍隊、訓練に決まっている。どうやら適当に歩いている内に近づきすぎたみたいだ。

 軍の訓練なんか今まで見たことが無かったし、今まで王霊の能力に頼りっぱなしでちゃんとした戦い方を知らないままでいたこともあってつい見入ってしまう。


「……あにさま……」

「ごめん、あとちょっと」


 地球でテレビを見ている時に頼み事をされた時みたいな返事だ。普段純真無垢なイルから若干口を尖らせたような気配を感じたので、そろそろ限界かもしれない。

 ただ、訓練を観察していると何やら様子がおかしい。

 一団は二手に別れていて集団で戦っているんだけど、明らかに片方だけ人数が多い。だから少ない方はかなり一方的に攻撃を受け、血は出ていなくてもそれなりの擦り傷やうっ血が遠目からでも見て取れる。

 多い方は笑みを浮かべながら嬲るように攻撃していく。よく見たら同じような目で遠巻きに見物している奴もいる。

 ……どうやら真っ当に訓練をしているというわけじゃあなさそうだ。


「ほらほらどうした。動きが鈍ってきているぞ。そんな体たらくで栄えある精霊師団員が務まると思っているのか」

「所詮は平民上がりの凡夫か。少々強い精霊と契約出来たからっていい気になるなよ」

「ははっ、平民はそうして無様に駆けずり回っているのがお似合いだ」

「あいつらは運がいいな、調子に乗って痛い目を見る前に俺達に矯正してもらえるんだからな」


 野次飛ばしや見物に夢中になって僕が近くにいるのに気付かす、聞いてもいないことをペラペラと垂れ流してくれたおかげであれがなんなのかよーく理解できた。

 陰険なのは女子だけじゃなくて男子も同じでした。いや、会話から察するにこの場合は貴族かな? というよりも平民出身の精霊師もいるんだ。

 まったくどうなってるんだこの城の人間関係。こうも立て続けにこんな物を見せられたら人間不信になってしまいそうだよ。

 

「くそっ、お前ら貴族なんて皆腐ってやがる!」

「おーおー、平民が喚いているぞ、品性の欠片も感じられない」

「言ってやるな、低俗な平民に俺達と同じ品性を求める方が酷というものだ」


 いや、あんた達からも全く感じない。むしろ腐った汚物のような何かしか感じない。即刻ゴミ箱へインしてやりたい。

 それにしても、かなりの人数差の割には少人数の方もかなり粘っている。

 貴族集団の攻撃はそれでも国の軍人かと思ってしまうくらいに甘い。そのせいで命中率は悪く、当たってもそこまでのダメージになっていない。

 しかし数の暴力というものは彼ら一人一人の強さ(貴族勢の弱さ)を嘲笑うようにその身にどんどん傷を増やしていく。

 舌の根も乾かないうちにとは言うけれど、これを黙って看過することは勿論出来ない。ただ、メイド達とは違って相手は正真正銘貴族。手を出せば――

 と先程の繰り返しのような葛藤をまた始めてしまいそうになった瞬間、追い詰められた平民勢の一人が貴族勢の一人の胴を持ち上げて思いっきり投げ飛ばした。

 凄い力だなぁと、呑気な感想を口に出す暇は無い。

 ――何故なら投げ飛ばした方向に僕がいたから。


「えっ!? ちょっ!? えぇっ!?」


 様々な思考が一瞬で頭を駆け巡り、気がついたら僕は投げ飛ばされてきた相手を足で受け止め(蹴り上げ)ていた。

 さて、言い訳をさせてもらいたい。

 まずタイミングが悪かった。僕が葛藤しだして目の前から注意を逸らした瞬間の出来事だったので少し反応が遅れた。

 次に、イルと手をつないだままだったのが災いした。動けばイルを引きずる事になってしまうので避けるという選択肢を選ぶことができなかった。

 結果的に受け止めるしかなくなったわけだけど、足はちょーっと無かったかと思う。直前まで抱いていたちょっとこいつら殴ってその薄汚い口を黙らせてやりたいという欲求がその瞬間で顔を覗かせたせいだ。

 流石にその所業で乱戦状態だった平民勢も貴族勢も一旦静止して視線を僕へ送る。

 この状況は流石に冷や汗を禁じえない。

 そして相手の次の行動は予想するまでもなかった。


「貴様、何者だ!」

「俺達に対する狼藉の意味が分かっているんだろうな!」


 広がる包囲網。そして先程まで愉悦がにじみ出ていた顔に宿る敵意。僕の着ている服である程度は推察出来そうなものだけれど、頭に血の上った彼らはそこまで気が回っていないらしい。

 認めたくはないけど、ここまで厄介事が連続するとトラブルメーカーと評されても否定できない程だ。朝に波風を立てないようにしようと密かに心で決めていたのが遠い昔みたいだ。


「あんた一体……」


 平民勢の人達も突然割って入ってきた(実際は巻き込まれただけなんだけど)僕に怪訝な表情を向けてくる。

 その疑問は至極もっとも。けれどそのへんをダラダラと語っている時間は無い。

 なので自棄っぱち気味に答えた。


「巻き込まれた通りすがりの執事です」


 ◆


 時は少々戻り。

 この国の王子と伯爵と別れてからルクルーシェ達はしばらく無言だった。

 ルクルーシェはリイル達にこの国の汚点を見られたことと(一応元から軽く話そうとは思っていたのだがいきなり直接対面することになるとは思っていなかった)、単純に兄の愚物ぶりが腹に据えかねたことによる様々な気持ちが渦巻いた為。

 リイルは文字通り生まれて初めて向けられた男性からの好色な視線に対する恐怖でしばらくは思考が停止していた為。

 ユリアはリイルのそんな内情を理解してあの王子に対する怒りを必死に落ち着かせるため。

 それぞれの理由で周りに対する気を配る余裕が無かったため、自分達に付いてくるべき人物が二人足りないことに気がついたのはそれからしばらく歩いてからだった。


「あれ、ユーリとイルちゃんは?」


 リイルのその一言でルクルーシェとユリアも同行者が足りないことに気づき、先程王子と別れた場所まで戻ったのだが、件の執事と少女はもう既にその場所にはいなかった。


「まったく、あのお馬鹿様は……」


 嘆息するようなユリアの呟き。


「まあ仕方が無い。城の者にはユーリの特徴を伝えておこう。白くて長い髪の――」

「男装した麗人のような執事と伝えれば簡単かと思いますよ」


 ルクルーシェが改めてユーリの特徴を思い浮かべようとしたところでリイルが言った。


「体つきからその可能性は無いと思っていたのだが……やはりあいつは女なのか?」

「いえ、ユーリさんは正真正銘の男性でございます。しかし、特徴としてはこの上なく簡素で伝え易いかと」

「心配をかけられてるんだからこれくらい良いよね」


 そう言ってリイルはイタズラっ子のように舌を出す。

 この場合気づかずに先行した彼女達も彼女だが、同じく自分達が取り残されていることに気づかず、その上少しも待つということをせずに的はずれな方向へ歩き出したユーリの方が落ち度の割合は大きい。しかも現在本人は捜索そっちのけで半ば探検気分で城内をフラフラしているので妥当な罰だろう。……リイルを守るためとはいえ、いつも心配をかけてくる彼に対する意趣返しという思惑が入っていることも否定は出来ないが。

 一行はユーリを探しながらも本来の目的に戻った。

 城内の様子はリイルにとっては新鮮なものばかりだった。

 自分が住んでいた屋敷と比べ物にならない広さ、行き交う使用人達、建物の建築様式(置物等がやや邪魔をしていると思ったが)。

 ユーリとイルの心配を忘れてはいないものの、リイルは熱心に城を見学した。

 初めて街に出た時と同じだ。知らなかった事や物を知るということは、自分の世界が広がるということだ。それがたまらなく楽しい。

 一方でユリアは、自分の主に優しい視線を向けつつ、ルクルーシェがリイル達を城へ連れてきた意図を測っていた。

 昨日のやり取りから、リイルが家族と向き合ってルクルーシェの同志となることを決めたら城に連れて行くつもりだったことは明白だ。

 しかし、こう言ってはなんだが、リイルは何も知らない世間知らずなお嬢様だ(扱いが相応だったかは別として)、少しでも味方が多く必要というのはルクルーシェの目的からすれば妥当だが、教皇猊下に合わせたり王女自ら城の案内を申し出るとなるとあまりに妙だ。


「何故、我々に対してここまでの応対を?」


 積み重なった疑問が、無礼なことだとつつも遂に口をついて出た。全ては自分が仕える主の為に。


「そう固くなるな。お前の疑問はもっともだ」


 ルクルーシェにその辺を気にした様子は無い。そもそも彼女にそんな事を気にするような気質は無い。実際にユーリとはお互い結構フランクリーに付き合っている(最低限の礼儀は守っているが)。彼女としては色々と考えを巡らしているであろうユリアがやっと話してくれたという心境だ。


「我は同志は多い程良いと言ったが、勿論誰でも良いと思っている訳は無い。最近精霊師団に多い選民意識に凝り固まった者や、先程のジャギル伯爵のような己の保身と私欲のみを考えて媚びへつらう風見鶏などはもっての他だ」


 最もな話だ。

 その点ではリイルは善良で優しく、そして前向きな意志も見せた。人格としてはこの上なく好ましいと言えるだろう。

 だがリイルは、貴族という家の力を始めとした個人としての力等持っていないに等しい。一国の王女であるルクルーシェがリイルにここまで構う理由は無いのだ。


「そう勘ぐるな。リイルをあの屋敷から連れ出したのは本人の世界を広げ、見識を深めて欲しかっただけだ、同士が世間知らずというのも困りものなのでな。他には何人かの同志に会わせたりと目的は多数あるが、少なくとも我はお前達を特別優遇しているつもりは無い。だから、我はお前の危惧しているような意図など欠片も抱いていない」


 そう言ってルクルーシェは真っ直ぐ逸らすことなくユリアの瞳を見つめる。

 ユリアはそれ以上何かを言うことなく一歩後ろに下がった。

 満足気に頷くルクルーシェといつも通りに戻ったユリアに、いまいち話の内容が分からなかったリイルは首を傾げるしかなかった。

 それからは概ね穏やかに城の散策は続けられた。

 そろそろルクルーシェが政務に戻るということだが、歩き回っても結局ユーリとイルが見つからず、さてどうしようかというところで一行は会いたくない相手が見えたところで一斉に顔を曇らせた。


「おや? ルクルーシェ姫殿下ではありませぬか」

「……ジャギルか」


 ユーリが心の中でカエルと呼称していた王子の腰巾着である。


「姫殿下、このような場所で一体何を?」

「客人を案内していたところだ」

「む、まだ続けておいででしたか。先程は考えもしなかった可能性だったのですが、何故姫殿下が自ら?」

「お前には関係あるまい」

「いやいや、私はこれでもこの国を預かる貴族の一人、姫殿下と関係が深い者へと気を配るのは義務でありましょう。相手がいち貴族の、しかも欠陥品扱いの令嬢というのなら尚更――」

「ジャギル、それは我の客人に対する侮辱か?」


 触れてはいけないものに触れてしまったかのように。

 割り込んだルクルーシェから発せられる声は腹の底から響き渡るように低かった。直接怒りを向けられていないユリアとリイルでさえ息を呑んだ程である。

 それを直接向けられたジャギルは一瞬だけ情けない悲鳴を上げたが、すぐに取り繕って中身の篭っていない謝罪を述べる。


「こ、これは申し訳ありません。しかし、姫殿下に悠長に客人を案内する時間がおありなのでしょうか?」


 王族、しかも胆力がトンデモないルクルーシェの怒りを向けられたとは思えない立ち直り様だった。

 これは彼が王位継承権第一位の第一王子と懇意にしていること、精霊師団の動向に関する権限の一部など国の中枢に関わっていて王女といえどそう易々と罰を処することが出来ない等様々な事情が存在する。

 その諸々をしっかりと理解しているルクルーシェがそのまま怒りを爆発させることは無かった。ただし、ジャギルへと向けられる視線は畜生でも見るかのように冷たくなっていたが。


「単に案内をしていた訳ではない。城内の様子を視察、城の者の働き振りを観察して適切な指示を出すのも仕事だ。現在この国が直面している問題の事も忘れてはいない、例えば帝国などな」


 帝国の件でジャギルへ意味ありげな視線が向けられるが、当の本人は素知らぬ顔で頷いた。


「然りですな。しかし、帝国の野蛮で邪道な機巧騎士など、我らが誇る精霊師団の敵ではありますまい。その中の、私の直接指揮する師団の様子を今から確認しようと思いましてな。姫殿下もどうでしょう? 自国の兵の様子を見ておくのは無駄ではないと思われますが」

「悪いが用事があってな。遠慮させてもらう」


 まるで自分の軍であるかのようなその語り用にルクルーシェは内心溜息をついた。

 そして、ジャギルが直接指揮権を持つ師団の面々を思い浮かべて更に憂鬱になる。

 貴族が多い精霊師の中でも、特に(悪い意味で)貴族らしい者ばかりが集まった集団。

 立場が上の者には媚びへつらうが、身分の低い者をとことん見下す者達。プライドばかり高いくせに、実力は微妙という金の無駄遣いとしか思えない者達。

 それでいてジャギル伯爵のような腐敗した貴族の覚えは良いものだから始末に困る。そんな師団だった。

 正直、全く安心できない。まだ自分が単身最前線で戦う方が安心できそうだ(言うまでもなくそんな事は実行すら出来ないが)。

 そんな事を考えていると、微かに剣戟の音が聞こえてきた。


「ん……?」


 聞き間違いではない。確かに聞こえている。

 それが精霊師団の訓練する時に聞こえる音であることはすぐに理解したが、それが妙に気になったルクルーシェはそちらへ足を向けることにした。


「すまない、少し寄り道をする」


 突然のことに少し反応が遅れるリイル達だが、一拍置いてルクルーシェの後を追う。そして何故かジャギル伯爵まで付いてくる。

 少し歩くと全員が剣戟の音を耳にしたようで、ジャギルとユリアは訳知りな表情を浮かべた。音は聞こえるがそれが何の音なのかよく分からないリイルはユリアの説明で成程と頷いた。

 そして見えてきた同じ制服を着た集団。

 その集団を目撃した瞬間、一同は揃って別々の理由で目を丸くした。


「どぉりゃあー!」

「ぐあっ!」

「くそっ! 一体何なのだこの執事は!」

「……あにさま、頑張って」


 何故なら、大勢の精霊師団員に混ざって、どこからどう見ても執事にしか見えない少年が見慣れない衣服を着た少女の声援と共に、支給品の量産剣と黒い棒(にしか見えない)をそれぞれの手に持って大立ち回りをしていたからである。

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