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精霊の執事  作者: 3608
王都で陰謀に的な
34/68

舞台移動的な

 誰もが一度なら竜やグリフォンみたいな幻獣に乗って空を駆け回ってみたいという妄想に駆られたことがあるだろう。

 しかしよく考えてみると、騎乗具もなし(熟練した人物ならともかく)にそのまま背中に乗っていて快適な空中飛行が楽しめるだろうか。飛行機とは違うのだ、風が直に吹き付けてくるわ気を抜いたら即真っ逆さまだという緊張感なりで楽しむどころじゃないんじゃないだろうか。

 ちなみに僕はもろそんなタイプだったようで。


「下を見たらダメだ下を見たらダメだ下を見たらダメだ下を見たらダメだ……」


 目を瞑ってジャガーノートの身体に必死にしがみついています。

 最初は興奮冷めやらぬという感じで気にしなかったんだけど、しばらくすると自分が飛行機並みの高さにいる事を思い出して、そして今自分が乗っているのが飛行機のような安心安全な乗り物ではなく、乗り心地が不安定な竜の上だということを認識したらもうダメだった。

 吹き付ける風は吹き飛ばされそうというほど強くはないけれど、その拍子に目に入る景色が数千メートル先の地面だと恐怖を倍加させる要素でしかない。

 ――なのに。


「ほう、歌とな。アルシュラが気に入るほどだ、よほどのものだったのだろうな」

「そんな……、たまたまですよ。それにユーリとユリア、それに楽団の方たちが一緒にいてくれたからあんなに良い曲になったんです」

「謙遜も過ぎると嫌味になるぞ、誇るべきところでは誇らねば」

「……リイルの歌は綺麗」

「イル、わたくしの手を離さないように」


 何故こうも女性陣たちは平然としていられるのでしょうか。

 お嬢様は最初は僕にしっかりと抱えられていたのだけれど、しばらくしたらルクルーシェ様に促されてユリアさんの支えを借りながらそのままお話タイムに(ユリアさんが持っていた車椅子は現在ロープで僕の身体に括りつけられている)。

 そのまま時折イルやユリアさんの合いの手を交えながらずっと談笑している。ここが高速飛行する竜の上だということを忘れさせるような朗らかさだ。


「それにしてもお前の使用人達は優秀だな」

「え、えへへ……そうですか」

「自分が褒められるよりも嬉しそうだな……。こほん、あの屋敷はそこまで大きなものではないが、それでもたった二人で管理をするのは相当に厳しいはずだ、そうだな?」

「それがわたくしの仕事なのでお気になさらずお願いいたします」

「くっく、詮索はせん。環境には恵まれずとも人材には恵まれていたというところか。先程の一撃は見事だったぞ、流石アスラというところか。それはあいつもだが……」


 四人の視線がこちらを向いた気配を感じた。


「力の割には気が小さいな」

「まったく、情けない……」

「あにさま……怖いの?」

「大丈夫! ユーリはヘタレでもいいところが沢山あるの知ってるから!」


 四人の容赦のない言葉が僕をブスブスと突き刺していく。言い返したくても怖がりながら必死にしがみついている今の状況だと説得力皆無で、情けなくて涙が出そうだ。


「さて、そろそろ王都が見えてくる筈だが……」

「ルクルーシェ様、このまま王都に近づいてもよろしいのですか?」

 

 ユリアさんがもっともな疑問を呈する。街の人達からしてみれば巨大な竜が飛んでくるのだ、パニックになってもおかしくない事になってしまうはずなんだけど……。


「平気だ。王家の権威の誇示という名目で公的に何度かジャガーノートの姿を晒している。街の殆どの者は黒い竜が我の契約精霊であることを知っているはずだ。注目はされるであろうが……まあ、我と共にいる以上は避けられまい。っと、見えてきたぞ」


 何がとは分かりきっているだろう。

 ジャガーノートの鱗に固定していた視線を恐る恐る前方に向けて見ると、変わりのない景色の一角にポツンと点が生まれている。

 それは進行速度に合わせて大きくなり、すぐに街と認識できるまでになる。

 つまり――もうすぐこの地獄の空の旅から解放される!

 今までの長く辛い時間に正比例するように、安堵と喜びが大きな塊となって胸中に飛来する。

 次の瞬間、二つの出来事が起こった。

 

「――ん?」


 ふと、体が何かを突き抜けたような――何かが違う場所へ飛び込んだような違和感を感じた。しかしその感覚はすぐに消えてしまった。違いが微々たるものだからなのか(そもそも何が違うのかもよくわからない)、それとも単なる気のせいなのか、今は判断できなかった。

 もう一つ、差し迫って大変なのはこっちかもしれない。

 それは――急な感覚の刺激に反応して反射的に身を起こして捕まっていた手を離してしまったことだ!


「うおぁああああああああああ!」


 そのまま後方へ流され、ギリギリでジャガーノートの尻尾を掴むことに成功した。

 しかし、曲がりなりにもちゃんと捕まっていられた背中とは違い、手で掴むしか出来ない尻尾だと僕の身体の大半は空中でブラブラと揺れまくる。下手な絶叫マシンとは比べ物にならない怖さだ。


「し、死ぬぅううううううう!」

「もう街は目の前だ! 降りるのも馬鹿らしい! もうしばらくはそのままで我慢していろ!」


 それはまさに地獄行きを宣告されたようなものだった。

 ラストスパートのつもりなのか、更なる加速による僕の振り回され具合は常軌を逸していた。天地も分からなくなる景色の激動は、もう二度と見たくないと思った。


 ◆


 しばらくの空中きりもみ大遊泳の後、ようやくスピードが緩やかになって憔悴した気分で下を見下ろすと、街の端へと差し掛かったところだった。

 遠目で分かりにくいけれど、住民は一人残らず上、つまりこちらを見ていた。巨竜が街の真上を飛んでいるんだから仕方無いと思うけど。

 次いで聞こえてきたのは、かなりの距離があるにも関わらずはっきりと耳に届いてくる大音量。それは恐怖の叫びではなく、純粋なる歓声だった。街全体から聞こえてくるそれは、ルクルーシェ様が民衆に慕われていることを雄弁に語っていた。

 まるで凱旋のような騒ぎの中、ジャガーノートは城の中庭の一角へと着陸していく。

 ルクルーシェ様の帰還は城からも見えていたようで、僕らが降りるなり走り寄ってくる人物が一人。


「姫殿下~~~~!」

「おお、ジイか」

「『おお、ジイか』ではありませぬぞ! 言葉巧みに王から言質をとり、姫殿下が自ら異常があった地域へ調査へ行ってしまったと思えば、ジャガーノートに乗っての帰還とは! 少しはご自分の立場をお考えくだされ!」

「あそこの調査は早急に行われるべきだったのだ。精霊師が動けないのなら我が自ら動くしかあるまい。それに、自らの目で確認をした方が情報の精度は上だ」

「い、一応は筋が通っておりますが……。それではジャガーノートに乗っての帰還にも何か理由が?」

「それはだな……」

「それは?」

「気の赴くままにな」


 ガックリと肩を落とすジイとやら。この人からは苦労人の匂いがする、僕とは気が合いそうだ。


「そう気を落とすな。理由が無いわけでもない」

「して、その心は?」

「できれば早めに戻ってきたい理由があってな」


 ルクルーシェ様がこちらを向いて、その人は初めて他にも人がいることに気づいた様子だ。


「む? そちらの方々は?」

「ジュレリア家の長女と、その従者達だ」

「ジュレリアですかな? ジュレリア家に令嬢がいたとは全く存じ上げておりませぬが……」


 お嬢様はあの屋敷から全く出ていなかったんだ。当主達が外でお嬢様の事を口にするとも思えないし、存在そのものを知らなくても無理は無いだろう。


「詮索は無用だ。心配するな、この者達は信用できる。客分として丁重に扱ってくれ」

「御意。失礼いたしました。わたくしはルクルーシェ姫殿下の世話役を努めているアルバートと申す者です。どうぞお好きにお呼びくだされ」


 だったらお言葉に甘えて。ルクルーシェ様はジイと言ってるから、僕はじいやさんと呼ばせてもらうことにしよう。鉄板だよね。

 

「それにしても先程から気になっていたのだが、やけに城内が慌ただしいな?」


 言われてみればさっきからチラチラと見え隠れする城努めらしき人達は、誰も彼もが忙しそうに走り回っている。お城なんて初めて来たから、これが平常だと言われればそれで納得するけれど、ルクルーシェ様の様子だとそれも違うみたいだ。

 そのことを指摘されてじいやさんはハっと思い出したように、


「そうなのです姫殿下! 今城内で大変なお方が滞在なさっているのです! 姫殿下に御用のようだったのですが、不在を知るとしばらく待たせてもらうと……!」

「我に用事だと? 自らの都合で城の者に無茶を言える人物など限られてくると思うが……」

「それがまかり通る御仁なのです」

「ジイが言うのならそうなのだろうな。ふむ、戻ってきて早々あの愚王と顔を合わせるのもなんだ、帰還の報告は後回しにして我に用がある方と会おうか」

「姫殿下、それは問題になりますぞ」

「なるまい。あいつが今更そんな事を気にするとも思えん。どうせ今もどこかの腐った貴族と宝石でも目利きしているか、どこぞの珍しい料理でも食い漁っているのだろう? いや、滞在している相手によってはそちらに顔を出しているという線もありか。それとも後宮か? どの道ロクなことはしておるまい」


 ルクルーシェ様の口から次々と出てくる酷い推測の数々、まさに欲望に浸かった生活だ。しかも、じいやさんが微妙な表情をしているところを見ると、どれかが当たりらしい。こんなので国が回るんだろうか。ルクルーシェ様が何もしなくてもいずれ民衆あたりが決起でも起こしそうな惨状だ。


「それに、我の不在に出直すのではなく待っているというのも気になる。一体誰が待っているのだ?」

「神聖アルス聖国の教皇、ウルスラ猊下でございます」

「「えぇ~~~~~~~~!?」」


 僕とお嬢様の驚愕の叫びが響き渡った。


「何? あの出不精がわざわざ出向いてきたのか?」

「ひひひひ姫殿下! 誰かに聞かれでもしたら……」


 聖国の教皇って地球で言うローマ法王みたいなものだよね、一国のお姫様とはいえ、こんな不遜な物言いをしても大丈夫なんだろうか。……じいやさんの慌てぶりを見るに、大丈夫じゃなさそうだ。


「まあ落ち着けジイ。何はともあれ、急いだほうが良さそうだな。あいつが何の用事も無しに聖国から離れるとも思えん。お前達は……そうだな、一旦客間で待っていてもらってもいいのだが、折角だから一緒に付いてくるか?」

「え……と、わたし達がご一緒してもよろしいのでしょうか?」


 お嬢様のもっともな質問に、ルクルーシェ様は自信気に頷いた。


「構わん。あいつは我が信用している者なら信用するし、重要そうな話なら同志には知っていてもらいたいのだ」

「猊下に対してあいつなどと……」


 じいやさんの苦言は華麗にスルーされた。

 僕達はしばらく目線だけで相談していたけれど、一国のお姫様にこうまで言わせて断るのも気が引ける。

 代表してお嬢様が肯定の意を示した。


「決まりだな。では行くとしよう。ジイ、彼らの部屋を用意しておいてくれ」


 じいやさんは「御意」とだけ応えると、何処かへ行ってしまった。

 残された僕らは先行するルクルーシェ様に付いていく形でお城の中を歩いていく。時折通りかかる執事やメイドが残らず頭を下げてくるのがなんとも落ち着かない。僕じゃなくてルクルーシェ様に対してなんだろうけど、ジュレリアの屋敷ではこんな決まりとかは無いため戸惑ってしまう。

 しばらくして歩くと、とある部屋の前に辿りついた。

 扉の脇には、何度か見たこの国の精霊師のものとは違う装束と防具を身に纏った、軍人の気配を感じさせる人物が二人、部屋を守るように立ちふさがっている。

 僕たちが近づくと扉を守るようにそれぞれが持っていた武器を交差させる。


「現在この部屋におわすは神聖アルス聖国教皇ウルスラ猊下であらせられる。貴君ら、何用か」

「この国の第一王女だ。ウルスラ猊下が我を待っていると聞かされてやってきた次第」


 守っていた人物の一人が「しばし待て」と言って部屋の中に入っていった。恐らく中にいる教皇に伺いを立てているんだろう。その間に気になった事を小声でユリアさんに訪ねる。


「あの人達って一体何なんですか?」

「精霊信仰の宗徒であり、聖国を守る役目を帯びた霊招師、その中でも教皇を直接警護する程の実力を兼ね備えた巫女と呼ばれる者達です」

「この国の精霊師団とその師団長みたいな感じですか?」

「この国では王族を警護する役割を持っている近衛精霊師団という師団が別に組織されています。ルクルーシェ様に付いていた方々も近衛精霊師の方々だと思われます」

「一国の王女なのにあんな言葉遣いでいいんですか?」

「精霊信仰は大半の国の国教になっている大宗派です。いくら我が国の王族とはいえ立場はあちらが上でしょう。そして彼女達が忠誠を誓っているのは教皇猊下のみ。それが慣例となっており、巫女が王族にあのような態度を取ることも珍しくはありません」


 最後に「まあ、いい顔をしない者も多いようですが」と付け加えてユリアさんは視線を戻した。

 ふむ、この世界では教皇の護衛=巫女っていう認識みたいだ。僕の知っている巫女とは役割が違うけれど、宗教の偉い人に仕えるっていう点では合っているのかもしれない。

 ちょっとした疑問が晴れたところで、中から巫女さん(注:巫女服は着ていない)が出てきた。


「確認が取れた。猊下のご希望により我々は同席せぬが、万が一猊下に不遜な真似をいたせば、王族とはいえ我らは容赦せぬ」


 威嚇するように僕達を見据える巫女さん達。かなりの威圧感を放っているにも関わらずルクルーシェ様はそよ風のように受け流して扉を開く。

 位置的に僕が一番後ろだったので僕が扉を閉める。


「中々に時間がかかりましたね? ルクルーシェ」


 穏やかな声を発したのは、白を基調とした高位だとひと目で分かる神官服を身にまとい、揺ぎのない瞳でこちらを見据える女性だった。流石は世界単位で信仰されている国教の宗主だけあって、ルクルーシェ様とはまた違った威厳を見せる面立ちだった。

 そして――この場に立つもう一人の声が鈴の音のように響く。


「すれ違った因果は時を経て再びあいまみえました。早急な巡り合い、嬉しく思います、人の王族よ」


 それは、アスカさん、イルに続く、三人目の同類だった。

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