竜的な
「りゅ、竜種の精霊だ!」
その言葉を皮切りに、精鋭であるはずの精霊師達が悲鳴じみた声を上げる。
無理も無いとは思う。
初日に僕とユリアさんに絡んできた精霊師の内の一人が呼び出した大鷹は大の男並の体躯を持っておりかなりの力がありそうだった。
しかしそんなもの、今湖に出現した二体の精霊が持つ気配の強さに比べたら、吹けば飛ぶ存在のようなものだ。まさに格が違う。
精霊師の基準があれくらいだとしたら、今この場にいる精霊師達だと相手になるかすら怪しい。
「臆するな! 精霊を呼び出して陣形を組め! 栄えある精霊師がただ怯えるだけとは何事か!」
指揮官の顔でテキパキとクラウさんは激を飛ばす。
それに従ってそこかしこから詠唱が聞こえ、幻獣や見たことのある動物(ただし比率がおかしい)が入り混じって姿を現す。あれが全部精霊だとしたらさぞ壮観な眺めだろう、こんな状況でなければ。
「くそっ、あの秘宝……明らかに目的以外の精霊も呼び出しているな……。しかも竜種が二体とはやってくれるっ……!」
「でも見た感じあの二体から魔霊みたいな気配はしませんけど……」
とはいえ明らかに友好的な雰囲気じゃないんだけど。
「魔霊ではないでしょうが、あれは恐らく暴走していますね」
「当たり前と言えば当たり前だがな。契約しようとする人間も居ない状態で道具の作り出した陣で無理矢理呼び出されたんだから暴走しても無理は無い」
「要はまた荒事なんですね」
僕は執事であって騎士じゃないのに、ユリアさん共々なんでこんなに荒事に巻き込まれているんだろう。
まあお嬢様を守ることに躊躇いは全く無いんだけど。
精霊師達が精霊を呼び出したことで敵意を向けられたと判断したのか、二体の竜の内の一体が(クラウさんが名前を言っていたけれど僕にはどっちがそうなのか判断できない)自分の身体を起点にして津波を起こした。
津波は凄まじい速度で広がり、あっという間に岸へ到達する。
マズイっ! これだと躱しきれないっ!
結構本気で冷や汗をかく僕の前で、さっきからやけに威厳を見せる師団長が遂に本気を出した。
「天空を駆ける鳥の王者! 烈刃の魔風と共に姿を現せ! 『ガルーダ』!」
僕達に迫っていた津波が、突如飛散した。
それを成し遂げたのはあたりに吹き荒れる暴風の源。
僕達の前に立ちはだかるのは金色の巨大な鳥。
クラウさんが騎乗するその精霊は、目の前の二体の竜の精霊に勝るとも劣らない気配の強さを感じさせる。
けれど、今の津波で精霊師の約半数が戦闘不能だ。空を飛べる精霊に乗って空へと逃れた者、クラウさんの精霊――ガルーダの御蔭で無事だった物以外は津波に巻き込まれて木などの障害物に思いっきり叩きつけられて気絶している。
追い討ちをかけるようにもう一体の竜が口から水流の塊を飛ばしてくる。もはや水の大砲だ。
それをガルーダがまた暴風で弾く。
一通りの攻撃を終えた竜二体は、その巨体をこちらに近づけてくる。
さすが師団長であるクラウさんの契約精霊だけあってガルーダはかなりの力を持っている。少なくとも目の前の竜に引けを取っているようには見えない。
けれど、相手は二体、現時点での最高戦力であるクラウさんと互角の相手が複数だというのなら戦況がマズイというのは当たり前だろう。
精霊師達も、空から陸から様々な攻撃を仕掛けるも、多少の傷を負う程度で進行が止まる気配は無い。しかも散発的に飛んでくる攻撃で残り少ない戦力が更に削られていく。
遂に竜達が岸のすぐ傍までやってくる。それでも両方共その速度を落とす様子は無く、どうやらタックルでもカマしてくるつもりみたいだ。
後ろにお嬢様とシューラ様がいる僕達に避けるという選択肢は無い。
となれば僕達がやることは一つ。
「ソーシェルド様! 片方をお願いします!」
「そちらはどうする気だ!」
「方向を逸らす程度なら可能です!」
「くそっ、どの道俺には両方を止めることは出来ん! 頼むぞ!」
言うなり、クラウさんとガルーダは向かってくる一体の前に立ちはだかる。一対一なら押し負ける事は多分ないだろうから、問題は残ったもう片方、というか絶賛僕達に直撃コースまっしぐらな方の竜をどう対処するかだけど……。
「ユリアさん、方向を逸らすって言ってましたけど何か策でもあるんですか」
僕の疑問に、ユリアさんはあっけらかんと答えた。
「わたくしとユーリさんが全力で殴れば流石に突進の方向くらいは変えられるでしょう…………恐らく(ボソッ)」
「やっぱりそんなんですよねー!」
泣きたい気持ちで半ばヤケクソ気味な声を上げている間に、もう竜は目の前まで迫っている。
「で!? どっちに逸らすんですか!?」
「右です! 同時にいきますよ!」
間近に迫った竜のドアップはかなりの迫力だ。けれどここでビビったりして力が入らなかったりしたら後ろのお嬢様達が危険だ。
守るべき人達を意識しながら、僕とユリアさんは拳を構え、
「「はぁああああああああああ!」」
全力で竜の横顔を殴りつけた。
僕とユリアさんが全力で殴りつけたにも関わらず、竜の突進方向はほんの少し逸れただけ、傷らしい傷なんて全く負っていない。前に戦った魔霊とはえらい違いだ。
「今だ! 隙ができた竜を叩け!」
クラウさんと対峙していた竜はノックバックしたように仰け反っており、クラウさんはそれに追撃を加える。
そして僕らが弾いた竜は、その長い胴体を陸で待ち構えていた精霊師達に晒している形になっている。
残った数少ない精霊師達はその隙だらけの竜に武器やら精霊やらによる攻撃をしている。精霊師達の持っている武器が炎やら雷やら風やらを纏っていたり、精霊師自身の動きもちょこちょこと人間離れをしているのは精霊の力の一部なんだろうか。
流石にそんな攻撃をモロに喰らいまくっていると効くのか、竜は胴体を振り回して水弾を飛ばしまくる。
精霊師達は更に脱落していき、僕とユリアさんはお嬢様とシューラ様を守るので精一杯だった。
そして陸に首を投げ出した竜が元の体勢に戻り、互角の戦いを繰り広げていたクラウさんの方も一旦離れて竜二体と僕達が睨み合う。
「流石に竜種の精霊二体はキツイな……」
「そろそろ僕達じゃ限界が近いですよ。精霊師の人達も全員やられちゃいましたし」
「一般人の方々はもう逃げ終わったようです。わたくし達も一旦この場を離れて応援を呼ぶべきかと思われますが」
「……確かに現時点ではそれが最善か。俺が片方を抑える、すまないが片方の竜の牽制を頼む」
「けどお嬢様が――」
僕達が竜に対処していたらお嬢様の車椅子を押すことができなくなる。そう言おうとしてお嬢様の傍にいたシューラ様が声を上げた。
「リイルちゃんはわたしが押すから~~~~!」
小さなお姫様は、その頼りない存在を大きく主張するように手を大きく振っている。
「……ああ言ってますけど」
「どの道現在ソーシェルド様以外でまともに戦えるのはわたくし達だけです。姫殿下に任せるしかありませんね」
「決まったな。……皆聞け! この場から一旦退却する! 動ける者は動けない者に手を貸して離脱せよ! 二体の精霊達は俺達が抑える! 速やかに――」
クラウさんが言い終わる直前だった。
ザバァアアアア!
つい先ほど聞いた音が湖から聞こえてきた。
この場にいる全員に絶望が広がる。
――ガァアアアアアア!
それは――三体目の竜だった。
新たに出現した竜はまどろこしい事は無しとばかりにいきなりこちらへ猛スピードで近づいてくる。
「クラウさん!」
「そんなもの見れば分かる! しかし俺は一体が限度だ! お前達はなんとかならんのか!」
「わたくし達では二人がかりで逸らすのがやっとです! もう一体を相手にする余裕などありません! ユーリさん!」
「ああもう分かりましたよ!」
通用するか正直微妙だったし、何より人の目が多過ぎたから使わなかったけれど、今はそんなこと言ってられない。都合のいいことに三体目の竜の精霊が現れたことでショックの余り、ギリギリ意識を保っていた精霊師達は軒並み気絶してしまっていた。クラウさんとシューラ様にばれるのはこの際仕方がない。
僕は手に意識を集中させて僕の王霊の武器である霊器――桜模様の扇を呼び出す。
「なっ!?」
「ソーシェルド様っ、説明は後でなさいます! 今は目の前の敵に集中を!」
絶句するクラウさんを横に、生み出した桜の刃で一体に攻撃しながら、迫り来る方の竜にも桜を飛ばす。
流石は霊器で生み出した桜、精霊師達でもかなりの威力で攻撃しないと傷つかなかった鱗があっさりと切り裂かれる。
けれど、この前のサイクロプスのようにちょっとやそっとの傷だと怯むことすらしない。サイクロプスよりもずっと大きいその巨躯だとそれがさらに顕著だ。
しかも、新たな一体が近づいてくると同時に他の二体が口を大きく開いてこちらに向けてくる。
クラウさんとガルーダが迎撃の準備を取る、僕とユリアさんはブレスに対する対処は出来ないので突撃してくる竜へ、そして残った竜に対処する者はいない。
――万事休すだ。
その瞬間だった、この場にいる誰のものでもない声が辺りに響いたのは。
「全てを弾き、全てを切り裂く刃。火と地を司りし鋼の王。名を――『イシルディン』」
『ガルーダ』――インド神話に登場する神鳥です。神話だと鳥人という感じですが、ここで出たのは100%鳥です。知り合いの精霊が空を飛べると便利そうなのでこれをチョイスしました。




