残念な魔女さん(見た目)的な
6月7日
ユリアが自分の事をユリアさんと言っていた部分→ユーリさんに変更
花を売ってまとまったお金を稼げたらいよいよ車椅子に使う材料を揃えないといけない。
空になった背負子(ついでに他の花も全部売っていた。五割増で)を背負って僕達は現在細かい部品を作れそうな職人がいる店を探していた。
ちなみにクラウさんは今度は本当に部下に呼ばれたらしく、あの場で別れた。
彼は僕達が仕えるお嬢様については何も聞いてこなかった。
僕達の言動から、僕達の仕えるお嬢様が屋敷を出ることが出来ないという事くらいは察せた筈なのにだ。
ジュレリア家は格の高い大家で結構名も知れ渡っているらしいから、既に事情を知っていたのかもしれないけれど、それでも深く踏み込んであれこれ聞いたり下手に同情的な事を言わないようにしてくれたのはありがたかった。
軍のお偉いさんで祭りが終わったらこの街から本来の仕事場へ戻ってしまうらしいけれど、あの人とは気の置けない友人関係を築きたいと思う。こっちに来てから男の知り合いいないしね。
閑話休題。
木は草花の王霊である僕なら簡単に調達出来るけれど、長時間体重が掛かることに対する耐久性が心配なので却下だ。
用途的には軽くて丈夫というのが理想だけれど、そんな都合のいい素材がこの世界にあるんだろうか。地球にはお手頃価格で存在していた物はその大半が科学技術の賜物だったのでこの世界だと期待できない。
取り敢えず今はお嬢様を祭りに連れてくる事が最優先だから、いっそのこと軽さは度外視して丈夫さだけを視点に入れようか。
そうなると車椅子のフレームはパイプは技術的に難しくても、普通の金属柱ならいけるだろうか。
背もたれと座面になるシートは……家畜か何かの革を使おう。ちょくちょく毛皮を見かけるから探せばある筈。
一番の問題は車輪だ。
取り付けは街をゆく馬車を参考にすればいいだろう。
しかし見た感じゴムタイヤを使った車輪というのは見当たらない。あったら違和感が凄いと思うけど。
スポークが木製なのはまあ仕方がない。記憶にある針金のようなスポークを再現しようと思ったらお金も時間もとんでもないことになるだろうし。
が、ある程度の舗装がされた道でもかなり凸凹しているこの世界だと、車椅子に使う車輪にはタイヤは外せない。
ゴムというのは元は木の樹液を固めたものだ。いっそのことそこら辺に生えている木を片っ端から……という危なくなり掛けた思考を頭を振って追いやる。
何もゴムにこだわらなくてもいい、ある程度の弾性と耐久性がある物質なら代用出来そうなんだけど……。
「見えましたよ。あそこなら細工の類はお手の物の筈です」
思考の海に潜っていた僕を引き戻したユリアさんが指差した先には、入口にくたびれた燭台の看板を取り付けた老舗感溢れる店が鎮座していた。
ユリアさんに付いて中に入ると、すぐに前言を撤回した。
老舗じゃない、ただ単にボロっちいだけだった。
店全体が埃っぽく、壁などは色褪せて所々ヒビも入っている。
そして祭りの最中だというのにまるでここだけが別世界であるように客がいない。まさに閑古鳥が鳴いている。
更に言うなら、並んでいる商品がもはや意味不明だ。
何が並んでいるんだって? 答えは分からない、だ。
なんとか使い方が分かりそうな物も混ざっているがそれも一部だけ、大半が用途不明の奇っ怪なオブジェにしか見えない。
一体ここは何屋なんだろうか。並んでいる商品だけで判断できたらその人は天才だと断言できる。
そんな混沌とした店だが、店番をしているのは性格の良さそうなかなりの好青年だった。
「失礼、店主はいらっしゃいますか?」
「え? あ、すぐにお呼びいたします。おやぶ~~~~ん! 来客で~~~~す!」
突然声を掛けられた店番の青年は少し慌てて店の奥に引っ込んでいった。
慌てながらも行動は早かったから彼もユリアさんと知り合いなのかもしれない。
気になったのは店主を呼ぶ声が『店長』でも『親方』でもなく『親分』だったということだろうか。
立場が上の人間に対する故障は数あれど、親分という呼称など物語で見る賊が使っているところしか見たことがない。
どんなごつい男だろうと若干身構えていたのだけれど、呼ばれてやってきたのは妙齢の女性だった。
絵に描いた魔法使いのような服装を身にまとったその人は、整ったスタイルとミステリアスな雰囲気が相まってこの上なく蠱惑的な印象を受ける。
「はいは~い、このわたしを呼びつけるなんて一体どこのどいつ…………」
「久しぶりです、ヴェル」
「…………」
ヴェルと呼ばれた女性は黙って会計台の向こう側からこちら側へ移動し、そのままピッタリと膝を合わせて折りたたみ、手を四十五度に開いた状態で頭と共に床へつけた。
……完璧だった。
「今の醜態は見なかったことにしてくださいませ、ユリアの姉御」
ミステリアスどこに行った。
「あの~、ユリアさん? こちらの残念臭のする魔女さんは一体……?」
「ん? 姉御、こちらの方はまさか同僚?」
「ふむ、この機会にお互いを知っておくべきかもしれませんね。この先ユーリさんだけでここを訪れることになるかもしれませんし」
なるだろうか? 正直こんな意味不明な店に来る用事が何度もできそうにない気がするんだけど……。
ユリアさんが位置をずらして僕と魔女さんがお互いに見えるようにしてから、まずは僕の方をさして紹介する。
「こちらは変態です」
「人を侮辱するのも大概にしたらどうですかねぇ!? いくらなんでも初対面の相手にその紹介は酷くありませんか!?」
初めて顔を合わせた時に一番大事な第一印象が最悪になってしまうじゃないか。
最悪の紹介をしたユリアさんは僕の抗議もどこ吹く風、こんどは魔女さんを紹介してくる。
「こちらは変人です」
「それはわたしのどの部分を指してるんでしょうかねぇ!? よく人を紹介するのにその単語を選択しましたね!?」
はた、とお互いに酷い紹介をされた僕と魔女さんの視線が交差する。
「「…………」」
そして初対面にも関わらず、お互いに言葉を交わさずに、意思を共有させて固い握手を交わした。
こっちの世界に来てからこれほどシンパシーを感じたのは初めてだ。いきなり無言で握手しだした僕と魔女さんにユリアさんと店番さんが若干引いているのも全く気にならなかった。
ユリアさんが咳払いで場の空気を整え、改めてちゃんと紹介してくれる。
「ヴェル、察しの通りこちらはわたくしの新しい同僚の執事のユーリです」
「着る服の性別から間違ってない!?」
そりゃごもっとも。
何だか初めてまともなツッコミを受けた気がする。
今までの僕の数少ない知り合いは皆一癖も二癖もあっただけに、普通の人柄を持った知り合いになってくれそうな人と巡り会えたことで気分が上向きになる。
「ユーリさん、こちらはこの店『デヴェロップ』の店主であり唯一の鍛冶師であるヴェルです」
「意外すぎるわ! なんでここまで魔女然とした人がよりにもよって鍛冶師!?」
上向きになった気分は鋭い山を描いて下降した。
僕の衝撃が分からない人は、自分の思う魔女という人物を頭に描いて欲しい。そしてその人にハンマーで鋼材を叩かせてみてほしい、場所は鍛冶場で。
物凄い意外さと不自然さが分かってもらえただろうか。
普通の知り合いが欲しいという切実にしてささやかな願いはこの世界ではとてもハードルの高い部類らしい。
閑話休題。
三度目のメイド服を着ている事情説明によりなんとか変態の汚名を削いだ後、ユリアさんがここに来た理由を教えてくれた。
この魔女鍛冶師ことヴェルさんは、鍛冶に限らず彫刻などの細かい作業もこなせるかなり腕のいい職人らしい。
しかし、困った事に彼女はありきたりな物(普通の剣や盾、鎧みたいな)を作るのが嫌いという面倒な思考回路を持っていた。
なので彼女が作る作品はこの店に並んでいる用途不明の不気味なオブジェのような物ばかり(技術的には結構な物らしいけど)。
ありきたりと言うと聞こえは悪いが、それはそう言われるほど需要があるということだ。そして変わった物ということは需要が無いということ。
そりゃあ店が繁盛する筈も無い。
しかしそれだと店が立ち行かない。
なので彼女はお金がヤバくなった時だけ、とんでもなく低いテンションで市場に回る量産品と同じ物を作って売りさばいているらしい。そしてそれをユリアさんが時々割高で売りさばいてくれるから頭が上がらないんだとか。
……ユリアさんが最初に言った変人という紹介もあながち間違ってないような気がしてきた。
なお、屋敷にある『熱が篭もりやすい鍋』や『どう見ても食事用にしか見えない暗器』などはここで買ったらしい。お安かったんだとか。
閑話休題。
ひとしきり三人でボケとツッコミを繰り返してから本来の目的を果たした。
「ふむ、ユーリ君の言っている形なら鉄柱を何度か曲げて接合すれば済むかな。自由に動く車輪とやらも車輪を二重に使えばなんとかなりそう」
「そうですかっ。……それで、お値段の方はどれくらいに?」
「そーだね……姉御、現在の持ち金はどれくらいですか?」
「これだけです」
ジャラリと革袋を持ち上げる。
ヴェルさんはそれが全財産だと知ると顔を曇らせた。
「……それの十倍は必要だよ」
「そんなにですか!?」
「鉄の塊というのは存外高いの。それにユーリ君の言うような構造の車輪を作るには手間がかかる。むしろ安いくらいだよ」
この世界では一週間は五日だ。
今から更にお金を稼いでからヴェラさんに各種の部品の制作に取り掛かってもらっていたら……祭りに間に合わない。
「あ、後払いとかは」
「……ウチは勿論、普通の店は後払いというのは受け付けない」
その答えに落胆しかけた僕にヴェラさんは「だけど」と続けてユリアさんの、そして僕の目を真剣な表情で見据えた。
「君にどうしても祭りに間に合わせたい理由があるのなら考えないでもないよ。君はどんな理由でわたしを納得させるの?」
これは彼女なりにチャンスを与えてくれているということだろうか。
ここで答えを間違えたらお嬢様に祭りを見せてあげることができなくなる。
必死に脳内で答えるべき理由を探すけれど、どんな理由ならこの人を納得させられるのか分からない。
僕と目的が同じなんだらユリアさんに助言を……駄目だ、ヴェラさんは僕に聞いているんだ、助言された答えなんかじゃあ納得しない。
あれやこれやと考えるけれどどれも何かが違う気がする。
結局口から出てきたのは、今僕がここにいる理由をそのままにしたものだった。
「喜ばせてあげたい人がいるんです」
「オッケー!」
「えぇえええええええええええええええええええ!?」
軽い! 直前までの空気が嘘のように軽過ぎる!
「だってユーリ君がここに来た目的って姉御と同じでしょ? 姉御の為なら後払いくらい何でもないよ。姉御が約束を反故にするとは思えないし」
「じゃ、じゃあなんでわざわざ……」
「わたしは姉御から簡単な事を聞いて事情はある程度知っているんだよ」
突然の告白に息を呑んだ。
ユリアさんがお嬢様の事を話していたのも驚きだけれど、この人がその上で僕を試すような事をした事実が重い意味を持っているような気がしたからだ。
「直接の面識は無いけれど、そのリイルっていうお嬢の為ならある程度の我が儘を聞き入れてあげたくなる程度には思い入れはある。姉御がお嬢の事を心の底から大事に思っているのは知っていたけれど、初対面の君は分からない。だから君がどんな子なのか確かめようと思ってあんな意地悪をしたんだよ」
「……それで、ヴェルさんから見た僕の評価は?」
尋ねると、ヴェルさんは真面目な表情を崩してニカッと清々しい笑顔を浮かべた。
「さっきもオッケーって言ったよ? うん、中々に一直線で良い子だと思うよ。姉御の同僚としてもお嬢の執事としても、君は良い影響を与えてくれそうだね。姉御とも上手くやっているみたいだし」
話に出されたユリアさんは我関せずを主張するようにそっぽを向いた。
子供に接するような褒め方に物申したい所はあるけれども、この年上独特の雰囲気を持った女性から言われるとそれが妥当なような気がする。
何より、今までのユリアさんとお嬢様の二人に僕が加わって三人になることを第三者から肯定された気がして素直に嬉しかった。
「色々と試さないといけない事があるだろうから作業にはすぐに取り掛かるよ。けど、君の言う車輪に取り付ける軟質の素材だけど、わたしには心当たりがない」
「それはこれから探しますよ。絶対に間に合わせてみせます。それに最悪、それ無しで組み立てます。乗り心地は最悪でも機能はちゃんと果たしてくれますから。だから、そっちはお願いします」
「わたくしからも。どうぞよろしくお願いいたします。そして、ありがとうございます」
僕とユリアさんに同時に頭を下げられてヴェラさんは照れくさそうに顔を赤らめた。
「ちょっとちょっと、まだ完成もさせてないのにお礼は早いよっ。それにこれはわたしもやりたいと思ってやることだから、ねえ二人共お願いだから顔上げてよ~~~!」
頭を下げられてあたふたするなんて本当に僕に似てるなーとは思いつつも、言われたとおりに頭を上げる。
「ユーリさん、そろそろ行きましょうか。車輪の素材探しと金策は未だに懸案事項のままですからね」
「そうですね。それじゃあヴェルさん、僕達はもう行きますね」
「うん、二人共頑張れっ」
笑顔で見送るヴェルさんの声援を背にデヴェロップを出ていこうとして、踏み出した足が何かを踏んづけた。
何かと思って拾って見てみると、それは表面が濁った何かの金属片だった。
「なんだこれ?」
「ユーリ君、空気読みなよー。そこは気になっても無視して出て行く場面でしょうが」
「まったくです。そんなあなたにはエアークラッシャーの称号を名乗る資格があります」
「ユリアさん、そこは普通に空気ぶち壊しだって言えば済むと思いますよ。で、ヴェルさん、これは?」
「やれやれ。んー、これは伸抻鋼の失敗作だよ。加工の時の火加減によってはかなり丈夫になる割に安いからよく工芸品とかに使われるけれど、失敗したらそんな風に柔らかくなる。脆いのとは違うから何かに使えないかなーとは思ってるけど」
「へー」
なんとはなしに手の中で金属片を弄ぶ。
触ってみると確かに少しの力で軽く凹んだり曲がったりしてしまう。しかしすぐにバネのように元の形に戻ってしまうので脆いという印象は受けない。失敗作とは言っていたけれど、こんな物なら色んな物に応用できそうな気がするんだけど……。
グニグニ。グイーーー、ビヨンビヨン。ヒューーー、ボヨン。
…………。
「ヴェルさん、車輪に使う材料見つけました」
「「は…………?」」
◆
店から出ると、さっきまでの静けさとは対照的な街の喧騒が復活する。
「正直、部品や材料に関してここまで上手く事が運ぶとは思っていませんでした」
「僕もですよ。まさかあんな金属があるなんて思いもしませんでしたから」
あの伸抻鋼の失敗作、色々と試してみたらかなり僕の知っているゴムに近い性質があった。
タイヤのチューブの形を口で説明して伸抻鋼の失敗作そんな形の物を作れないかと聞くと、なんと出来るそうだ。
こうなると残る部品は本当に背もたれと座面になるシートしか残らなくなった。
あまりに上手くいきすぎて現実味が湧いてこないのも仕方がないことだろう。
「しかし万々歳にはまだ及びません。お金を稼ぐ必要があるのは変わりませんし、部品が出来上がってもそれで終わりというわけではないのでしょう?」
「そうですね、僕の頭の中にあるだけの物を再現するわけですから色々と試行錯誤はしないといけないでしょうし」
けれどこれでお嬢様を連れ出すための具体的な目処はついた。あとはひたすら稼いで試してを繰り返すだけだ。
「ではユーリさん、そろそろ屋敷に戻りましょうか。あまりお嬢様を一人にしておくわけにもいきません」
「ですね。後は次に売る為に花の種だけ調達しましょうか。王霊の力をバンバン使ってバンバン稼ぎましょう」
「世界で数体ほどしか存在しない王霊の力が随分安っぽいですね」
「使えるものは何でも使うのが賢い者のすることだと思います」
「ふっ、あなたが賢いですか? 片腹痛いですね」
見えてきた具体的な道のりを胸に抱きながら、僕達は街の雑踏へと加わった。




