かませ犬の脇役的な
屋敷の敷地から街までは多少の距離があるので少し歩く必要がある。
木製植木鉢を括りつけた背負子を背中に背負いながら、なんとはなしに隣を歩くユリアさんに話を振る。
「門番の人達なんだか様子おかしくなかったですか?」
「目が死んだ女装執事なんかと関わり合いになりたくなかったからでしょう」
「確かにそうですけども! そうじゃなくて僕が自己紹介する前からおかしかったじゃないですか。僕が引きずられて異様に映ったことを除いてもです」
僕の疑問にユリアさんは数秒の間言うべきか言わないべきか迷うように思案して、おもむろに口を開いた。
「あの方達はわたくし達をどう扱ってよいか計りかねているのでしょう」
「どういうことですか?」
「あなたも知る事情によってお嬢様はご家族から殆ど不干渉を貫かれている状態です。そしてそれは本邸で働く門番や使用人にも言えることなのです」
「確かにあの屋敷には僕とユリアさんしか使用人はいないですもんね」
「その通りです。しかし不干渉とはいえ、接触を完全に絶っているわけではありません」
「門番の人とかですか?」
「それだけではありません。諸々の用事で本邸の使用人達とも時折顔を合わせます。当主様方からお嬢様やその関係者と関わらないように厳命されている訳ではないでしょうが、それでも当主達から爪弾きにされているお嬢様とは進んで関わりたくはないでしょう。むしろ、影でお嬢様のことを役立たずだと蔑んでいる者もいます」
「なんですかそれっ。皆で寄ってたかって……」
まだ見ぬ心無い当主達やその使用人たちに沸々と怒りが募る。
対してユリアさんは淡々としている。初日に当主達への怒りを表していた彼女にしては冷たく感じて、筋違いと分かっていながらも刺々しい口調で聞いてしまう。
「ユリアさんはやけに冷たいですね。初日はあんなに怒ってたのに」
「あれはいつもはいない第三者――ユーリさんがいたからつい表に出してしまっただけです。怒りを外に出してもどうにもなりませんから」
「そう……ですか」
ユリアさんに力無く言われてはこれ以上は食い下がれなかった。
自分は無力だと言われたような気がして、行き先を失った苛立ちがイガイガしたものを胸に残したような感じがしたが、ユリアさんの次の一言でそれは霧散した。
「しかし、自分の代わりに怒りを露わにしてくれる方がいると、気持ちが和らぐこともあるのですよ」
「え……?」
それってつまり僕のおかげでユリアさんが……ってこと?
…………。
「……何か裏がありますね? ユリアさんが何の裏もなく僕に優しい言葉を掛けるなんておかしいですよ」
「……今少しだけ今までのユーリさんとの接し方を後悔していますよ」
僕の警戒した様子に、何故かユリアさんはガッカリしたように溜息を吐いてさっさと先に行ってしまった。
「あれ? なんで溜息? というか待ってくださいよ、僕一人だと迷子確定ですって! ユリアさ~~~~~ん!」
相変わらずのやり取りだったけれど、何だかんだで沈んだ気分は元に戻っていた。
◆
さて、そのまま五分くらい歩いた頃だろうか。
遠目に建物が見えてきた。
近づくにつれて見えてくる建物が増えて人の喧騒が聞こえてくるようになり、それに比例して僕のテンションもうなぎ登りに上がっていく。
「お~~~~~~~~~」
そして遂に街へと足を踏み入れたときにMAXのテンションのまま感嘆の声を上げてしまったのは仕方の無いことだろう。
まずは当たり前だが、人が多い。
地球の感覚では普通の分類に入るかもしれないが、この世界に来てからずっとお嬢様とユリアさんとしか過ごしていなかったので、人が沢山いるというだけで新鮮に感じる。
そして、色んな店の店番と思わしき人や気の早い屋台を出している人の掛け声、そこかしこでの会話による賑やかさはもう既に祭りが始まっているような錯覚を起こさせる。
止めに道行く人の肌の色、髪の色、服装などの見た目の多種多様さが、既にメーターがMAXの僕のテンションメーターを更に振り切らせようとしてくる。
とにかく楽しそう、というのが街の第一印象だ。一体誰だ、街に出るのを怖がっていたのは。まあ心に余裕があるからこんなに素直に前向きなんだろうけど。
「気持ちは分からないではないですが目的を忘れないでくださいね。用事が済んだら少しだけ案内をしてあげますから」
「はーい」
とは言ったものの、歩きながら僕の視線はあっちへフラフラこっちへフラフラ。
初めて見る物ばかりでそのどれにも興味を惹かれて仕方がない。
その度にユリアさんに襟首を掴まれながら辿り着いたのは大きく開けた街の広場だった。
あちこちで屋台の設営や飾り付けが進められており、全体が祭りの当日を今か今かと待ちわびているようだ。
そんな広場の中心には大きな掲示板が鎮座しており、ユリアさんはそれに近づいていく。
「ユリアさん、あの掲示板って何なんですか?」
「あれは祭りなどの大きな行事の時に設営される物です。祭りには様々な物資が入用になりますから、その需要と供給を知らせて物流を良くする為にあるんですよ」
言われて掲示板に貼られた張り紙を眺めてみると、『食用肉求む。数量指定なし。料金要相談』『工芸品有り、土産に推奨。料金〇〇』など欲しいものや、持っている物を書いた紙が所狭しと並んでいる。
成程、店の呼び込み意外にもこんなやり方があるのか。
「待ちでは時間がいくらあっても足りないので、飾りの花を求む旨が書かれた物を探しましょう。祭りには絶対に必要なはずですから」
「わかりました」
ユリアさんと手分けして掲示板の逆側から張り紙を眺めていく。
聞いたことも無い物の名前が沢山並ぶ中、幾つかそれらしきものを発見した。
後で貼り直すことを忘れなければ張り紙を剥がすことは禁止されていないらしいので、見つけたそばから剥がしてユリアさんに報告する。
「ユリアさんの言った通り花の需要が書かれた張り紙がいっぱいありましたよ」
「かなり多いですね。いちいち交渉していると時間が掛かるので書かれた値が一番高い物を……おや?」
ユリアさんは張り紙の一枚をジーッと眺めて思案しだした。
しばらく悩んでいるようだったが、しばらくしたら結論を出したようで、
「……これに決めましょう。残りはしっかりと貼り直しておかないといけませんよ」
「結局何に決めたんですか?」
「これです」
差し出された張り紙には『飾り付け用の花求む。諸事情により青系統の色の花のみ。値段要交渉』と書かれている。
「青系統の色の花は今の時期の旬とは外れています。それでもわざわざ指定するということは理由は分かりませんがどうしても必要な物であるはず。季節が外れて市場に少ない事もありますし、交渉次第ではかなりの値になるかもしれません。便乗して他の花も割高で売れるかもしれませんしね」
あなたは商人ですか、とツッコミたくなるくらい鋭い推察だった。これは完全に僕いらない子になりそうだな~。
「そんな顔をしなくてもいいですよ。適材適所というです。それに、季節外れの花が手元にあるのはユーリさんのおかげなんですから、役に立っていないなんてことはありませんよ。たとえ今はクズの役にも立たなかったとしても。今は単なるお荷物だったとしてもです」
「あなたは僕を慰めたいんですか、それとも追い打ちをかけたいんですか」
「慰める事も追い討ちをかける事もしませんよ。生かさず殺さず(精神的に)痛めつけないと長く楽しめないではないですか」
「あんたはどこかの悪徳主君か! 言葉で弄るだけでその言葉使う人初めて見たわ!」
「ユーリさん限定ですのでご安心を」
「なお悪いわ!」
歩きながらやいのやいのと騒ぐ(騒いでいるのは僕だけだけど)メイド二人に集まる視線を意識の外に置きながら、先行するユリアさんに遅れないように足を運んでいると、
「そこのメイド」
急に聞こえてきたぶっきらぼうな声。
周りを見てもメイドはユリアさん……と僕(見た目のみ!)しかいない。つまりは声を掛けられたのは僕かユリアさんということだ。
無視するのは失礼なのでユリアさんと振り返った先には、白を基調に所々を薄い青で装飾された軍服を着た男性四人がいた。
「ユリアさん、誰ですかあれ(ボソッ)」
「精霊師達を集めて国を守る為に組織された精霊師団の方々です。先日魔霊も出ましたし、警備の強化ということで派遣されたのでしょう(ボソッ)」
向こうに聞こえないように小声で認識の共有を済ませる。つまりは騎士みたいなものだろうか。
僕の知る騎士とは違うのか鎧の類はつけておらず、付けていても手甲のような最低限の防具だけだが、その騎士のような凛とした出で立ちは正直格好いいと思う。
が、まるで自分が偉いかのように周りを見下すその目と表情が全てを台無しにしている。
いくら服装が格好よくても、こんな奴とは絶対に仲良くなんかなりたくないと思う。
「僕この人達とは仲良くなれないと思います(ボソッ)」
「珍しいですね、同感です(ボソッ)」
「おい、何を話している貴様ら」
「「いえ、何でもございません」」
ユリアさんと息が合ったのって初めてかもしれない。
気を取り直してユリアさんが訪ねた。
「それで、精霊師様方はわたくし達に何の御用で?」
「お前たちにではない。その背中の物に用がある」
この傲慢な物言い。
即座に目の前の男を僕の嫌いな人物リストにランクインさせた。
「とある事情で我らはその青い色をした花を必要としている。その為、お前たちが持っている分全てを買い取らせてもらおう。金ならここにある」
そう言って男は懐からジャラリと音のなる革袋を取り出した。
それを見たユリアさんが近くで見ないと分からない程度に眉を顰めたのが分かった。どうやら少ないらしい。
「申し訳ありません精霊師様。この花はもう売る相手が決まっているのです」
「ならばその相手に譲らせよう。精霊師団は国の直属組織。我らが必要とするということは国が必要としていることと同義。何においても優先されてしかるべきだ」
あまりにも一方的な言い方、こちらの言い分を聞く気は全く無いみたいだ。
精霊師って力のある精霊と契約した稀有な人材だった筈。
これは力と権力を傘にして増長したパターンかな。精霊師が皆こんなんだっていうなら幻滅だ。
それに買い取るとは言っているけれど、向こうの言い値で有無を言わさないなら、こんなの恐喝以外の何物以外でもないじゃないか。
「しかし――」
「しかしもなにもない。お前たちの主が誰かは知らんが、国の為に差し出さない理由などある筈がないだろう。これ以上拒むというのなら――」
苛立ちの声と共にシャランという音を出して男は腰に指していた剣を抜いた。
巻き込まれないように遠巻きに見ていた人の何人かが悲鳴を上げる。
あの男の目は本気の目だ、これ以上僕達が花を差し出す事を渋ったら本気であの剣を振り下ろすつもりだ。
切っ先がユリアさんに向けられる。
「最後通告だ、メイド。その花を差し出せ」
ユリアさんと目を合わせる。
……もういいですよね? 余計なこと言ったら事態をややこしくするかもって思って黙ってたけど、もう我慢しなくてもいいですよね? というかもう我慢の限界です。一回痛い目を見せないと気が済まないです。
取り敢えず何が起こってもいいように一旦背負子を下ろす。
そして僕とユリアさんは大きく息を吸い、
「「お断りします」」
キッパリと拒絶した。
「ならばその身で贖え」
男は一切の躊躇いなくユリアさんに剣を振り下ろした。
野次馬が一斉に目を瞑る。
目を開けた先に広がるのは精霊師に楯突いた哀れなメイドの死体……ではなかった。
ドウっ!
「ぐあっ」
そこに広がるのは手を掌底の形にして突き出したユリアさんと、数メートルは離れた所で伸びている精霊師の男。
「貴様!」
「我らへの攻撃が何を意味するか分かっているのだろうな!」
仲間がやられて黙っているはずもなく、残っていた内の二人も剣を抜き、僕とユリアさんにそれぞれ向かってくる。
なお、精霊師の内の一人に狙われている僕は絶賛混乱中です♪ いやまじで。
恐怖で頭が真っ白になっているとかでは断じてない。仮にも王霊の身だ、それに魔霊の群れを相手にした大立ち回りを経験したんだ、人一人を相手にそこまで驚異を感じたりはしない。
要はいきなり過ぎて訳が分からなくてパニクってるだけだ。うっすらとこんなことになるかな~とは思っていたけれど、実際になってみるとどう対処したらいいのか分からない。
霊器を出して切り刻むのはさすがにマズイと思うし、王霊の身体能力で力一杯殴っても大丈夫かというのも迷いどころだ。
上手い具合に手加減できるだろうか、それとも全部ユリアさんに――とか考えていたのだけれど、
――国を守る仕事に就いているだけあるのか、意外にも早く精霊師が僕の間近まで迫っていた。
え~っと殺したらダメというか大きな怪我も出来ればダメ打撃はどれくらいの力加減で殴ればいいんだろうってうわもう目の前だ!
最終的に僕の思考は『大きな怪我を負わせたらダメ』という結論で一杯になり、無我夢中で相手の胸元を握り、中学の時に授業で習った僅かな記憶を頼りに――そのまま背負投げをぶちかました。
あまりに見事に決まった背負投げの満足感に少しだけ浸ってからユリアさんの方を確認してみると、ユリアさんの方に向かっていった方は最初の奴と同じように数メートル吹っ飛ばされて伸びていた。
「見たことの無い技ですね。相手を無傷で鎮圧する時に便利そうです。正直ユーリさんがそのような技を会得していることが驚きで仕方ないです」
「あ、あはは……」
自分でも驚きです、ホントにあまりに鮮やかだったもんで。
呑気にお互いの戦況報告をするのと、忘れていた残った一人から精霊の気配がしだしたのは同時だった。
「空気を裂き、風を纏い、疾風の飛翔を司る大空の走者『イーグル』!」
風の渦と共に現れたのは、人も乗れそうなくらいの大鷲。
精霊師の契約精霊というだけあってさすがに感じる気配が強い。ユリアさんの契約しているサラマンダーとはえらい違いだ。
というかこんなの普通街中で呼び出すだろうか? こいつ絶対に街への被害を全く考慮していないな。自分以外が全員倒されて判断能力が欠如しているんだろうか。
さて、命の危機ほどじゃないけれどこいつを黙らせるには少々本気を出さないと厳しいかもしれない。けれど僕が王霊だということは明かすわけにはいかない、大きな力というのは得てして面倒事を引き込むし。
精霊師が大鷲に指示を出そうとした、その時だった。
「何をしている!」
風が吹き荒れているにも関わらず辺りの隅々まで広がる怒声だった。
精霊師の男は今までの態度が嘘のように肩をビクリと震わせ、恐る恐る声の聞こえた方へ顔を向けた。
釣られて僕らもそちらを見てみれば、転がっていたり青い顔をしたりしている精霊師達よりも幾分か豪奢な装飾がなされた軍服を着た青年と呼んでも差支えのなさそうな男性だった。
「……し、師団長……」
震える男が師団長と呼んだその青年は、この場の惨状を見渡してから大鷲の契約者へ厳しい目を向ける。
「凶悪な犯罪者を前にした時などの緊急時を除いて街中で軽々しく精霊を呼んではならない。我らが精霊師団の規律だ。貴様が行っているそれは師団の規律に準じた行動なのだろうな?」
青年の鋭い詰問に、精霊師は答えることができず、ただカタカタと震えるだけだった。
「取り敢えずは詰所に戻って始末書だ、罰は後で与える。そっちで伸びている三人も連れてそう伝えろ」
もはや哀れになる程の顔色で精霊師は悲鳴に近い返事を返して、伸びた三人を起こして全員おぼつかない足取りで去っていった。
さて、この場には当事者である僕とユリアさん、そして師団長とやらだけが残っているわけだけど、この人はどう出るか。あの四人を見た後だとどうも警戒せざるを得ない。
近づいてくる師団長をユリアさんと一緒に警戒しながら待ち構えていると、
「メイドさん方、部下が済まない事をしたな。あいつらには厳しい罰を与えるから、この場はそれで許しちゃくれねえかな?」
師団長とやらの僕達に対する第一声は、先程まで纏っていた空気が嘘のようなフレンドリーさでした。




