12.偽りの信徒⑮
異常を知らせるブザーが鳴り響き、コントロールルームにいた男たちが浮足立った。海の国セジュのシールドに覆われて燃え続けるゲヘナの炎を見つめていたアイサは、炎から目を転じてケースの台座、コントロールルーム、そしてフロアーに、次々と時限装置の付いた弾丸を撃ち込んでいく。
「何をしている? お前は神の雷にいったい何をしたのだ?」
先ほどとは打って変って、動転した声が響いた。
「悪いことは言わない。命が惜しかったら、私を追って来い」
それだけ言うと、アイサは出口の扉に向かって銃を放った。今度は時限装置無しだ。破壊力を抑えたとはいえ、轟音とともに金属の扉が吹き飛ぶ。だが、扉は吹き飛んだものの、地下の施設はそのままだ。
(さすがに丈夫にできている。それでも次の時限装置付きの爆破ではそうはいかない。長居は無用だ)
もうもうと立ち込めた土煙の中をアイサは駆け抜けた。
吹き飛ばされはしたものの、丈夫な鎧が幸いしてアイサを案内した鎧の男たちは無事だった。
茫然とする彼らの前をコントロールルームにいた男たちが血相を変えて走って行く。
「何をしている、重罪人だ。捕らえろ」
「あの娘が、ですか?」
「あの爆発は?」
「いったい何が起こったのです?」
重い鎧に身を包んだ男たちは苦労して立ち上がった。
「娘があの炎に向かって何かを放った途端、ブザーが鳴り響き、神の雷を管理する装置の反応が一切なくなったのだ」
「神の雷を壊した? まさか……」
「神の雷を壊すなどできるのでしょうか?」
「そんなこと俺にわかるか。だが、この爆破はあいつがやったのだ」
「装置が動かなくなったのは確かなんだ」
「あの娘を捕まえて何をやったのか、あの娘に白状させるしかない」
「ぐずぐずするな、追え」
半信半疑の鎧の男たちにコントロールルームにいた男たちが畳み掛けた。
後方から怒鳴り声と足音が聞こえていた。
(早く……早く全員で追って来い)
アイサは念じた。
先頭を走るアイサの周囲は真っ暗だった。だが、アイサの足取りは乱れない。瞬く間に階段を駆け上がると、アイサは神殿内部に出る扉に向かって再び銃の引き金を引いた。
扉が砕ける。古の廃墟を駆け抜け、神殿から飛び出す。外の光が眩しかった。
アイサは一瞬目を瞬かせ、それから自分の走る先、北門を見た。その目に祭りを祝うためにパシパの壁に飾られた色とりどりの旗が映った。
「きれいなものだわ」
小さく独り言を言うと、アイサは洞窟から自分を追う者たちの気配を感じ、素早く銃をポシェットにしまった。
「いたぞ、捕まえろ」
アイサに向かって数人の男たちが駆けて来る。最後に鎧を着た二人が神殿の外に出た。
(姿を消さずにしばらくこのまま走って後を追わせよう)
アイサは走り出した。神殿から十分に離れたところで、立て続けに轟音が鳴り響く。仕掛けておいた爆弾が次々と破裂したのだ。
古から伝わる施設を破壊する爆発が今、大地を揺らす。
(予定通りだわ)
飛んできた岩をアイサを守るシールドが弾いた。
アイサは一度振り返って神殿が崩れていく様子を確認すると、今度は全力で走り始めた。
北門が近づく。
北門の周辺にいた人々は一様にこの爆音に驚愕し、動揺していた。
「そいつを捕らえろ」
「力の火に細工をしたんだ」
後方でアイサを追う者たちが叫ぶ。
この声が届いたかどうかはわからないが、異変を知った北門の兵たちが荒れ地になだれ込んで来た。
数えきれない兵の注意が荒れ地を駆けるアイサひとりに集中する。
(こんなにたくさん、いったいどこにいたのかしら?)
そう思った瞬間、姉ラビスミーナの声が聞こえた気がした。
『お前を中途半端に鍛えた覚えはない。どんなことがあっても必ず生き延びるんだ。手段やきれい事は二の次だぞ』
(わかってるわ)
アイサの顔に自然に笑みが浮かぶ。
(さあ、もう一駆けだ)
アイサはセジュのベールを取り出した。
荒れ地を走る娘を追っていた者にとって、それは到底信じられるものではなかった。
無理もない。
さっきまで自分たちが追っていた娘が、目の前で忽然と姿を消したのだ。
「どこへ行った?」
「消えた……?」
彼らは我が目を疑い、仲間と顔を見合わせた。
「馬鹿な、どこかに隠れたに決まっている。探せ」
彼らは改めてあたりを見回す。だが、彼らがいくら目を皿のようにして探しても、身を隠せる場所など無い。
ひとりの兵が呟いた。
「あんな爆発は今まで見たことがない」
崩れ落ちた神殿を振り返り、別の兵が囁く。
「神の雷はどうなったのだ?」
「あんな大きな神殿を破壊するなど考えられん」
「あの娘……あれは本当に人間なのか?」
その小さな声がじわじわと恐怖となってアイサを追う者たちを捕らえていく。
一方、北門に向かって走っていたアイサは、あろうことか、にわかに足がもつれた。
(え? どういうこと?)
体がふわふわとして、大地を蹴っている気がしない。やがて、あたりが暗くなり、黒々とした闇がアイサに迫って来た。
(何だ、これは。これはセジュの神殿の闇に似ている。いや、そのものだ。こんなところで……何が起こっているんだろう?)
アイサは追っ手に目を凝らした。が、パシパの兵たちに異常はない。
(ということは、これは私にだけ起こっていること……思念の世界が干渉してしてくる……よりによってこんな時に……それに、こんなもの、いつもならやり過ごせるのに……いや、そんなことはいい。今、これに飲み込まれるわけにはいかない)
アイサは自分の気持ちを励ました。
(シンに、シンに会うのだ。そして今度はシンと、一緒に行かなくては、ならない)
だが、急速にアイサの意識は遠のき、頭が働かなくなっていく。何も考えられなくなった頭で、アイサはただ走ることだけを念じ続けた。
「アイサはうまくやったようね」
爆発音を聞きつけて北門に集まった群衆に紛れて、ルリが言った。
「ああ、アイサの足じゃあ、もう来るはずだ」
シャギルが頷く。
ビャクグンとスオウはアイサの姿を見失い、うろたえているパシパの兵の動きをじっと見ていた。
「おい、邪魔だ、踏みつぶされたいのか?」
「邪魔する者は、神殿を破壊した者の仲間とみなすぞ?」
北門を固めたパシパの兵が集まった人々を蹴散らす。
「何をしている、どけ」
北門のところに立ってじっと荒れ地を見ていたシンがパシパの兵に突き飛ばされた。
「ここはどけないところだよ」
シャギルが小声で答え、シンを助け起こした。
「遅い」
シンが呟く。
「そうだな」
シャギルも荒れ地に目をやった。
姿を消し、荒れ地を行くアイサの足は重かった。心の中に甘い、安堵の気持ちが広がり、アイサをぼんやりとした闇に誘う。
(逆らえない……闇に……もう……追いつかれる)
アイサの目にはもう何も映らなくなっていた。ただ、馴染みの、シンの気配だけを求めて暗闇の中を進む。
(ああ、やっと、見つけた……)
アイサはシンの気配を感じたと思った。アイサはシールドを解いてシンの気配に向かって手を伸ばし、そこで闇に捕まった。




