12.偽りの信徒⑭
北門の外、そこは石が転がり、所々にいじけた草が生えるだけの荒野だった。
ちょっとした風に埃が舞う。
頭上には容赦なく照りつける太陽があった。
だが、それも傾き始めている。
アイサは遥か先に見える神殿に向かって歩き始めた。
不思議な塔を持った建造物だった。
(あの塔からゲヘナを放つのか……)
神殿に近づくにつれて、その大きさと重量感に威圧される。
(巨大な土のオブジェだ)
その入口は今、アイサのために開いている。
人の姿も、生き物の気配さえない静まり返った神殿の入口をアイサはくぐった。
中には小さな明かりが灯っていた。その明かりがパシの教えにまつわる様々な彫刻で埋め尽くされた空間を照らし出す。なるほど、これはパシ教の神殿かもしれないが、その実、古の施設と崩れた廃墟を包み込む被いに過ぎない。これはティノスの意に沿わぬ人々に加えられる制裁、神の雷という名を与えられたゲヘナをその中心に置く、神殿はとは名ばかりのオブジェだ。
アイサは所々に灯る明かりに誘われ、更に奥へ進んだ。灯りが外光の入らない神殿の深部に眠る廃墟を照らし出す。それは自然の力のなすがままに、あちこち崩れていた。いくら優れた技術を誇った時代のものでも時の流れには逆らえなかったようだ。
(でも、この下の施設は生きている)
アイサは崩れた廃墟の中を歩き、廃墟に不似合いな色彩を放つ、ステンドグラスのランプに目を止めた。ステンドグラスは豪華な揚羽蝶を映し出している。揚羽蝶はパシパの紋章だ。そして、その強い光が足元に浮かび上がらせているもの……それは、もうかなり薄くなってはいるが、発見された当初からこの廃墟に刻まれた竜の紋章だった。
(ここか)
龍の紋章の先に地下への入り口があると教えられていたアイサは、地下の扉を開くためミヤトに教えられたパシ教の神ギレをたたえる詩の一節を唱えようとして、止めた。竜の紋章の下に記された、古い文字に気が付いたのだ。その言葉はミヤトが教えた長い詩よりもずっと簡潔だった。
「我、汝とともに生きん」
アイサがその古い文字を読む。
扉はすぐに開いた。
(ギレ神を讃える長い言葉など必要無い。この言葉にだけ反応するようにできている)
アイサは皮肉な笑みを浮かべ、瞳を扉の先、ぽっかり空いた地下へ向かう階段に向けた。そこにいたのは重々しい鎧を身に着け、松明を持った二人の兵……身体のほとんどを覆っているその鎧は、この世界のシールドと言ってもいいのかもしれない。しかし、アイサの目には、それはいかにも心許ないものに映った。
「御案内致します」
鎧の男が言った。
くぐもった声が地の底から聞こえてくるように陰気だ。
アイサは黙って頷き、二人の鎧の男に前後を挟まれた形で洞窟の階段を下って行った。
通路の内部にはわずかな明かりがあるだけだ。
黒い鎧は闇に溶け、祭りの白い服を着たアイサの姿だけが浮き上がって見える。
男たちのかざす松明が揺れ、彼らの恐ろしく大きな足音が通路に反響する。その歩みは鎧の重みのせいか、足下がおぼつかないせいか、随分遅い。アイサはいとも簡単に階段を下りながら、この建物に神経を集中した。
体中の感覚が冴え渡る。
(見られている。モニターで監視されている。だけど、数人といったところだろう。この神殿の中に人は多くない)
階段は緩やかに曲がって、やがて正面に大きな扉が現れた。扉は分厚い金属でできていて、その滑らかな表面が松明の光を反射させている。
「この向こうになります」
先を行く鎧の男が立ち止まり、音もなく扉が開いた。鎧の男たちは動きを止めて、ただ低く頭を垂れている。
扉の先を見たアイサは一瞬、眩しい光の渦に呑み込まれたような錯覚を覚えた。
「クイヴルのセレン殿、中に入られよ」
扉の向こうから重々しい声が響いた。
「まさか、自分からここに来ることになるとはね」
アイサは小さく呟き、足を踏み出す。
背後で扉が音もなく閉まった。
目の前には何度も夢に見たあの炎があった。透明なケースに入った炎は時に青く、時に白く、そして、時にオレンジ色にひらめいている。夢と違っていたのはそのケースだ。その台座はどっしりとした金属でできていて、その表面にはいくつかのパネルが見えた。
(人がいる……あそこがコントロールルームか)
アイサは炎の上方へ目をやった。
「そのまま、まっすぐに力の火の前に進み、ギレ神に祈りを捧げなさい」
再び、先ほどの声が流れた。
ゲヘナの炎の前には、なるほど立派な祭壇が設けられている。
アイサは祭壇に向かって歩いた。
(コントロールルームの他には人のいる気配はないようだが)
立ち止まってゆっくりと室内を見渡す。
小さな機械音が聞こえる。時折感じる軽い振動がこの部屋の下から伝わっていた。
(動力室だろう。炎にエネルギーを送っているのはこの真下か)
「どうなさった?」
コントロールルームにはいくつかの窓がついており、そこにアイサをうかがういくつかの人影が見えた。
「これに捧げる祈りの言葉など持っていない」
アイサは自分を見下ろす男たちにきっぱりと答えた。
「何を言う?」
「こんなものでは、人は幸せになれないってことよ」
「気がふれたか?」
コントロールルームから響く声は、まるで虫けらでも相手にしているかのような調子だった。
「どっちがそうなんだか」
アイサはポシェットから小型の銃を取り出し、自分を覆うシールドからその銃口だけを出すと、目の前で踊るゲヘナの炎に向かって撃った。
見事にケースが砕ける。
そしてそれと同時にアイサの金の指輪がゲヘナの炎を覆った。




