12.偽りの信徒⑪(挿絵あり)
ティノスが去り、ティノスを取り巻く僧たちが去ると、残ったのはアイサとアイサの世話を担当する僧だけとなった。残った僧はティノスの周りにいた僧の中では一番若く、僧服も簡素だった。背が高く、痩せていて大きな目をしている。
「ミヤトと申します。セレン様はクイヴルからお連れした供の者を全て帰らせたとお聞き致しました。いろいろとご不便もございましょう。私でお役に立てることがありましたら、何なりと仰って下さい」
ミヤトはそう言うと、ティノスの僧院から賓客が暮らす施設にアイサを連れて行った。
アイサが案内されたのは緑の木々が木陰を作る気持ちのいい庭を持った部屋だった。何もかも豪華なティノスの僧院に比べると小ぢんまりしているがくつろげる。
「ここで暮らすことになるのですね。他の方々は?」
「それぞれ離れのような造りになっておりますので、お気にならないかと。おいおいご紹介いたしましょう」
アイサは黙って頷いた。
「ところで、セレン様はパシの教えについてどれほどご存知ですか? お迎えのナダル殿からは、どれほどパシの教えをお聞きになっておられますか?」
「いいえ、あまり……」
アイサが言葉を濁す。
「ああ、そうでした。ナダル殿は途中でご自分の教区に戻られたのでしたね」
ミヤトの顔が一瞬陰った。しかし、ミヤトはすぐに静かな微笑みをたたえた顔に戻ると、もう充分御存知のことと思いますが、という前置きとともに延々とパシの教えを語り始めた。
ミヤトの熱のみが伝わる。
小鳥の声、風の音、この地を訪れる人々の思い。
アイサがそれらに耳を澄ませているうちに、ミヤトの説教は終わった。
「私が責任を持ってお世話致しますが、こちらに慣れるまではお心細いこともおありでしょう。幸運なことに、ある熱心な信徒がセレン様のお世話をしたいと申し出ております。ご婦人同士の方が何かとお話ししやすいこともありましょうし」
ミヤトは思いやりを込めて言った。
「いいえ、信徒の方のお手を煩わせる気はありません」
アイサははっきりと断ったが、ミヤトは譲らなかった。
「そう、かたくなにならなくとも……ご厚意にお応えするのも大切なことではありませんか? それにその方はもうこちらに見えているのです」
ミヤトの並々ならぬ熱意が、この申し出を断ることが困難だと物語っている。仕方なくアイサが礼を言うと、早速ミヤトはその女性を迎えに出て行った。
(せっかく一人になれると思ったのに)
不満をぶつけることもできずにアイサは気難しい顔をした。だが、そのアイサのところにミヤトに案内されて一人の女とその従者が入って来ると、アイサの目が丸くなった。
(ビャク、シンまで……どういうこと?)
素知らぬ顔をするのに苦労しながらよく見れば、シンはビャクグンの後ろに控えて顔を伏せ、ビャクグンは初対面の高位の娘に緊張している様子だ。アイサはこっそり笑みを浮かべると、先ほどまでの気難しい顔はどこへやら、気さくにビャクグンに近づいた。
「よく来てくださいました」
「セレン様、初めまして。ブラキと申します。大変な長旅だったとお聞きしております。まずは、お茶でもいかがですか? 知り合いの者が私に持たせたものですのよ」
ビャクグンは自分を受け入れてくれた娘に、ほっとしたように微笑んだ。
「ブラキさんのお知り合いの方が?」
「ええ、それはもう熱心に勧めるものですから」
ビャクグンはちらりとシンの方を見た。
「頂きたいわ。それと……その方にどうかお礼を。まあ……」
アイサは茶葉とお菓子の入った籠を見て声を上げた。
ビャクグンが慣れた手つきでお茶を入れ始める。
「では、私は用事を済ませてきます」
すぐに打ち解けた女二人の様子を見て安心したミヤトが席を外した。
「それにしても、世話をしてくれる信徒がビャクだったなんて」
アイサはビャクグンに囁くと、身をひるがえしてドアのところに立っていたシンに飛びついた。
「シン」
アイサに突き飛ばされそうになって面食らいながら、シンがアイサを抱きとめる。
「アイサ、元気そうだ。また、たくましくなった?」
「シンはもっと鍛えた方がいいんじゃないの?」
「いや、こんな風に不意をつかれなければ僕だって簡単に受け止められた。アイサ、君はハビロよりすばしっこいよ」
「二人とも緊張感がなさ過ぎるわよ」
ビャクグンは呆れたが、アイサはふと真顔になってシンを見た。
「シン、何かあったのね?」
「別に。どうしてそんなこと言うんだ?」
「シンの心が暗いから。重苦しいの」
はっとしてアイサを見つめ、シンは隠しおおせるものではないと悟った。
「アイサ、このパシパでストー先生に会ったんだ。ストー先生もゲヘナとゲヘナのある神殿の地下を破壊しようとしていたよ」
「それで?」
アイサはシンを促した。
「ストー先生は、僕が……殺されたクイヴル王ウルスの息子だと言うんだよ。ストー先生は僕を使って王に仕えた人たちを束ね、兄上に抵抗する気だ」
「エモン殿に? それでシンはどうするの?」
「僕に何ができるかわからない。でも、ファニにいるセグルやチュリやカヌ、そしてクロシュの町の人たちのことが浮かぶんだ。僕は……もう逃げ出すことはできないんだよ」
「そういうことね」
目をそらしたシンにアイサは頷いた。
外の気配を鋭く察したビャクグンが言った。
「時間切れのようね。アイサ、また明日来るわ」
「気を抜いちゃだめだよ」
シンが急いで念を押す。
ノックとともに入って来たミヤトが言った。
「ブラキさん、今日はこの辺で。セレン様もお休みなさりたいでしょうから」
「ありがとうございます、ミヤト殿。ブラキさんとはまた明日、お茶を頂きたいわ」
「セレン様、それは何よりでした。ブラキさん、よろしいでしょうか?」
ミヤトは名残惜しそうに言ったアイサに微笑んで、ビャクグンを見る。
「光栄ですわ」
ビャクグンは優雅に頭を下げ、シンを従えて部屋を出た。
外は容赦ない日差しが降り注いでいるというのに、ここは快適だった。よく風が通り、部屋や回廊から見える木立の緑が心地よい。賓客たちの部屋は美しい石造りの回廊で繋がっていた。その回廊は様々なレリーフで飾られている。
(ファニの城もレリーフで飾られていたっけ。唐草や花の文様の……)
シンはファニの城で過ごした日々を思い出さずにはいられなかった。
『私には物事を先まで見通す能力はない。ただ、自分に向けられた信頼にこたえたいと思っているんだよ』
(父上はそういう人だった……だから、実の父もラダティス父上に自分を託したのだろう。兄上はそういう父上の実直さを好ましく思っていなかったようだが)
シンはアイサの部屋を振り返った。
(アイサが首尾よくゲヘナを封じたら……そうしたら、僕は僕の道を行かなくては)
のちの時代、古い遺跡から多数のレリーフが発見されたという設定でsanpo様より挿絵を頂きました。
発掘された古代のレリーフ《水を汲む恋人たち》は
別名《伝アイサとシン》と識者に呼ばれているとかいないとか
楕円形の方は、レリーフが発見された場所で売られているレリーフを模したお土産品です。
挿絵につきましてはsanpo様のご厚意により、許可を頂いて掲載しています。
無断転載、複製等はご遠慮ください。




