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Bright Swords ブライトソード  作者: 榎戸曜子
Ⅰ.闇の炎
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12.偽りの信徒①

 クイヴルの実権を握るエモンの妹セレンの身代わりとなったアイサは、オスキュラの警護隊にに護衛される馬車に乗り、ザク領の街道をパシパに向かって進んでいた。そして、ビャクグン、スオウ、ルリ、シャギル、そしてシンもアイサがパシパに到着する前にパシパでできるだけの手はずを整えようと街道を急ぐ。

 その両者が使う街道の終点はポン川。ポン川の向こうはオスキュラの領土だ。そのポン川は北の国グランからネルにまたがるニフタル山脈に水源を持ち、幾つもの支流を集めてやがて大河となり、様々な生き物に恩恵を与えながら大陸を横切っている。もちろん、人間も飲み水、漁業、農業と多くの恩恵を受けているが、北の木材、毛皮、鉱物資源を各地に運び、南や東の穀物、刃物や薬など日用品を流通させる重要な道でもあった。

 その川岸にはいくつもの大きな船着き場がある。クイヴル国ザク領の街道の終点にあるこの船着き場もその一つだ。そして、その対岸のオスキュラ側にも船着き場があって、ここはオスキュラとクイヴルを行き来するための大通りと言っても良かった。

 向かい合うこの二つの船着き場は、一昔前まではクイヴル側の船着き場の方が荷の上げ下ろしが格段に多く、オスキュラの荒れ地に住む民もわざわざポン川を渡り、ザクまでやって来て必要なものを手に入れていたほどだった。

 しかし、今では状況は一変している。

 何もなかった船着き場の先の荒れ地にパシ教の宗教都市パシパが建設されて、オスキュラ側の船着き場がにわかに活気づいたのだ。


 ザクの街道から船着き場にやって来たシンは、馬車を下りると深くフードを被って人目を避け、ハビロと一緒にポン川を見下ろす丘に登った。

 残照は川面に映り、その上に漂う雲を金からオレンジ、それから紫色へと変えていく。

 東から薄墨色が迫る。

 ポン川はゆったりと流れ、やがて、行き交う船にも明かりが灯り始めた。対岸の船着き場にも灯りが見え始める。

 その明かりの向こうには、(わず)かに草木が生える荒れ地があり、そこをパシパへ向かう道がまっすぐ伸びているはずだ。

 宗教都市パシパの別名は〈二つの壁を持つ町〉。それはパシパの中心にある大僧院がぐるりとめぐらされた二重の壁に守られているからだ。二つ目の壁の中には限られた者しか入ることを許されないが、一つ目の壁の中はパシ教の施設があり、ここまでは信徒であれば誰でも入ることができる。一つ目の壁の外、ポン川が流れる南側にはパシパの門前町が広がっているが、北側は荒れ地のまま、誰ひとり住むことを許されない。そこには、パシの僧や信徒たちが力の火と崇める炎と、その炎から放たれる神の雷の神秘を宿す神殿があるという。その神殿こそ、アイサの向かう先だ。

 対岸を埋める盛大な灯りには、人々の勢いが感じられる。それを見ているとパシパにはさらに人が流れ込み、やがては船着き場とパシパの門前町の間にある荒れ地も姿を消すだろうと思われた。

 パシパから北西に伸びる立派な街道の先にはオスキュラの王都、大都市ルテールがある。その幹線道の両側には旅人には有り難い街路樹が延々と植えられ、治安もいいと評判だ。

 ルテールへはまた、このままさらにポン川を下り、途中から陸路を取って北上するというルートもあった。

(大きな国だ)

 シンはオスキュラの地図を思い浮かべた。

「明日ポン川を渡る。いよいよだな」

 いつしかシンの近くまでやって来ていたスオウが言った。

「船着き場のそばに宿が取れた。行くぞ」

「ハビロ、行こう」

 あたりはすっかり暗くなっていた。


 船着き場近くの宿に一泊した一行は、朝早く船着き場に行った。

 船着き場には大小何隻かの船と船頭がいたが、船に乗るためにはオスキュラの役人の許可が必要だった。

 オスキュラ側に渡る客は多く、何よりも兵の移動が優先されている。ビャクグンの手形があっても、一向に彼らに順番が回ってくる様子はない。

 パシパを目の前に足止めされていると、シンの心には不安ばかりが募る。だが、ビャクグンは目立たないところにひっそりと落ち着いていた。

(そうだな……苛々してもはじまらない)

 シンは深呼吸をして初夏の空気を吸い込んだ。

(初めてアイサに出会ったのは、春もまだ浅い頃だった。あれからアイサはかなりこちらの生活を知り、国々の状況を呑み込んでいる。侍女のリョユウも付いている。パシパへは無事に着く)

 シンは自分に言い聞かせた。


 やっと役人から許可が下り、一行が船に乗った時にはもう薄暗くなっていた。

「この川を渡るのに一日がかりだわ」

 ルリがぼやいた。

「旅の芸人さんかい? パシパへは稼ぎに来たのかい?」

 船の船頭がルリに聞いた

「そうよ。それに、パシパの町を見るのも楽しみよ」

「パシパの神殿には力の火があるって言うじゃないか?」

 シャギルが興味津々の様子で言うと、船頭は声を落とした。

「お前さん、滅多なことに首を突っ込まないことだ。力の火は神聖なものだろうが、危険なものだという噂もある。それを目にした者は命を奪われるそうだぞ?」

「何を言ってるんだ、俺たちは信徒だぞ? 力の火は信徒にとっては有り難い火なんだ」

 シャギルは胸を反らして見せた。

「ならいいが。俺たちの仲間の中に神殿の手伝いに行って帰って来なかったやつがいるんだ」

 船頭はもうそれ以上何も言わなかった。

「ありがとうよ。いろいろ教えてくれて」

 別れ際にスオウは船頭に言った。

「俺の言ったことを忘れるな」

 船頭は小さく言って彼らを見送った。


 船頭と別れると、彼らは馬車を頼んでパシパへ向かった。それまで使っていた馬や馬車は船に乗る前に手放していたからだ。

 オスキュラの船着き場からパシパの門前町までは距離がある。

 だが、馬車で行けば夜には町に入れる。

 彼らの他にも朝を待たずにパシパに入ってしまおうと考える信徒や商人がいて、馬車があちこちで客を乗せていた。

 パシ教の信徒は各国にいる。富と力が集まるパシパで商売をしようという人々も大陸の各地からやって来る。船着き場で馬車を待つ人々はその服装も、骨格も、顔立ちも、実に様々だ。ビャクグン、スオウ、ルリ、シャギル、シンもそれぞれ鮮やかな色の旅の楽人の服装をしていたが、ここでは少しも不自然に感じられなかった。

「早くお乗りなさいな」

 ビャクグンが馬車の前で声をかけた。荷物は既に積まれている。

 シンは慌てて馬車に乗り込んだ。

 岩や赤土がむき出しの荒れ地に所々灌木(かんぼく)が見える。

 ぽつりぽつりと小さな家が見え、それが集落をつくっている。パシパが造られる前から、痩せた土地と川を頼りに細々と暮らしていた人々の村だ。

 闇の迫る単調な道を、ところどころに散らばる明かりに目をやりながらシンは馬車に揺られた。

 やがて、日が落ち、恐ろしいような暗闇に飲まれる。しかし、彼らを乗せた馬車はわずかな明かりを頼りに、慣れた様子でパシパに向かう一本道を進んで行く。

 船を降りた時の緊張感は単調な道程のために長続きせず、ついにシンはうとうとし始めた。

「おい」

 暫くしてスオウがシンを揺すった。

 シンの目に検問所が映る。

 その先には無数の灯りが瞬いている。

 パシパだ。暗闇の中でもその大きさがわかる。パシパはシンが思っていた以上に巨大な都市だった。


 形ばかりの検査をされて検問所を通過すると、彼らは無秩序に広がった門前町の入口で馬車を下りた。

「食事はいかがですか?」

「今からでも休める宿があるよ」

「芸人さんはどんなところがお望みだい?」

 夜だというのに、通りは人でごった返している。

 一行の先頭に立ったスオウは、彼らの誘いを断りながら先へ進む。落ち着かないハビロを(なだ)めて後について行ったシンは、シャギルの足取りが軽いのに気が付いた。

「シャギル、パシパは初めて?」

「いや、何度か来ている」

 シャギルはうきうきと答えた。シャギルはまるで体全体で街の空気を取り込んでいるようだ。後からやって来るルリとビャクグンは女性らしくおしゃべりに興じ、先を行くスオウは慣れた様子で入り組んだ路地を歩いている。

 どこにいてもクルドゥリの四人は自然だ。

(こんなところは見習わなくちゃな。できるかどうかは別だけど)

 シンは苦笑した。


 間もなくスオウが一軒のこぢんまりとした宿屋の前で立ち止まった。満室の看板が出ていたが、スオウは気にせず扉を叩いた。

「すみません、満室なんです。どこか他の宿屋を当たって下さい」

 扉の小窓が開き、黒い瞳が覗いた。下働きの少年らしい。

「悪いが、主にスオウが来たと伝えてくれないか?」

「え……? あ、はい。お待ちください」

 少年は弾かれたように奥へ走って行った。


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