11.旅の一座⑦
シンが乗り込むと馬車は走り出した。
「お別れはできた?」
馬車の中でビャクグンが聞いた。
「姉上を怒らせてしまったみたいだ」
シンはため息交じりに答えた。
「仕方ないわね。でも、これでセレン殿も新しい生活に目が向くでしょう。今は辛いだろうけど」
ビャクグンはそう言って馬車の小窓を開けた。
街道で待っていたシャギルとルリが馬を寄せる。
「用は済んだよ」
「予定通りよ」
「二人ともご苦労様」
ビャクグンは頷き、するりと小窓を閉めた。
シンとクルドゥリの四人が怪しまれない程度に急ぎながら、ザクの街道を行く。ビャクグンとシンはスオウの馬車、ルリとシャギルはそれぞれ馬だ。
未だに見つからないシンとアイサには、クイヴル中に探索の手が伸びている。街道のあちこちでいかめしい兵たちが怪しいと見える旅人の足止めをしていた。
だが……当の二人を足止めする者はいない。
アイサはセレンの身代わりになって堂々とパシパに向かっていたし、シンは一緒に旅するビャクグンが有力な信者にのみ許される巡礼の手形を持っていたからだ。
順調に街道を進んだシンたちの一行は、その晩、街道沿いで宿をとった。ここでもビャクグンの手形が威力を発揮して、遅い時間だったにもかかわらず、彼らは快く迎えられた。
部屋に通されてマントを脱いだシンがほっと息をつく。
クルドゥリの四人組も思い思いにくつろいだ。
「ビャクが手に入れてきた手形の威力は大したものね」
体を伸ばしながらルリが言った。
「あちこちの寺院でお金をばらまいておいて良かったわ」
ビャクグンが微笑む。
「いつもの事ながら手際がいいな。どこまで先を読んでいるんだ?」
「スオウの言う通りだ。実はビャクに先読みの能力があったと言われても、俺は驚かないね。古にはそういう技があったと聞くが」
まんざら冗談でもなさそうに言ったシャギルに、ビャクグンはあっさりと答えた。
「先読みはむしろアイサの能力よ。私はただ事実を調べて組み合わせ、いくつか可能な予測を立てているだけだから」
「アイサの能力?」
シンが驚いて聞いた。
「そうよ。アイサはアエル様からいろいろな教育を受けている。それにたった一人でここに来たって事は、アイサは海の国でもそれだけの能力があると認められているのだと思うわよ」
(ただ事実を調べて組み合わせ、可能な予測を立てる、か)
「ビャク」
シンはじっとビャクグンの優雅な所作を一つ一つ眺めた。
「何よ、シン?」
「その姿は仮のものだ。あなたは底知れない人だ。ビャク、あなたは実は、男なのでは?」
スオウ、シャギル、ルリは驚いてシンを見た。
「また、突然ね? でも、何故そう思うの?」
嫣然とビャクグンが微笑む。
「僕にはどうしてもそう思えるんだ」
「それは勘?」
「いや、ビャクの性格や、ビャクを知る人の態度から、かな」
「ふうん、やはり、シンは油断ならないわね」
「じゃあ……?」
「アイサにも言ったけれど、私は自分のことを女性だと言った覚えはないわよ?」
「それじゃ、やっぱり」
シンは呆れたように言った。
「多くの人が一つの現象に対して勝手な推測や願望、つまり、思いこみを持つの。だから、どう見えるかはその人次第」
ビャクグンは面白そうにシンを見た。
「アイサも気づいていたんだな」
シンの声には少しばかりの不満が混じっている。
「君たちもなかなかやるじゃないか」
シャギルが愉快そうに言った。
「ずっと、何かが引っかかっていたんだ。ビャクが男だからって何が変わるわけでもないけれど……人騒がせだな」
シンは溜息をついた。
「あら、この特技のおかげでこれからパシパに押し込められる姫君に会いに行けるかもしれないのに」
「えっ、それはどういう事?」
身を乗り出したシンにビャクグンは意地悪く笑うと、それ以上何も教えようとしなかった。
スオウとシャギルが苦笑する。
そんな彼らを置いて、ルリはそっと部屋を出た。




