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Bright Swords ブライトソード  作者: 榎戸曜子
Ⅰ.闇の炎
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11.旅の一座⑤

 女たちの後に続いたシンとアイサは、ビャクグンの占う様子を眺めていたが、セレンは別人のように痩せただけでなく、具合が悪そうだった。

「セレン」

 微かな声だったが、アイサの怒りが伝わる。シンはアイサが実はとても感情的な性格だということに、とうに気づいていた。

 人に対する好き嫌いも激しい。

 時に自分の気持ちをコントロールすることも難しいようだ。アイサの言う巫女の修行というのは、感情のコントロールといったものとは関係ないのだとシンは納得した。

 その感情にまかせて、アイサは何をやり出すかわからない。それでも、アイサはとても義理堅いし、嘘がつけないこともシンにはわかっていた。

「ねえ、アイサ」

「えっ、何?」

 アイサがシンに顔を向ける。

「僕に黙ってセジュに帰るのだけは、やめてくれないか?」

 ついにシンは言った。

 さっきまで怒りと戦っていたアイサは、意表を突かれてシンを見つめた。

「約束してほしいんだよ」

 こんな時ではあったが、シンはここのところずっと心にあったことを言わずにはいられなかったのだ。

「わかった。別れの時が来たら、必ずシンに言う」

 シンの言葉が心からのものだとわかり、アイサは頷き、シンはほっと息を吐いた。


 セレンの占いが終わったところで、ナダルが顔を出した。

「あの、ナダル様、私、もう少しこの方と占いのお話がしたいのですけれど」

 セレンはそう言ってナダルを窺った。

「おやおや、セレン様はお忘れですか? 我々は明日にはここを出発します。少しぐらい占いの続きを話したところで、どうなるものでもあるまいに。ご自分がつらくなるだけです。この先あなたは静かにパシの神ギレのことだけ考えていればいいのです。それ以外は無駄というものですよ」

 りっぱな僧服の胸に手を当てて、ナダルは薄ら笑いを浮かべている。

 アイサの目が冷たくなった。

(確実に怒りが募っているな)

 それはシンも同じ気持ちだった。

 だが、どんどん怒りが募っていくアイサの気配に、シンは逆に冷静にならざるを得ない。

 そこへ警護の隊長が現れ、ナダルに小声で何事か告げた。

「何だと?」

 ナダルの顔が怒りに変わる。(おび)えたようにナダルを見たセレンに、ナダルはいかにも丁寧に言った。

「まあ、お好きになさるといい。ところでセレン様、私は急用ができました。ここで失礼します。クイヴルの命運があなたのお勤めにかかっているということ、それをどうかお忘れなく。パシパでまたお会いいたしましょう」

 ナダルと隊長が足早に部屋を出て行く。

 奥方も館に大口の客が現れたということで、慌ただしく挨拶に行った。


「こちらですわ」

 あっけなく部屋を出て行ったナダル、隊長、そして奥方を見送ると、毒のあるナダルの言葉も忘れて、セレンはビャクグンを自分の滞在する客室に案内した。

 セレンが使っている客室は高い天井と広々としたバルコニーを持っていて、細かな細工と絵が施された贅沢な造りになっている。

 置かれている調度品も高価なものだ。

「本当にシンに会えるというなら、お願い、シンに会わせて下さい。私にはもう時間がないのです」

 セレンは訴えた。

 リョユウは素早くバルコニーから手入れの行き届いた庭を見回した。部屋には一緒に入って来たシンとアイサいるのだが、姿を消している二人がリョユウに見えるはずもない。

「誰もいませんわ」

 リョユウが言った。ビャクグンは期待と不安で穴が開くほど自分を見つめるセレンに頷いた。

「シン、アイサ、いいわよ」

 ビャクグンが何もない空間に向かって声をかけ、それと同時にシンとアイサが姿を現す。

 事情を知らない者にとっては、まるで手品だ。

 リョユウが息を飲み、目を見張る。会わせてくれとせがんだセレンも、まさかこのような形とは思いもよらず、自分の目が信じられなかった。

「シン、アイサも。ああ、シン、本当にシンだわ。無事だったのね。だけど、シン、今までどこにいたの?」

 あっけにとられながら、セレンは上から下までシンを見た。聞きたいことも、言いたいことも山ほどあったが、セレンはこれだけ言うのがやっとだった。

「心配をおかけしてすみません、姉上。姉上はやつれてしまいましたね」

「シン……」

 それは、確かにセレンがずっと会いたかったシンだった。だが、セレンは目の前のシンに違和感を覚えた。

 暫く見ない間にずいぶん背が伸びたし、日にも焼けている。

 だが、それだけではなかった。

 シンが自分を心配してくれる様子は相変わらずだ。いつもはこれが嬉しいのに、セレンは今、自分がシンに気後れしていると感じた。

(シンは今までどうしていたんだろう)

 セレンは漠然と考えた。

「この人の仲間が姉上を安全な場所へ連れて行ってくれます。もう安心して大丈夫ですよ」

「それは……本当なのでございますね?」

 シンを見つめるリョユウの目に安堵の涙が浮かぶ。

 セレンはまるで他人事のようにシンとリョユウを眺めた。

(シンは確かに私を救いたかったのだろう……でも……それだけだ……私が望んだのはもっと……)

 絶望がじわじわとセレンを圧倒していった。

(シンは相変わらず優しい……だけど、私がシンを必要とするようには、シンは私を必要としていなかったのだ。愛しいと思っていたのは私だけ……私は今まで自分がシンを守っているつもりでいた。食事や、服装や、お稽古事……私は毎日の生活の中であれこれと世話を焼いたけれど、シンはあの城で誰の保護も必要なかったのかもしれない。何故気づかなかったのだろう……シンには自分の世界があった。シンの気遣いに心地よく守られていたのは……自分の方だったのだと)

「シン、あなたは? あなたは、どうするの? 一緒に行ってくれるのでしょう?」

 湧きあがる焦りを抑えて、セレンはシンに迫った。

「僕も一緒にここから姉上をお連れしますが、すぐにこの人たちのところへ戻ります。しなくてはならないことがあるから」

「しなくてはならないこと?」

 セレンの頭が冷えた。それと同時に様々なことが頭をよぎりだす。

「ああ、そうだわ。もし、私が逃げ出せば、クイヴルがオスキュラに攻められてしまう。それに、そんなことをしたら……兄上は私を許さない」

 セレンは震え出し、リョユウの顔がこわばった。

「セレン様の代わりの者がおりますから」

 ビャクグンが言った。

「身代わり?」

 セレンは、はっとしてビャクグンの後ろに立ってるアイサを見た。

「まさか、アイサ……あなたなの?」

 頷くアイサをシンが見つめる。

(ああ、アイサだ……シンが必要としているのは、このアイサなのだ。でも、何故私でなくこの娘なの?)

 セレンはかっとなり、我を忘れて声を荒げた。

「アイサ、あなたはわかっているの? 力の火の前に出るということは、とても危険なことなのよ?」

「わかっているわ。私の心配はいらないから、セレン、あなたは自分が丈夫になることだけを考えて」

「でも、私が務めを果たさなかったら、クイヴルが……」

「安心して。あなたはお尋ね者の私に取って代わられた被害者なんだから。それに、近いうちにオスキュラも、パシパも、クイヴルのことどころではなくなるわ」

「あなたを身代わりにする私が被害者ですって?」

(アイサは、私の身代わりになることがどういう事なのかわかっている。それなのに、どうしてこう平然としていられるのだろう? そもそも、いったい何故この娘は、私たちの……シンの前に現れたのだろう?)

「あなたは誰? いったい、何をする気なの?」

「セレン、余計なことは知らない方がいい。万一私がしくじっても、あなたは、ただパシパに行く途中、賊に襲われて連れ去られただけ、それだけのことなのよ」

「あなたを犠牲にするなんて……」

「犠牲じゃないわ。したくてしていることなの。私には私の都合があるのよ」

 ファニの城で一緒に過ごした時もセレンは感じていたが、アイサには迷いというものが見えない。

「でも……」

「セレン?」

「私たち、全く似ていないわ」

「大丈夫、考えがあるの」

 アイサがビャクグンを振り返る。

 ビャクグンが頷いた。

「姉上、早く」

 シンがセレンを急かす。

「シン、お連れして。時間がないわ」

 ビャクグンも言った。

「姉上、こちらへ」

 シンはセレンを傍らに引き寄せ、突然セレンとともに姿を消した。

「セレン様?」

 リョユウが声を上げ、慌ててそれを飲み込む。

「セレン様のことはもう心配いりません。アイサ、ちょっと待っていてね」

 ビャクグンはそう言うと、姿を消した二人を連れて部屋を出て行った。


 客間の扉が閉まった。力が抜けたリョユウは部屋のソファーに座りこみ、そして、ほっとした瞬間、急に恐ろしくなった。

(もし、このことがエモン様に知れたら、自分ばかりか、セレン様もただでは済まされまい。私のことはどうなってもいい。どうか、セレン様とシン様が無事に逃れられますように)

 リョユウは覚悟を決めた。

 庭から見えない場所に立ったアイサが自分を見つめている。

(この娘はエモン様に追われている。見つかれば、さぞひどい仕打ちを受けるだろう。身代わりになるのは自分の都合だと言っていたけれど、この娘はどんな恐ろしいことが待っているかわかっていないに違いない)

 リョユウは立ち上がってアイサに近づいた。

「アイサさん、私が時間を稼ぎましょう。その隙にここからお逃げなさい。今なら逃げられます」

「ありがとう、リョユウ。でも、私はこのままパシパに行く気よ」

「そんな気軽に言って……もし、このままパシパに入ってしまったら、力の火の前に連れて行かれますよ。あなたは、あの火が恐ろしいものだとわかっていないのです」

 リョユウは(さと)すように言った。

「いいえ、あの火のことは地上の誰よりもよく知っているつもりよ。私はあの火に用があるの」

「用があるですって? 本当にあなたは自分からあの火のところへ行きたいというの? アイサさん……そういえば、あなたは突然シン様の前に現れて、エモン様の手からシン様をお助けした……」

「リョユウ、あなたはセレンを何としても助けたかったのでしょう? 私のことは心配しないで」

 リョユウは目の前の娘に心が吸い込まれそうだった。震えていた心も温かいものに包まれ、いつの間にか落ち着いている。

「お待たせしました、アイサ、リョユウ殿」

 黒髪の女、ビャクグンが戻った。

「セレン様は?」

 リョユウが聞いた。

「私たちの馬車の中です。そちらはお任せください。リョユウ殿、あなたにはもうしばらくアイサの傍にいていただかなくては」

「わかりました。ですが、ナダル殿や警護の隊長がパシパでまた、セレン様を出迎えるでしょう。いくらアイサさんをセレン様に似せてたとしても……二人を欺くことは不可能ですわ。それに、パシパに着く前に、まだセレン様を知る者がおりますわ。この屋敷の奥方をどうするつもりですか?」

 リョユウはセレンとは全く容貌の違うアイサに目をやってため息をついた。

「大丈夫よ、ビャクが万事取り計らってくれるわ」

 憂い顔のリョユウにアイサが微笑む。

 ビャクグンが頷いた。

「アイサをセレン様に似せることはできるけど……私がそばについていてあげられない限り、それを何日も保つのは難しいわ」

「やはり」

 リョユウは厳しい顔で呟いた。

「だけど、リョユウ殿、アイサの外見は変えなくても大丈夫。ナダルも、警護の隊長も、すぐに戻るつもりでしょうけど、無理なの。言ったでしょう? パシパには行けないって。奥方も明日の朝は見送りの挨拶ができないはずよ。彼女には今晩この薬を飲ませるから」

 ビャクグンは荷物の中から小瓶を取出して見せた。

「まさか……毒ですか?」

 リョユウは恐ろしそうに小瓶に目をやった。

「いいえ、身体がふらついて動けなくなる程度。大丈夫、奥方は昼までには元通りになります」

 そう言うと、ビャクグンは今度は荷物の中から豪華な長いベールを取り出した。

「ここを出たら、アイサの周りにはリョユウ殿と、クイヴルからセレン様についてきた数人の供の者しかいなくなる」

「供の者たちはみな気心の知れた者たちばかりです」

 リョユウがきっぱりと言う。

「ええ、念のため、彼らにはこれでアイサの目立つ髪と目を隠してちょうだい。そうすれば後はオスキュラの警護の者だけよ。アイサをセレン様としてやっていけるでしょう?」

「それならば、できますわ。オスキュラの警護兵にはセレン様の御姿を見せておりませんから。あなたがおっしゃるように、ナダル殿と警護の隊長、そして奥方がいないなら、何とかなります。クイヴルから来た供の者はアイサさんに近づけないようにいたしましょう」

「よかった。では、後はリョユウ殿にお任せしましょう。それとアイサ、これは持っていてね。万事、計らっておくつもりだけれど、パシパでは何が起こるかわからないから。無茶をしないでね、アイサ」

 ビャクグンはアイサに姿を消すベールを渡して、念を押した。

「ありがとう、ビャク」

「また、会えますよ。近いうちにね」

 ビャクグンはそう言うと、ウインクして出て行った


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