10.奇妙な海賊⑦
「話がある。急用だ」
シャギルは顔を見合わせる海賊たちを見上げて叫び、海賊船から下ろされた縄梯子を身軽に伝った。
「この船を預かるのはリアンスだったな?」
勢いよく甲板に上がったシャギルは、警戒する海賊たちを見回した。
「呼んでくれ」
集まった海賊たちがシャギルを取り囲む。
「さっき話は済んだんだろう?」
「今度は何を企んでいるんだ?」
「一人で乗り込んでくるとはいい度胸だが、覚悟はできているんだろうな?」
血の気が多い男たちはシャギルを挑発して一戦構えたがったが、シャギルは相手にしなかった。
「止めておくんだな、後悔するぜ?」
「こいつ」
シャギルを囲む海賊たちの輪が一段と狭まる。
「そっちの頭目に話があるんだよ」
「シャギル殿、頭に話とは?」
騒ぎを聞きつけたリアンスが姿を見せ、穏やかに聞いた。
そこに副官のデュルンがいるのを見て、シャギルは小さく笑った。
「ナッド殿に渡すように、ミル船長から頼まれたものがあるんだよ」
「それでは、お預かり致しましょうか?」
如才なくデュルンが言う。
シャギルは心の中で舌を出した。
「いや、これはナッド殿に直接渡すように言いつかっているんだ。俺もこんなものはさっさと渡して、すぐにでもこんな物騒な船からはおさらばしたいところなんだが」
シャギルはからかうような視線を海賊たちから、もうかなり先に行っているナッドの船に向けた。
「そのように託されたのであれば、この船で一緒に我々の島まで行くしかないでしょう。なに、大して時間はかからない」
この船の船長であり、ナッドの副官でもあるリアンスは不満顔の手下を制して快くシャギルを船に迎えた。
リアンスの船が風を受け、軽快に進む。シャギルとリアンスは船べりで船の行く先を眺めた。
「シャギル殿は剛毅ですね。一人で海賊船に乗り込もうなんて、そんな人は聞いたことがない。よほどのことに違いない」
二人に近づいて来たデュルンが気安く言う。
シャギルは少しデュルンの熱意に応えてやることにした。
「船長がこっちの頭に大切なことを伝えておきたいと言い出してね」
シャギルは大きく溜息をついて見せ、それから、鎌をかけてみた。
「パシ教のことだか、オスキュラの軍のことだか知らないが……これだから年寄りは困る」
「パシ教かオスキュラ、ですか。これは我々にとってぜひとも知っておかねばならないことだ」
デュルンが一歩踏み出す。
「デュルン、これはナッドに直々に、との事なのだ」
「あ、はい。そうでしたね」
リアンスは、なかなかシャギルから離れようとしないデュルンを下がらせた。遠ざかるデュルンを見送ってシャギルは言った。
「デュルンはススルニュアの出身だったな? あんたと同郷ではないか?」
「そうなのだが……あいつはあまり国のことは話さない。いい思い出がないのだそうだ。ただ、船を扱う腕は確かだし、機を見るのにもさとく、私は何度も助けられている」
リアンスもデュルンの背を見送りながら答えた。
「ふうん、そういう仲間は結構いるのか?」
「我々は寄せ集めだ。それでも、話をしていくうちに、もと所属していた部隊とか……その素性がわかるものだ。みんな信用できる」
「デュルンはあまり自分のことを言いたがらないか……まあ、俺もそんなに人に胸を張って言えることなんかないしなあ」
豪勢な夕焼けを見ながら、シャギルは笑った。
シャギルを乗せた船は海賊の島の周りにある岩礁を上手く避けながら、入り江に入った。
「怪我人もいるし、船の被害も大きい。島でしなければならないことは多い」
リアンスが困った顔をした。
「俺たちを責めているんだったら、お門違いだ。仕掛けてきたのはそっちだからな、リアンス殿」
シャギルが答える。
「わかっている。実際たいした腕だ。正面切ってあなたたちと戦わなかったのは、我々にとって幸いだった」
リアンスは苦笑した。
「頭の方も、みすみすゴッサマー号という獲物を逃したんだ。ゲヘナの炎を封じようという俺たちのことを納得させてからでないと、これから動きがとれないだろう。大仕事だ」
シャギルは言った。
「そうだな。いろんな奴らがいるから、話をつけるには時間がかかるかも知れない。その間、悪いがこの船で待っていてもらえないだろうか? 見張りをつけることになるが」
「構わないよ。ところで、ここからクニの港までどのくらいかかる? ゴッサマー号がそこで待っているはずなんだが」
「すぐそこさ。用事が済んだら送ろう」
リアンスは親しみを込めて言った。
「助かるよ」
シャギルは機嫌良く言うと、案内された船室で横になった。
ナッドがシャギルの待つ船室に姿を現わしたのは、あたりがすっかり暗くなってからのことだった。
「シャギル殿、お待たせして済まない」
シャギルは長椅子の上で大きく伸びをして起き上がると、やって来たナッドを見上げた。
「ゆっくり休ませてもらったよ。その様子では、うまくいったようだな?」
「ああ。みんな、なんとか納得してくれたよ」
「じゃあ、用件を済ませよう」
「船長から預かったものがあるそうだな?」
「そういうことになっていたっけな。ところで、ナッド殿、今、島には全員揃っているか?」
「もちろんだが?」
ナッドは不審な顔をした。
「では、都合がいい。話がある。船を降りよう」
シャギルが軽やかに立ち上がる。
怪訝な顔をしたものの、ナッドは何も聞かず、シャギルとともに浜に降りた。
「酒の用意ができていますが?」
デュルンが二人を追ってきた。
「客人は少し話があるようだ。先に行ってくれ」
ナッドはデュルンに言った。




