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Bright Swords ブライトソード  作者: 榎戸曜子
Ⅰ.闇の炎
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10.奇妙な海賊⑥

「これは、いったい……」

 忽然と現れた二人から海賊たちは目が離せなかった。

「まさか、こんなところで……」

 言葉を失うナッドに、ビャクグンは言った。

「私たちはどうしてもあの火を封じる必要があるの。その手段を探していた最中に、この子たちに出会ったわけ」

「シン様……ですね?」

 尋ねるナッドにシンは頷いた。

 シンを見つめるナッドの脳裏に幼い頃のシンの姿が蘇える。

「シン様、シン様は覚えていらっしゃらないでしょうが、私は昔ファニの城を訪れたことがあるのです。あの時、シン様はエモンの容赦ない剣を上手く受けていらした」

「あっ」

 シンは兄の剣に責め立てられ、誰も助ける者がいなかった自分のために声をかけてくれた男を思い出した。

「あの時の……?」

「はい。シン様はエモンに強く打ちかかられても、あえて打っていこうとなさいませんでした」

「あれは僕に打ち返す力がなかっただけです」

 シンは気負い無く答えた。

 ナッドはかつての面影を残しながらも、今シンの浮かべている表情に驚いた。あの時、大人しいとばかり見えたラダティスの預かり子は、いつ兄に捕らわれ、命を奪われるかわからないというのに、こんなに生き生きとしている。

「シン様、どうやってあのエモンの手を逃れたのですか?」

「この人たちに助けられてここまで来ました。今は神の雷とパシの信徒が呼ぶあの火を封じるためにオスキュラに向かっているところです」

「えっ、あなたが神の雷を封じると? どういうことです? わかっているのですか? あの火は恐ろしいものだ。あの炎に近づく者は無事ではいられない」

 ナッドは耳を疑った。

「封じるのは僕じゃなくて……彼女です」

 シンはそっとアイサを窺った。

「何ですって?」

 ナッドは呆れたように首を振った。

「話になりません。こんな若い二人を使おうなどと呆れたものだ」

 ナッドが気色ばんだ。

 グリフィスもリアンスもクルドゥリの四人を睨む。

「そっちこそ一矢報いるって、何をする気だ?」

 シャギルが言った。

「近いうちにパシパに乗り込んで、あの火を使えなくする」

 堂々と答えるグリフィスにスオウが聞く。

「どうやって?」

「俺たちはこうして船を襲って荷を奪っているが、商人まがいのこともできる。荷に紛れさせて今までパシパに溜めこんでいた武器を使う。それで神の雷を発射する神殿を破壊し、あの火を葬るつもりだ」

 リアンスが言った。

「それこそ話にならないな。無駄死にするだけだ」

「何だと?」

 肩をすくめるシャギルにグリフィスが掴みかかる。

「無駄死にだろうが何だろうが、やってみなくては気が済まん」

 リアンスもシャギルに食って掛かった。

 ナッドは厳しい顔で自分たちを見るクルドゥリの四人、そしてシンとアイサに言った。

「オスキュラは今、本格的にススルニュアに介入しようとしている。戦いが長引けば、オスキュラはまた神の雷を使うだろう。ススルニュアの主要な町は強固な壁を築き、地下にトンネルを掘ってこれに備えようとしているが、どれほどの犠牲が出ることか……もともと俺たちはオスキュラや神の雷に恨みを持って集まった。命を賭ける覚悟はできている。やれるだけのことはやってみるさ」

「いくらパシパに武器を運び込んでも、パシパはパシ教徒の兵の他にオスキュラの軍にも厳重に守られているのよ? その囲みを破って神殿に近づくのは難しいわ」

 ルリは大きな溜息をついた。

「それに……あなたたちは、あの装置のことを知らなすぎる」

 ビャクグンがアイサを見た。

「ええ、コントロールルームは船の大砲ぐらいではびくともしない」

 アイサは頷いた。

「コントロールルームとは?」

 ナッド、グリフィス、リアンス、そしてリアンスに従うデュルンという男の視線がアイサに集まった。

「それは、あの兵器を動かすための部屋のこと。そこで神の雷を発射する方向を決めたり、実際発射するための指示を兵器に送ったりするわけね。そして、そのコントロールルームはもちろんのこと、あの火の元となる炎も、それを守るケースも、あなたたちには破壊できない」

「何故わかる?」

「そんなことがあるものか」

 リアンスとグリフィスが叫んだ。

「それについては確かよ。信じられないなら、やってみるしかないけど」

 ルリが言った。

「やってみてもいいが、成功しない上に、命はないよ」

 シャギルが付け加える。

「古の時代に生み出されたあの火はとてつもない力を持つ。その火を守るケースも、そしてあの火も、残念だが、我々の力で破壊できない」

「スオウの言う通りよ。それに、もしそのケースを破壊することができても、あの炎の災いが今度は荒れ地に広がることになるわ」

 ビャクグンが言った。

「それでは……今、お前たちが言ったことが本当なら、神の雷も、それを放つ装置も破壊できないなら……ススルニュアの命運も尽きたようなものだ」

 リアンスの声が震えた。

「クイヴルも滅ぶ。あの兵器がある限り、クイヴルはオスキュラに逆らえない」

 苦々しく言うと、ナッドは腕を組んだ。

「だが、大人しくオスキュラの言うなりになっていれば、少なくとも神の雷は降ってこないと思うがね?」

「何をっ」

 グリフィスが拳を握り、シャギルに飛びかかった。

「どうも人というものは……ただ言いなりになるということができないらしい。それも、ほんの少しでも希望があればの話だが」

 軽く身を躱すシャギルを横目で見ながら、スオウは言った。

「俺は神の雷が放たれた後を見たんだ。焼き払われた土地、そして建物を。でも、それ以上に恐ろしかったのは生き残った人を見たときだった。病に冒され、日に日に弱り、ついには死んでいく彼らを見るのはたまらない」

 リアンスの言葉にアイサは唇を噛んだ。

「ゲヘナの炎からは、人を病にする光が出ている。どんなに厳重にしても、その力は完全には封じ込められていない。信者や兵達の中にも病人が出ているはずよ」

「ゲヘナ?」

 ナッド、グリフィス、リアンスの三人が声を上げ、アイサを見た。

「この大陸をいったん破壊しつくした、古の兵器。今は神の雷なんて呼ばれているけど」

 ビャクグンが言った。

「古の兵器? そんなものを崇めるなんて……いったいどういう気がしているんだ?」

 ナッドが拳を握った。

「それを手にした者たちが大した力を持つということだけは確かね」

 ビャクグンは皮肉に言い、それからナッドを見つめた。

「私たちはゲヘナを封じる方法を探っていた。でも、並の方法ではゲヘナの炎を封じることも、近づくことさえままならなかった……かといって、たとえティノスやディアンケを暗殺しても、その後、ゲヘナを持って暴走するパシパや、オスキュラを押さえるだけの力は私たちにはないわ。そんな中、この二人に出会ったの。詳しいことは言えないけれど、アイサにはゲヘナの炎を完璧に封じる力がある」

「アイサ……そう、アイサという娘が、シン様と一緒だと聞いた。あなたは誰です? クイヴル人とは思えない。神の雷、いや、古の兵器ゲヘナに詳しく、その上、不思議な技を使う。さっきも、何もないところから現れた……」

 ナッドはアイサを見つめた。

 美しいとか、可愛らしいとか、魅力的な女ならばナッドも知っている。だが、アイサはそのどれとも違っていた。ナッドは輝くその瞳に吸い込まれ、エメラルド色の光の中で、自分の心がどこまでも広がっていく……そんな感覚に捕らわれた。それに抗えず、快さに身を任せ、計ることのできない時間が過ぎ、やがてナッドは自分が経験したこともないほど無防備であることに気づいて、はっとした。目の前にはにっこりと微笑むアイサの姿がある。

「今のは……何だったんだ?」

 怪訝な顔をしているナッドにシンは言った。

「ナッド殿、アイサにはゲヘナを封じる力があるが、そこまでたどり着き、無事に戻って来られるかが問題なのです。僕はこれから彼女とパシパに行って、ゲヘナを封じる手伝いをするつもりです」

「シン様はラダティス様が殺された晩、たまたま城に滞在していた娘と行方をくらましたと聞きましたが、信じられませんでした。あのエモンの手を逃れたなどと……でも、アイサさん、あなたは不思議な方だ」

「私をこのままパシパに行かせてくれますか?」

「あの火を封じる力があるというあなたのことを、私は信じたくなった。ですが、近づく者が病を得るなら、あなたの身が心配だな」

「大丈夫。私はあの炎の影響を受けることはないから」

「本当なのですね?」

 念を押すナッドに、アイサが頷く。横からグリフィスが聞いた。

「おい、ナッド、本気なのか?」

「そのようですね」

 息を飲んでアイサとナッドを見つめていたリアンスが言った。

「ああ、私はこの人たちに協力する。皆にはこれから島に戻ってそのように話す。私は自分の目を信じたい」

「ゲヘナに近づく策は、これから練るんだけどね」

 ルリが明るく付け加える。

「しかし、我々よりあの兵器について知っていることは確かだ」

 リアンスはシンとアイサ、そしてクルドゥリの四人を見回した。

「あの火はどうしても滅ぼしたい。そのためには俺はどんなことでもする。あんたたちにその力があるのなら、ここは是非とも協力しよう。思わぬ方向へ話が転がったが……ナッド、俺もこの話に乗るぞ」

 グリフィスが言った。

「私もです」

 リアンスも頷いた。

「よし、私はこの人たちとパシパに行く。そして、無事にあの火を封じることができたら、エモンに追われるシン様をラダティス公に代わって今度は私がお守りしよう」

 これを聞いてアイサはほっとした表情を浮かべた。だが、シンは突然の話に当惑するばかりだった。

「でも……ゲヘナを封じた後のことなんて……それにナッド殿、オスキュラに追われる僕を守るなんて、あなたがそんな危険を冒すほどの価値は僕にはありません」

「いいえ、私はサッハでもファニでもラダティス様にはお世話になっています。ラダティス様はシン様のことを、ことのほか気遣っていらっしゃった」

 ナッドは大らかな笑みを浮かべている。

「申し出は有り難く受け取るものよ、シン。ですが、ナッド殿、ゲヘナのことはこちらに任せていただきましょう」

 ビャクグンは言ったが、ナッドは首を振った。

「いや、手伝いくらいはさせて欲しい。そうでなければ俺たちは何のために仲間を増やし、海賊までやってきたのかわからないではないか」

「そうねえ……じゃ、アイサがパシパから脱出するときに力になってもらえるかしら?」

「わかった。任せてくれ」

「パシパに着いたら連絡するわ」

 ビャクグンは微笑み、ルリがすかさず言った。

「これまでの話は他言無用よ」

「もちろんだ」

 ナッドは頷き、シンとアイサを見た。

「どうかご無事で。必ず、パシパで会いしましょう」

「ナッド殿、どうもありがとう」

 シンとアイサが答える。

「そろそろ先を急いだ方がいいのではないかな?」

 スオウが言った。

「ただちにそちらの船長を解放しよう」

 ゴッサマー号の砲撃で動きが取れなくなった船を預かっていたグリフィスを連れ、ナッドが自分の船に戻った。リアンスとデュルンも、自分たちの船に移る。

 間もなくミルが海賊船とゴッサマー号との間に渡された橋を渡って帰って来た。ほっとした船員たちがミル船長に駆け寄り、ゴッサマー号から離れて行く海賊船を見送る。

「ミル、助かったわ」

 近づくミルにビャクグンが言った。

「俺たちの活躍を見せられなかったのは残念だったが……向こうはどうだった?」

 ミルの様子を確かめながら、シャギルが聞いた。

「海賊としてはずいぶんまともでしたね。ところで頭目とは話ができましたか?」

 シャギルに答えると、ミルはビャクグンを見た。

「首尾は上々、といったところかしら」

「それは何よりでした。それで、我々は?」

「このままススルニュアに向かってちょうだい」

 ビャクグンが答える。

 ゆっくりとゴッサマー号から離れて行く二隻の海賊船。アイサはリアンスの船を見ながら、リアンスにつき従うデュルンという男のことを考えていた。終始黙って控えているその穏やかそうな表情の下に、どこか人を見下したものを感じて、アイサはどうしても違和感をぬぐえなかったのだ。

「あのデュルンっていう人、うまく隠していたけど、何か嫌な感じがした」

「アイサがそう言うなら……ちょっと気になるね」

 シンが答える。

「ふーん、俺が行って調べて来よう。いいよな?」

 船の手すりに寄り掛かっていたシャギルがすっと身を起こした。スオウ、ビャクグン、ルリが頷く。

「クニの港で待つ。ここから一番近い。朝までには連絡してくれ」

 スオウが言った。

「おう」

 返事と同時に駆け出して、シャギルは近くにいた船員に声をかけた。

「ちょっと舟を下ろしてくれ」

 手慣れた船員が小型のボートを下ろし、シャギルは身軽に乗り込む。

「変なこと言っちゃったかしら?」

 アイサは言った。

「いや、これほどの情報のやりとりがあったんだ。油断できない。だけど……シャギル一人で大丈夫かな?」

 小舟に乗って漕ぎ出すシャギルを見てシンが眉を寄せる。

「大丈夫よ、シン。シャギルは海賊相手に暴れられなくて欲求不満なのよ。羽を伸ばしてくるつもりだわ」 

 ルリが答えた。

「むしろ、相手の方が心配ね」

 リアンスの船の船員に合図を送るシャギルに目をやって、ビャクグンは微笑んだ。


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