10.奇妙な海賊⑤
大人しく船に引き上げる海賊と彼らに連れ去られるミル船長を、ゴッサマー号の船員たちが見送った。
「船長はすぐに戻ります。さあ、持ち場に戻ってちょうだい」
ビャクグンの考えを尊重するために自らが捕虜になった船長を目の当たりにしていたゴッサマー号の船員たちは、すぐにビャクグンの立場を理解し、ビャクグンの指示に従った。
甲板に残ったのは、海賊の頭目、二人の副官、副官に付き従った影の薄い男、そして、ビャクグン、スオウ、シャギル、ルリ、そして姿を消したままのシンとアイサだ。
ビャクグンがナイフをしまい、頭目から手を放す。
海賊の頭目はゴッサマー号の乗組員が持ち場に戻っていくのを見て、身に着けていた剣を置こうとした。
「その必要はないわ」
ビャクグンは微笑んだ。
頭目は目の前の美しい女を見た。
「いいのか?」
「ええ」
ビャクグンは答えた。
「だが、どうやったって俺たちの隙はつけないぜ? 敗者復活を考えても無駄だ」
シャギルが茶化す。
「別に負けたつもりはない。ただ、聞きたいことができたので残ったまでだ」
海賊の頭目は落ち着いて返した。
「全く、あんたって人は……」
赤い髪で金色の目をした副官が苛立った声で言った。
「いくらあの二人があなたの探していた人物だとしても……決着をつけてからでもよかったのでは?」
優し気な副官も納得ができない顔だ。
「お前らと違って、少しは見る目があったってことだろう? 第一、俺たちに抑えつけられていたくせに、どうやって決着をつける気だったんだ?」
シャギルの態度にむっとする赤い髪の副官とは対照的に、一向にシャギルの挑発に乗ってこない頭目に、ルリが聞いた。
「この辺の海賊は一隻で行動するものだと思っていたけど、私たちの早合点だったようね? いつからあんなふうに船を襲うようになったの?」
「そっちこそ、ただの羽振りのいい交易船ではなかったようだ。初めから俺たちが乗り込むのを待っていたな?」
ゴッサマー号の装備に目をやりながら頭目は言った。
「お前たちの戦いぶりを見て、どんな奴かと思ってな」
スオウが答えた。
「ただ者ではないな」
頭目が呟く。
一方、このやり取りに我慢できなくなった副官の一人は赤い髪を振り、金の目をひらめかせながら、くつろいだ様子のビャクグンに詰め寄った。
「港ごとにパシ教の寺院に寄って、高額の寄進をしていると聞いている。お前たちはパシ教徒か? どんな手を使ったか知らないが、さっき一瞬姿を見せた二人はどうした? 返答によっては……覚悟しろよ?」
「気が短いのね」
ビャクグンは面白そうに笑った。
ビャクグンの言い方に詰め寄った副官は面食らったが、ビャクグンは構わず続けた。
「答える義務なんて全くないけど、パシパは……人を救うと言いながら、神の雷という圧倒的な暴力をふるっているところが気にくわないわ。たちの悪いおもちゃを手に入れたものね。いい迷惑よ」
「では、何故寄進などしている?」
優しげな副官がビャクグンを睨んだ。
「敵情視察かしら」
「敵……?」
海賊たちは息を呑み、甲板に残ったクルドゥリの四人を見た。
「あなたたちは、私たちがパシ教の寺院に寄進するのを知っていた。こちらこそ聞きたいわ。何故あなたたちがそのことにこだわるのか」
「俺たちもパシパが気にくわないからだ」
優しげな副官が押し殺した声で答えた。
「海賊にも気に入る神様と、気に入らない神様がいるわけね?」
ルリが笑った。
「海賊にしては、あの戦いぶり、どこか軍を思わせる統率のとれたものだった」
こう言ったスオウに頭目は答えた。
「それは仕方がないな。我々は、もともとたいていが軍の出身者だ。俺はナッドという。もとは、クイヴルの武官だ。王宮で働いていたこともあったが、あそこの連中は、オスキュラがクイヴルを狙っているというのに、目先の権力争いに明け暮れていて、いつまでたっても外を見ようとしない……俺は嫌気がさして軍を飛び出した。あの神の雷のことを調べねばどうにもならんと思ったしな。その隙にクイヴルはエモンに乗っ取られることになったのだが」
海賊の頭目ナッドは苦々しく言った。
「なるほどね。クイヴルの出身か……」
シャギルが言った。
頭目は頷くと、二人の副官を順に示した。
「赤髪のこいつは、グリフィスだ。ススルニュアの軍にいた。そして、こっちがリアンス。リアンスは、俺がクイヴルを出てから初めてできた仲間だ。二人ともススルニュアの出だ」
「おい、ナッド……どういうつもりだ?」
グリフィスが慌てて言った。
リアンスも戸惑っている。
二人を目で制して、海賊船の頭目ナッドは続けた。
「グリフィスは、自分の村がオスキュラ軍に攻められ、長く持ちこたえていたそうだが、ついに神の雷にやられた……後で行ってみると、村は見る影もなくなっていたという。生き残った者も、ごくわずかだったそうだ。リアンスもやはり神の雷に焼かれた村を直に目にしている。リアンスについているのがデュルン、やはりススルニュアの出身だ。彼は船の扱いに長け、偵察の仕事をしている。このあたりの港にはいろいろな事情の奴がいる。神の雷やオスキュラに恨みを持つ者は多い。俺たちは意気投合し、仲間を増やして島を奪った」
「島って、前からこの辺にあった海賊の島か?」
シャギルが口を挟んだ。
「この辺の海賊一家を乗っ取ったってわけか」
スオウが驚いた様子で言った。
「効率がいいわね」
ルリが笑った。
「ぐずぐずしているわけにはいかなかった。俺たちはオスキュラやティノスに一矢報いたいと思っている。そのために、各港で情報を集め……」
「金品も集めている」
シャギルが続けた。
「その通りだ。さあ、今度はそっちの番だ。さっき見えたのはファニ領のシン様だ。そうだろう?」
「シン、アイサ、出ていらっしゃい」
ビャクグンが声をかけた瞬間、シンとアイサが姿を現し、ルリに抑えられていたハビロが二人に向かって駆け出した。




