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Bright Swords ブライトソード  作者: 榎戸曜子
Ⅰ.闇の炎
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10.奇妙な海賊②

 補給を終えたゴッサマー号がゆっくりと港を離れた。穏やかな海上を船は気持ちよく進む。北のフィメル港を出た時と比べると日差しはぐっと強くなっていた。

「よくやるわねえ」

 今日も朝から甲板で剣と素手での武術の訓練をするスオウとシンを見て、ルリが目を見張った。

「ああ、あいつ、スオウ相手によく身体が持つな」

 シャギルも感心している。

「スオウがあんなに面倒見がいいとは思わなかったわ」

 通りかかったビャクグンが目を丸くして見せた。

「そう言うビャクだってそうだぞ? よくアイサにつき合ってる」

 実際、人のことには構わないビャクグンが、ここのところ熱心にアイサの剣の相手をしていた。それはシャギルとルリにとって、スオウがシンの面倒を見ること以上に珍しい。

 からかうようなシャギルに頷くと、ビャクグンは隣にいたアイサに大げさにウインクした。

「ああ、それはね、好・き・だ・か・ら」

「え? ビャク……」

 一瞬言葉を失って固まったシャギルとルリの呪縛をアイサの笑い声が解いた。

 ビャクグンも笑い出す。

 明るい声が甲板に響いた。

「シンには実戦の経験がないだけなのよ。もともと判断は速いし、動きに切れもある。スオウが連日しごいているせいで、体力もついてきたわ」

 ビャクグンはスオウとシンの動きに目をやって言った。

「今までは人に盾になってもらっていたけれど、自分の身は自分で守らなくてはならなくなったわけね」

 ルリが溜息をつく。

「いや、ルリ、奴ははじめから自分の身を守るすべを身につけていた。報告が入っていたぜ? 奴の幼少期のな」

 シャギルの言葉にアイサは無言で頷いた。

「強くならなければというシンの気持ちがこっちにまで伝わってくるようだわ」

 ビャクグンは満足そうに微笑んだ。


(さて、私の方も試してみるか)

『自分の気配がどれだけ相手に悟られているか、知っておくことも大切ね』

 船上でアイサの武術の稽古の相手をしていた時にビャクグンが言ったのだ。

 アイサは昼食をとるとベールで姿を消して船長室に向かい、船長室の一角に身を潜めた。

 ビャクグンは昼食の後よく船長室で休む。

 案の定、間もなくビャクグンとミルが部屋に入ってきた。

「お茶をお淹れましょう」

「ええ、お願いするわ」

 ミルはビャクグンと二人だけになると、なおさらビャクグンに丁寧になるような気がする。

(クルドゥリの人たちはお互い気安いように見えるが、そうでもないらしい)

 船が揺れた。

(まったく……危なっかしい乗り物だわ。こんな所から海に投げ出されて……お母様もたいへんだったわね)

 アイサの脳裏になつかしい母が浮かんだ。

 ミルが慣れた様子でビャクグンに飲み物を勧めている。

 なかなかお目にかかれない繊細なカップだ。

 また揺れる。

 今度は大きい。

(あっ)

 アイサの気が一瞬それた。

 ビャクグンはテーブルの上の角砂糖を何気なくつまみ、それを立て続けに姿を消したアイサに向かって投げた。ビャクグンの投げた角砂糖がアイサのいた床に落ち……同時にアイサがビャクグンのそばに姿を現した。

「うまく(かわ)したわね」

 ビャクグンが微笑んだ。

「お二人とも……何をなさっているんです?」

 ポットを持ったまま立ちつくしたミルが呆れた声を出した。

「姿を消してビャクに通用するか試したんだけど、失敗したわ」

 アイサが口をとがらせた。

「私もダメージを与えられなかったわ。それどころか、もう少しでこっちの胸元に迫られるところだった。なかなかやるわね」

 ビャクグンは機嫌良く言った。

「やれやれ」

 ミルは二人を見比べて大きくため息をつき、改めてアイサのために茶を淹れた。

 ミルがアイサに勧めたカップは、ビャクグンのものとは全く違って、一見素朴にも見える。

 だが、それだけでないのはアイサにもわかった。

 描かれた葉のデザインや色合いが伸びやかな芸術品だ。

「これはサッハで求めたものです」

 カップを見つめるアイサに、ミルは微笑んだ。

「サッハ……クイヴルの王都の?」

「ええ、先のクイヴル王は美術品の愛好家でした。サッハの城には数多くの名品がありましたが、王家が根絶やしになると、彼らの集めた美術品があちこちで出回るようになったのです。その多くは、我々が買い求めました。オスキュラの連中が、財宝や刀剣の方に夢中になっているうちにね。このような品々も、本来ならばクイヴルの中で、しかるべき方の手の中でこそ輝くのでしょうが……仕方ありません。混乱に紛れて失われるのは惜しいですからな」

 ミルはアイサの持つカップに目をやった。

「クルドゥリか……たいしたものね」

 アイサはビャクグンを見た。

「それでも、今はクルドゥリにとって、とんでもない危機なの。オスキュラのディアンケ王も、その王子たちも、我々の存在がただの言い伝えではないと確信しているわ。クルドゥリを見つけるために、人を動かしてもいる」

「クルドゥリがこれだけ動いていれば、無理もない話ね」

 アイサが言うと、ビャクグンは黙って頷いた。

 ミルは厳しい表情を浮かべて言った。

「富の集まるところを追うことで、かなりのことをつかむことができるでしょう。たとえ我々の国に入ることはできなくても、その場所を知られ、ゲヘナを向けられれば……我々に勝ち目はない。あの火には我々であっても対抗できません」

「なるほどね……」

 アイサはカップに口をつけた。

 ふと、ビャクグンが顔を上げる。

「何?」

 アイサも船室のドアに目をやった。


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