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Bright Swords ブライトソード  作者: 榎戸曜子
Ⅰ.闇の炎
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6.ウィウィップの里⑦

 旅装を解いたクルドゥリの旅人は客用の部屋のソファーに腰を下ろし、やってきたピルムから、昨夜シンとアイサがピルムに話した話に耳を傾けていた。ピルムが一通り話し終えると、大柄な男が感慨深げに言った。

「しかし、驚いたな。初めてあの娘を見た時は、確かにアエル殿によく似ていると思ったが、まさか本当にアエル殿の娘だったとは」

 彼は他の仲間に比べて一段と体が大きかった。それが鍛え抜かれていることは、服の上からでも容易に想像がつく。

 彫りの深い整った顔立ちをしていて、黒い髪に黒い瞳は黒髪の女と同じだが、どこか静かな風情を感じさせた。

「だが、スオウ、あの娘にアエル殿ほどの力がある保証はどこにもないぜ?」

 見事な金髪に青い目の若者がバイオリンの(げん)の調子を調べながら言った。

 引き締まった細身の身体、甘い顔立ちは特に女性の気を引き、本人もそのことを十分承知しているようだ。

「でも、あの子がゲヘナを封じる力を持っていることは確かなのよ? それがどれほど得難(えがた)いことか」

 こう言った娘も金髪だが、若者よりも色が薄い。

 すんなりと伸びた手足、色白の肌。

 灰色の瞳が輝く、知的な美人だ。

「ルリ、封じる能力を持つことと、実際に封じることとは違うぜ? パシ教も、その大主教ティノスも一筋縄ではいかない。ここまでの様子を見ると、あの調子では命がいくつあっても足らないだろうな」

 一通り調弦(ちょうげん)が終わった若者はこう言って黒髪の女を見た。

 彼女は彼らの話も上の空の様子だ。

「どうしたんだ、ビャク?」

 大柄の男が声をかけた。

「実際アイサ殿の技量(ぎりょう)に触れたお前だ。お前の目から見て、アイサ殿はどうだ? 使えそうか?」

 重ねて聞く男に、黒髪の女は不思議な笑みを浮かべて答えた。

「アエル殿は……(はかな)げに見えながら、芯はしっかりした方だった。バラホアの民に特有の先を読む能力に長け、動物を従え、人の心も読む。あの娘はそれに野生が加わった感じよ。何をするかわからない。あのエメラルド色の瞳。私にも(つか)めない。あの瞳は父親譲りね。どんな方かしら、アエル殿が選んだ方は?」

「おい、ビャク、俺が聴きたいのは……」

 大柄な男は呆れた声を出した。

「あら、悪いかしら? 私、これからアイサ殿にたっぷりお父様のことをお聞きするつもりよ。ピルム、夕食はあの子たちと一緒にいただけるんでしょ?」

「ええ、今準備をしているところです」

「それじゃ、私、お風呂に入ってくるわ。みんなもそうしなさいよ」

 黒髪の女はいそいそと部屋を出て行った。

 バイオリンをいじっていた若い男はその手を止め、黒髪の女を目で追った。

「なあ、スオウは……ビャクと付き合いが長いんだよな?」

 大柄な男は嫌な顔をした。

「ああ、ある意味、同窓生と言えるだろう。得意分野が違っているから、いつも一緒というわけでもなかったし、仕事もほとんど別だったが」

「なら、俺が多少戸惑っても不思議じゃないな?」

 若い男の言葉に娘が笑い出した。


 この日、食事のためにシンとアイサが案内された部屋は、昨日二人がピルムと食事した部屋よりもずっと広かった。

 天井も高い。

 ここは彼らと付き合いが長いという、クルドゥリの客人を迎えるためにつくられた部屋のようだった。

 そして、ここの壁にもまたタペストリー。

 だが……

 昨夜見たものとは桁違いの大きさにシンとアイサは息を飲んだ。

 タペストリーは全部で四枚。

 飛行船や高層建築群といった、今の彼らの生活とはかけ離れた風景が描かれているもの。

 戦いの中で恐ろしい火に追い立てられる人々や動物たちを描いたもの。

 長い列を作って彷徨う人々を描いたもの。

 そして緑と明るい日差しの中で暮らす人々を描いたもの……

「古の文明を受け継ぐ里か……」

 シンはタペストリーを食い入るように見つめている。

「かつての大陸……言い伝え通りだ」

 呟くシンに、アイサも頷いた。


 二人がタペストリーに見入っている間、ピルムがクルドゥリの客とともにやって来て席に案内した。

 シンとアイサをユイが促す。

 二人が用意されていた晩餐の席に着くと、大柄の男が口を開いた。

「ピルム殿から、だいたいのところは聞いた」

「そうですね。今度はお二人に皆さんのことをご紹介しなくては」

 長老のピルムはそう言うと、緩く波打つ黒髪の美女と大柄な男に目をやった。

「こちらがビャクグン殿。そして、その向こうがスオウ殿。スオウ殿がこの一行のまとめ役といったところでしょうか?」

 ピルムは少し首をかしげて大柄な男に聞いた。

「ビャクは勝手にいなくなるからな」

 大柄な、スオウという男は不本意そうに答えた。

「仕事よ」

 黒髪の女、ビャクグンが笑う。

「そして、こちらがシャギル殿」

 ピルムは二人のやり取りにお構いなく、酒の味見をしていた青年を示した。

「シャギルだ。俺はバイオリンの名手だよ。俺一人でこの旅の一座は持つね」

「後で聞かせて頂きたいわ」

 アイサが言った。

「代わりに一曲歌ってくれたらいくらでも」

 シャギルは楽しそうに答えた。

「それは楽しみです。そして、この方がルリ殿」

「よろしく。私のことはルリでいいわ。シャギルがいなくたって、この一座は私の舞で持つわよ。後で一緒に踊らない? 教えてあげるわ。ビャクはほとんど踊らないから」

「私は歌の方が向いているのよ。そうそう、私のこともビャクでいいわ。これから一緒に旅をするなら、それが自然よ」

 ビャクグンは答えた。

「一緒に旅をする? それはまだ決めていない」

 シンは素っ気なく答え、アイサも慎重に頷いた。

「まあ、そうだが」

 スオウが二人を見た。

「こちらのクルドゥリの方々は、何故お二人がオスキュラに行きたがっているのかわかっています」

 ピルムが言うと、スオウが続けた。

「我々は国の命令で、ゲヘナを封じる方策(ほうさく)を探っていたのだ。オスキュラがクイヴルを狙っていることはわかっていたから、道すがらエモンの(くわだ)ての成り行きを見るため、こちらに立ち寄ったんだが……そこでお前たちを見つけたわけだ。思いもよらぬ収穫だった」

「あなた方の国は、ここと同じでよそには知られていない。これまで通りに暮らしていれば、厄介なことに手を出さなくとも、ゲヘナをやり過ごすことができるのではないか?」

 シンは用心深く聞いた。

「オスキュラの中には、私たちの国の存在に感づき始めた者がいるのよ。今のところ探し当てられてはいないけれど、このままオスキュラが力を伸ばせば危なくなる。クルドゥリの場所を特定されてそこにゲヘナを向けられれば、いくら地下に潜っても被害が出る。クルドゥリは屈服せざるをえないわ。手遅れになる前に何とかしなくては、というわけなの」

 ビャクグンが答えた。

「私の、この指輪の力があなたたちの探していた方策だと?」

「ええ、アエル殿にそっくりなあなたが海の国からシールドの力を持って現れた。私たちにとって、これ以上の朗報はないわ」

 アイサの問いにゆったりと穏やかに答えながらも、ビャクグンは自分が目の前の娘に圧倒されていると感じた。

 浮雲亭で対峙した時もそうだったが、ビャクグンはこの娘に自分の心が見透かされている気がしたのだ。複雑で、普段は自分でも忘れているような感情まで全て。

 この娘と向かい合うことにどれほど神経を使っているか、ビャクグンは自分でも信じられないほどだった。

 アイサは冷めた目で順にクルドゥリの四人、ビャクグン、スオウ、ルリ、シャギル……を見た。

(確かに仲間は欲しい。でも、彼らはセグルたちとも、ウィウィップの人たちとも違う。得体が知れない危険なものを持っている。どうしたものか……)

 アイサは再びビャクグンに視線を戻した。

(この人はゲヘナを封じるためなら、何でもする気だ。そのことに偽りはない。ならば……それで十分ではないか)

 アイサは一見(いっけん)無邪気にも見える笑みを浮かべた。

「力を貸してくれるの?」

「ええ、ゲヘナを封じるためならば」

 ビャクグンは我知らず苦笑した。

「有難いわ」

 アイサは傍らでビャクグンを見つめるシンに頷いた。

 シンも頷く。

「じゃあ、決まりね。よろしく、シン、アイサ」

 ビャクグンの笑みが嫣然(えんぜん)としたものに変わる。

「とにかく、オスキュラのパシパに着かないことにはな」

 ほっと息を吐いてシャギルがグラスを置いた。

「そして、ゲヘナの炎に近づかなくては。近づくだけで命が失われるという話もあるけど」

 ルリの表情は厳しい。

「大丈夫、手だてはあると思うわ」

 アイサは言った。

「へえ……」

 ちらりとアイサを見て、シャギルはスオウに酒を注いでやった。それから大袈裟(おおげさ)に溜息をつく。

「しかし、馬鹿げているなあ。恐ろしい兵器を力の火だとか、神の雷だとか言って信仰する奴らがいるんだから。どうしてそんなに目が見えないんだか」

「上手く利用されている」

 スオウが注がれた酒を(あお)った。

「そういうことだわね」

 ビャクシンもグラスを取ってスオウに付き合う。

「くだらないものに心を奪われたものだわ」

 ルリが吐き捨てる。

 シャギルは舌打ちすると、傍らに置いていたバイオリンを手に取って、勢いよく立ち上がった。

「どうせ心を奪われるなら、俺の音楽にして欲しいもんだ。じゃ、まず俺が一曲弾こう」

 身構えていたシンは拍子抜けした。誰も二人に根掘り葉掘り聞くようなことしなかったからだ。

 シャギルがバイオリンを弾き始める。

 もの悲しい音が次第に激しくなり、やがて明るく変わっていく。

 速く、遅く、高く、低く、聞く人の心を揺さぶる。

 一曲終わるとアイサは殺していた息を吐き出した。セジュの音楽家ナイとはまた違った叙情だ。

「すばらしいわ、これはクルドゥリの曲?」

 アイサが聞いた。

「部分的にはそうだね。所々俺の即興が入っている」

 シャギルはにっこりした。

「たいしたものだね。こんな美しい曲、初めて聞いた気がする」

 シンも言った。

「次は私よ」

 ルリが言うと、スオウが横笛を取り出した。

 ルリはスオウの演奏する軽快な音楽に合わせ、ステップを踏み、全身でリズムを刻む。

 シャギルがバイオリンで加わった。

 心が沸き立ってくるようで、文句なしに楽しい。

「すてきだわ。あんな複雑なステップ初めて見たわ」

「ありがとう」

 ルリは微笑んで答えたが、その呼吸は少しも乱れていなかった。

「さあ、君たちの番だ」

 シャギルが言った。

 シンとアイサは顔を見合わせ、アイサの母が歌っていた歌を歌った。

 シャギルがそっと二人の歌に合わせバイオリンを弾く。

 ともに歌うシンの声が心地よく、アイサの心は懐かしい海の底に沈んでいった。

「これでビャクグン殿の歌が聴けたら最高なのですが」

 ピルムがビャクグンを窺う。

「ご期待に添えますかどうか」

 ビャクグンはおどけて言って、それからウィウィップの古い歌を歌い始めた。

 最高だった。

 人の心を包み込むような温かさも、戦慄させるような迫力も自在だった。

 部屋の外では里の人たちが聞き耳を立てていたことを、シンもアイサも後で知った。


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