6.ウィウィップの里⑥(挿絵あり)
翌朝早く、アイサが広場へ行ってみると、もう里の人の姿が見えた。広場の掃除をしている者もいれば、蔓で編んだかごを野菜で一杯にして帰ってくる者もいる。
今朝は、彼らはアイサに気づいても隠れる様子がなかった。
ウィウィップの人たちは全般的に小柄で、大きな者でもせいぜいアイサやシンほどしか身長がない。彼らの言葉はクイヴルの言葉とはずいぶん違っていた。
彼らのおしゃべりを聞くともなしに聞いていると、建物の通路からシンが現れた。シンは脇目も振らずに建物から広場にある湧き水へ向かっている。
「おはよう、シン、何をしてるの?」
アイサはシンの後を追って、湧水を覗き込んだ。
「うん、この水は地下から湧いているんだけど、ここから用水路を通って、里中に配られているんだ。最後に家畜小屋まで行くんだよ。良くできている」
湧水はきれいな石で囲まれ、その側には石に彫られた神様の像があった。
里の人がその像に花や供物を供え、祈っていく。それは彼らの捧げ物で埋まってしまうくらい小さくて素朴な像だった。
(ここでは国が強大になればなるほど、神も強大になるのだろうか?)
アイサはその小さな像を見て思った。
「神様にお願い事でもあるの? 随分熱心に眺めてるけど」
シンが聞いた。
「そうじゃないけど。でも、そうね、いくらお願いしても足りないくらい、私たちにはたくさんのご加護が必要よね? シンのところの神様は勇ましい戦の神様? 城の中庭にあったわね」
「そうだよ。でも、他にもいろいろいらっしゃる。人々は自分の願い事に応じて別々の神様にお願いするんだよ」
いつの間にか、遠巻きにして里の人がシンとアイサを見つめている。にっこりするアイサとは反対にシンは居心地が悪くなった。
「ええと、ところで今日から里の新しい穀物倉庫を造る工事が始まるんだって。僕も手伝わせてもらうんだよ。君も行く?」
ウィウィップの人たちの好奇の視線から逃れるように速足で広場を後にしながらシンは言った。
「行くわ。ゆっくり休ませてもらったし、さしあたり何もすることがないし」
アイサは喜んで工事の見物に行くことにした。
工事現場はいくつかの貯蔵庫が並んでいる一角だった。既にきれいに整地されている。
アイサは木陰に座り、新しい倉庫を造る様子を眺めた。
シンは里の人たちと一緒に汗を流している。
(この里は人口がどんどん増えるといったことはないのだろうか? ここの森の他に彼らの里はないのかしら? 諍いはどうやって収めているのだろう?)
アイサは立ち上がり、ぶらぶらと歩き始めた。
ウィウィップの里はどこも手入れが行き届いている。昨日は姿を見せなかった里の人たちが畑で仕事をしていた。工事現場の先の開けた場所では、子供たちがオオカミの子どもと遊んでいる。その側では、もっと年上の子供たちが大人から武術を習っていた。静かな動きから、素早い蹴りや、突きが繰り出される。気持ちのいい林の中の東屋で本を読んでいる子供たちも見えた。そこにはやはり大人がいて、子供と話をしている者もいるし、本を読んでいる者もいた。そういえば、工事の現場には工事の様子を記録したり、手伝ったりしている子どもがいたことをアイサは思い出した。
(里全体が質のいい学校なのね)
その辺を一回りしたアイサは、またさっきの大きな木の根元に座った。
アイサが工事の様子を眺めていると、休憩時間になったらしく、シンがピルムと一緒に汗を拭きながらやってきた。
「さすがにこれだけの建物を維持してきた人たちだ。設計が素晴らしいし、手際もいい。今日でだいたい骨格を造ってしまうそうだよ。土を十分に使って造るから寒暖の影響が少ない、いい貯蔵庫ができるね」
シンの声が弾んでいる。
「シン様がこんなに熱心な働き手だったとは、びっくりしました。ところで、昨日はよくお休みになれましたか、アイサさん?」
シンに続いてやって来たピルムに言われて、アイサは赤くなった。
「昨日は酔ってしまったようで……失礼致しました」
「いえいえ、思いがけない話も聞けました。楽しかったですよ」
ピルムは笑った。
「さあ、そろそろ待っていた人たちが到着するようです。今スダルが迎えに行っています。私たちも戻りましょう。あの人たちは、私たち以上に速く森の中を動きますからね」
立ち上がったアイサの足下に、小さなオオカミの子が猛然とじゃれついた。
そのオオカミを追いかけて、子どもたちが集まる。
「わあ、かわいい」
アイサが声を上げた。
「ほんとだ。オオカミといっても、小さいうちはかわいいなあ」
シンはオオカミの子を抱き上げた。
オオカミの子はシンの手や顔をなめ回し、それからシンの腕から飛び出すと、またアイサにすり寄った。
「クルドゥリの方々が見えました」
スダルがやってきて告げた。広場の方から歓声上がり、里が騒がしい。まだまだこれから広場に向かう人たちもいた。
「本当に速いですね。さあ、お迎えしなくては。お二人には後程ご紹介いたしましょう」
ピルムはそう言うと、嬉しそうに広場に向かった。
「どんな人たちかしら?」
「見当がつかないよ。ウィウィップのことだって、ここで初めて知ったんだから」
「なんだか楽しみね」
「そうかな?」
二人も広場に向かう通路を足早に歩いた。広場は里の人でごった返していた。小柄なウィウィップの人たちに囲まれて、旅人たちは頭一つは優に出ている。ウィウィップの人々はクルドゥリからの旅人を取り巻き、気安く声をかけていた。
村人の間を縫って彼らに近づき挨拶を交わすピルムを、シンとアイサは遠くから眺め……シンの足が止まった。
「アイサ、あれは……」
シンがアイサの袖を引っ張った。
旅の荷が運ばれていく中で、里の人に囲まれ、広場に立つ四人の旅人が顔を上げた。大柄な男、バイオリン弾き、若い女……それぞれが値踏みするかのような目をアイサに向けていた。
「シン、あの人たち、春祭の時の旅の楽人だわ」
「ああ。君、春祭のとき歌を歌ったよね? あの後、君の後を追って一人の老婆がそっとポムの店に入って来た。その老婆は、その後占い師として再び君に会っている。でも、その占い師は、以前二度僕らに会っていると言っていた。もしかすると、あの老婆はこの人たちの仲間なのか、それとも……」
黒髪の女が笑みを浮かべた。クルドゥリの四人が戸惑うシンとアイサに向かって歩き出す。ウィウィップの人たちがさっと道を開いた。じゃれつくオオカミの子を抱き上げて、アイサがそばにいた子どもに渡す。シンがアイサの前に立った。
「相変わらず目つきが悪いわね、ラダティス公の次男坊は。私はあなたたちに何の危害も加えていないはずよ? 感謝されることはあっても、ね」
二人の目の前に立っていきなりこう言ったのは、すらりと背が高く、美しい黒髪をした女だった。
瞳も夜の黒だ。
大変な美人であることに間違いなく、その低い声も落ち着いていて感じがいいとアイサは思った。
「あなたの……その髪は鬘ですか?」
シンもいきなり言った。
「えっ、ちょっとシン、失礼じゃないの?」
アイサは思わぬことを言いだしたシンを慌てて小突いた。だが、シンには冗談で言っている様子はない。
みんな一瞬黙り込んだが、こらえきれなくなってクルドゥリの三人が笑い出した。
「いやいや、シン様、この髪は本物ですよ、私が保証します」
黒髪の女に気を使うようにピルムが真面目な顔をしてとりなす。
女は不機嫌な様子を隠さなかった。
「全く失礼な坊やだこと。でも、まあ、疑い深いことはいいことね。あの占い師と、この私が同一人物だと疑うのはあなたぐらいのものよ」
アイサは、はっとして黒髪の女を見た。
シールドで老婆を弾いたときの感じが蘇る。
しなやかで、しかも張りつめた感じ。
今ここに立つ女と同じ気だった。
「シン、確かに……」
頷くアイサに黒髪の女は言った。
「そう、私があの時の占い師よ。よくわかったわね」
「なかなか筋がいいと思わない、スオウ?」
若い女が大柄の男に言った。
「ビャクに隙があったんじゃないか?」
若いバイオリン弾きが言った。
「それぐらいにしておけよ、シャギル、後が面倒だ」
再び女が不機嫌な様子になったのに気づいた大柄な男が、笑いをかみ殺して言った。
「他に聞き方があったんじゃない?」
アイサがシンに囁く。
「僕は何も悪いことは言っていない」
シンはきっぱり言った。
「そうさ、気にすることはない。俺としてはこの坊主、気に入ったね」
「まあ、いいわ。また会いましょう」
黒髪の女の言葉を合図に、バイオリンを持った若者が笑って手を振り、クルドゥリの旅人たちは我に返った案内役の後について広場から消えて行った。
結城様よりいただきました、ビャクグンです。
背景はやさぐれ猫様のフリー素材を使っていらっしゃるそうです。
どうもありがとうございました!!




