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Bright Swords ブライトソード  作者: 榎戸曜子
Ⅰ.闇の炎
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4.クロシュの占い師⑤

「君が世慣(よな)れてるってこと……今夜は身にしみてわかったよ」

 セグル、チュリ、カヌがポムの店に入ってアイサと二人きりになると、シンは憮然(ぶぜん)として言った。

「世慣れている? 私が?」

 アイサは目を丸くしてシンを見つめ、それから笑い出した。

「何だよ?」

 シンは笑わなかった。

 そんなシンに構わず、ひとしきり笑うとアイサは言った。

「私だって、目をつぶっていられるなら、つぶっていたいわよ?」

「それって、嫌味(いやみ)かい?」

 シンの声は静かだったが、その中には怒りと苛立ちがあった。

「だったら、どうなのよ?」

 アイサがすかさず返す。

 二人は黙ったまま、クロシュの大通りから裏通りに入った。さすがにファニ領主ラダティスの城がある町だ。規模は小さいながらも、裏通りにまで様々な店が立ち並ぶ。その中に、小さなテーブルの上に変わった酒の空瓶を飾っている店があった。そのすぐ先に宿屋の看板がある。裏通りの小さな店の中では大きく、通りに沿って細長く宿屋の建物は続いている。木掘りの看板には、流れる雲を背景にその名が彫り込まれていた。

 アイサは黙って歩くシンの先に立って浮雲亭の入り口をくぐり、鋭い目でアイサを見る腰の曲がった男にロスの名を出した。男はすぐに奥へ入り、太った宿の(あるじ)を連れてきた。

「突き当たりの部屋だよ」

 アイサとシンの顔をちらりと見て、主は階段を示した。

 礼を言って階段を上ったアイサが、突き当りの部屋のドアをノックする。黙りこくったシンがそのうしろで耳を澄ませた。

「お入り」

 しわがれた女の声がした。

 ドアを開けると、がらんとした部屋の中に老婆がひとり椅子に腰掛けている。

「失礼します。ロスの紹介で来たアイサです。この人は友だちです」

 アイサが老婆に近づく。

(これは……)

 押し黙っていたシンの様子が変わった。

(ポムの店でアイサのことを見ていた老婆じゃないか)

「友だちとやら、おぬし、顔に出過ぎじゃ。さよう、わしはおぬしたちに会っておる。これまでに二度ほどな」

 老婆はフードの奥からシンを見た。

「二度?」

「そうじゃ。一度目は広場で、二度目はポムの店で。おぬしはファニ領主の次男シン殿であろう?」

「何故あそこで急に席を立った?」

 老婆はくっくっと笑った。

「そりゃあ、おぬしたちの正体を確かめねばならなかったからのう」

 深い(しわ)、くぼんだ目、大きな鼻、曲がった背中。深く被ったショールのために、老婆の表情は読み取りづらい。

「あのとき、城の近くまで私たちの後をつけてきたのは、あなたでしたか」

 老婆を注意深く見ながら、アイサは言った。

「そうだ……あの時、見知らぬ気配を感じたような気がしたんだ。うっかり忘れていたけれど」

 シンも言った。

「ふふっ、気づいたか。だが、シン殿、おぬしはどうも正直過ぎるようじゃな。わしを信じていいかどうか、まだわからないはずじゃが?」

 老婆がシンに言い、アイサは思わず笑みを漏らした。老婆の鋭い視線がアイサを捕らえる。アイサはそれを受け止め、老婆の心を探った。

一筋縄(ひとすじなわ)ではいかなそうね)

「やれやれ」

 老婆が目を()らす。

「で、お前さんの知りたいのは、このクロシュのことか、ファニのことか、それともクイヴルだったかな?」

「あなたならわかるでしょう。教えて下さい、私の思った通りでいいのかどうか」

 アイサと老婆の目が会った。

「さて、お前さんはどう思っているのかね?」

 老婆が目を細める。

「エモン殿は、このファニを足がかりにクイヴルを狙っている。背後にはオスキュラがいる」

「アイサ」

 アイサはきっぱりと答えたが、一方のシンは動転した。エモンがしようとしていることは頭では理解できても、心が受け付けない。そんな二人に、老婆はゆっくりと頷いた。

「わしのもたらす情報を信じようと信じまいと、それはおぬしたちの勝手じゃが、そうじゃな、まずは用件を済まそうか。さよう、アイサ、おぬしの考える通りじゃ。エモンはブルールの森に二千、そしてファニの主な町や村にも王都の兵を伏せている。ファニの城には奴の腹心がいて準備を調えた。そして、ここが肝心じゃが……奴はもう王都を立っている。手勢三千ほどを連れてな」

「もう……?」

「やつの行先を聞かぬのか?」

「行先?」

「ああ、やつの行先は、もちろんラダティス殿のところだろうな」

「まさか、エモン殿は……」

 アイサの顔色が変わった。

「ああ、エモンはいつ城に到着しても不思議ではない。あれは冷徹な男だ。わしは、むしろ手遅れにならないことを祈るよ」

 老婆は意地悪く笑った。

「わかりました。お礼を言います。報酬はいかほど支払ったらいいでしょう?」

「もし、おぬしやわしの思った通りにことが動くなら、これから先、金はいくらでも入り用になるのではないかな? 特に、保護のなくなったこの坊やを守りながらとなるとな? 報酬といったら……わしに見せてくれるだけでいいよ。この間の不思議な力を」

「何のために? 私たちの情報も誰かに売りますか?」

「さて、どうするかな?」

 老婆はしわがれた笑い声をたてた。

 老婆のくぼんだ目にアイサを試す光が見える。それを見てとったが、アイサはあっさり答えた。

「わかりました、お見せしましょう。私に向かってかかってきて下さい」

「では、遠慮なく」

 その語尾が消えた瞬間、老婆は思いがけない俊敏な動きを見せた。

 シンが見たこともないような速さだ。

 まず、老婆が忍ばせていたナイフが数本アイサに向かって飛び、それを追うようにして老婆はアイサに襲いかかっていた。

「アイサ」

 シンは叫び、飛び出した。

(だめだ、間に合わない)

 アイサは襲いかかった老婆に抑えつけられるまでもなく、先に放たれたナイフで串刺しになるはずだった。だが、実際はナイフも老婆も、ことごとくはじき飛ばされている。

 シンは目を疑った。

(あの時と同じだ。アイサは動いていない。これは武術ではない。姿を消すベールのような、何か道具を使っている)

 一方、弾き飛ばされた老婆は、ここでもすばらしい身のこなしを見せた。床に叩きつけられることもなく、自然な受け身を見せたのだ。

「いろいろと、意外な方ですね」

 そうは言いながらも、アイサはさほど驚いているようには見えなかった。

「そちらほどではないな。ところで……おぬしは祭りの日に歌った歌がどこのものかは知っておるかな?」

「いいえ……」

 不意を突かれて、用心深く答えるアイサに老婆は言った。

「では、ついでに、もう一つ教えてやろう。おぬしが春祭で旅芸人の演奏に合わせて口ずさんだ歌は、オスキュラの荒れ地で歌われるものだ。だが、それを知る者はごく少ないはずじゃ」

「それは、どういうことですか?」

「さあな。さあ、急いだ方がよいぞ? ぐずぐずしている時間はないはずじゃ」

 老婆の言葉にアイサは表情を引き締めた。

「そのようですね。では」

「シン殿も、ご無事でな」

 老婆は皮肉とも、憐れみともつかない表情を浮かべた。


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