CODE.27
金属同士が軽くこすれる音と、次いで石の上を靴が踏みつける音が聞こえる。距離をとった両者が睨み合い、構えを取りなおす。
「では……行きますっ!」
エリム王子様がフットワークでのフェイントを織り交ぜながら接近するのに対し、先生は腰を落としてカタナを鞘に納め、しかし柄には適度な力を籠めた右手を置いている。もちろんエリム様はその構えに警戒をしている。だが、退いても待っても勝機はない、と悟っているのか、フェイントを増やしつつ接近を試みている。
「……そこだぁッ!」
エリム様が袈裟懸けにサーベルを振ったとき、同じタイミングで、強い踏み込みと同時にカタナが奔る。僅かばかりの火花が散り、甲高い音が響き渡る。おそらく、なまくらの剣であったならその一度きりの衝突で折れてしまっていただろう。
つばぜり合い、互いの視線と剣が交差する。そのつばぜり合いは拮抗を保ち、両者の周りを覆う空気がぴりぴりとしたものになっている。しかし、その拮抗も長くはもたない。カタナを先生がずらし、押しを無くす。それによってつんのめったエリム様に、先生が振り返る――――が、咄嗟の判断で前に転がる様に抜け出すエリム様。
「くっ、やるな……ッ!」
「そちら……こそっ!」
再び、今度は下から救い上げるような一撃がつばぜり合い、互いに後ろに少しだけ跳び距離を取る。
この二つのつばぜり合いだけではあるが、私は目が離せなかった。エリム様は場合によっては私達と同等の強さを誇る。先生がカタナとCQC、そして魔法のみをこの戦いで使っているとしても、その試合から目を離すことは体も心も拒んでいた。むろん、審判ということを抜きにして。
「では……行きますよ?」
互いに構えを取り直し、先生が先程と同じく腰を少し落として左手を鞘のカタナの柄に添え、エリム様は左手をサーベルから放して先生に突き出すように構える。すると、魔力がその左手、左腕の周囲を渦巻き、やがて氷の粒になる。それが一つの大きな塊になるまでに、そうそう時間はかからなかった。
「はぁぁぁッ!」
再び強い踏み込みと、気合の声とともに、一筋の剣閃が奔る。しかし、その一閃のみで再びカタナを鞘に戻す。唾が鞘の鯉口を叩き、小さく金属音がすると、一気に風の魔力が氷塊にぶつかる。刃の形をとった幾筋ものそれは氷塊を切り刻み、そのまま氷塊はバラバラと砕け散る。その砕け散って未だ空中に散る氷の粒の中を、先生が一つ地面を蹴って距離を無くす。散った氷の粒が視界を隠していたのだろう、エリム様はそれに対応できなかった。伸ばしていた腕をつかまれ、そこから足をかけられてバランスを崩したところを拘束される。首に小刃を当てる。
「く……降参、です」
その形勢を覆すことが不可能、と理解したエリム様が、降参の意を表す。周りが歓声か感嘆の声をあげ、私達が試合終了の合図を正式に下し、ようやくこの日の最大の盛り上がりは鎮まったのだった。
「しかし、エリム様も強くなられたものだ」
「うむ、旅に出ても鍛練を怠っていなかった……あるいは、増やしていたか……?」
試合後しばらく、審判をしていたその位置のまま、アクトと立ち話をしていた。
「さて……国王様は……ってあれ?」
「む、どうしたレム?」
「いや……国王様はどこに?」
「あぁ……確かに。いつものアレじゃないか?」
「……なるほど」
はぁ、とひとつため息をつく。今日の晩餐会が原因だろうか? きっと今晩は厠付近で水音が止まないだろう……
「そういえば、国王様もそうだがセシアを見なかったか? レム」
「……? そういえば晩餐会以来見ていないな」
辺りを見回し、あの特徴的な緑の髪を見ていないことに気付く。
「アクト……」
「ああ、分かってる」
疲れたように言った私に、アクトは苦笑いを返す。セシアが一人いなくなった時は、十中八九よくない情報が舞い込んでくる。今回も多分そうだ。
噂をすれば影あり、私達のすぐ近くに、セシアが駆け寄ってきた。息が少し上がっている。
「ああ、すいません。大変なことになってしまいましたよ!」
いつもと少しばかり口調が違う彼。そこからも事態の重大さがうかがえる。
「何があった?」
「ジュイスです」
「ジュイスって……あの紅き流れ星の!?」
「あの時のか……それで、奴が一体?」
「先生を呼び出しているんです。ここから少し西へ行った草原で待っている、と。先生と戦いたいとかどうとか……」
西へ行った草原、というと魔王軍と王国軍の勢力争いの丁度中央付近にあるはず。何か意図が…………?
「アクト、先生に伝えに行ってくれ。セシアと私は、極僅かの者のみに伝えてくる。先生に伝えたらそのまま先生の部屋の前で待っていろ!」
「ああ、分かった。じゃ!」
お互い別方向に走り出した私達。悪い方へと事が運ばなければいいが…………
どうやら国王様は下痢持ちだったようです。
次回、拓海とジュイスの激闘を第三者視点でお送り(する予定)です!