第一話「追放と、裏切りと、あと追放」
ダンジョンの最深部というのは、大抵ろくでもない場所だ。
湿気は高く、臭いはきつく、たまに壁がぬめっている。
松明の灯りが届かない角では何かが息をしていて、その何かは十中八九こちらを捕食しようとしている。
足元は石畳のはずなのに、踏むたびになぜかぐちゃっとした感触がする。
理由は考えたくない。
そんな場所に好き好んで来るのは、よほどの物好きか——
——よほどの馬鹿か、だ。
そして始まる追放劇。
「アルド。お前を勇者パーティから追放する」
「……は?」
アルドは首をひねった。
そこには仲間たちが並んでいる。
重戦士のライン、盗賊のカナ、魔導士のトール、そして聖女のエリス。
全員で四人。
全員が真顔だった。
申し合わせたように腕を組んでいる。
なんなら少し偉そうだ。
「追放、って。ここで?」
アルドは聞き返した。
「ここで」
とラインが返した。
「ダンジョンの最深部で?」
「最深部で」
「魔王城の入り口まであと三つ先の部屋、っていうタイミングで?」
「その通りです。少々タイミングが悪かったのは認めましょう」
とエリスが言った。
認めるな。
いや、認めたのなら撤回しろよ。
違う。そうじゃない。
「待て待て待て!」
アルドは剣を握ったまま一歩前に出た。
「落ち着いて話し合おう。まず俺は何かしたか?」
「した」とラインが即答した。
「何を」
「いろいろ」
いろいろ。
四年間パーティを組んだ結果がいろいろ。
「具体的に教えてくれ」
「ん〜」ラインは少し考えた。
「多すぎて絞れない」
「多すぎて、は傷つくんだが」
「正直に言ってあげてるんだから~ありがたく思いなさいな」
とカナがため息をついた。
「ていうかこの期に及んで傷ついてるの、うけるー」
うけてる場合か。
「トール、お前はどうだ」
アルドは魔導士に目を向けた。
トールは仲間の中で一番物静かで、一番常識的な男だった。
こいつだけは話が通じるはずだ。
「お前まで俺の追放に賛成か?」
トールは少し間を置いてから、静かに言った。
「賛成というか……発案者です」
「お前が言い出したんかい!」
「ずっと考えてたんですよね」
トールは遠い目をした。
「魔王城に近づくにつれて、今しかないと考えていました」
「今しかない状況が最深部ってどういうことだ」
「追放に最適な場所ってないじゃないですか、よく考えたら」
トールが真剣な顔で言った。
「街だと他の客に聞かれるし、騒ぎになるし」
「ダンジョンの最深部よりはマシな選択肢がいくつかあったと思うが」
「まあ、結果オーライということで」
結果オーライの意味を知っているか、この男は。
アルドは深呼吸した。
感情的になってはいけない。冷静に、論理的に——
「エリス」
最後の砦、聖女エリスに向き直った。
エリスはパーティで最も知的で、最も慈悲深く、神の教えに従って生きている女だ。
こいつが反対してくれれば、まだ話し合いの余地があるはずだ。
エリスはいつものように穏やかに微笑んだ。
「私も賛成です」
「神の慈悲はどこ行った」
「神様も、きっとご理解くださるかと」
「くださらないだろ絶対」
「アルドさん」
エリスはにこにこしたまま言った。
「物事には潮時というものがあります。一緒に旅をして、いろいろありましたけど——そろそろ、ね?」
そろそろ、ね?で追放される。
おかしいだろ?
勇者パーティから追放されるのが……。
勇者だなんて!
俺、勇者なんですけど!!勇者アルドなんですけど!!
アルドはもう一度深呼吸した。
「理由を、もう少しだけ詳しく教えてくれないか。本当に心当たりがない」
「ないの?」
カナが眉を上げた。
「ない」
四人がまた目配せをした。長い。なにか話し合っている。
「じゃあ」
ラインが代表して口を開いた。
「覚えてないなら、別にいいか」
「よくない。俺が納得できない」
「アルドって昔からそうだよね」
カナがため息をついた。
「なんでも納得しないと動かない。めんどくさい」
「めんどくさいは言いすぎじゃないか」
「言いすぎじゃないです」
とトールが静かに言った。
「客観的に見て、かなりめんどくさいです」
「そんなにはっきり言うか普通」
「四年分の正直さです」
アルドは天を仰いだ。
といってもダンジョンの天井は低く、染みだらけで、やっぱりぬめっていた。
臭い。
(四年間、一緒に戦ってきたのに)
魔物に囲まれた夜も、食料が尽きかけた砂漠も、全員で乗り越えてきたはずだ。
笑ったこともあったし、泣いたこともあった。
背中を預け合って——
「見ろ!」
ラインが前方を指差した方向を、アルドは反射的に見た。
闇の中からゆっくりと現れたのは、全身を黒い鎧に包んだ人物。
その背後には闇よりなおも昏いオーラが立ち上り、足元には紫の炎が揺れている。
空気が変わった。温度が下がった。
(四天王デモンレイア)
アルドは即座に判断した。
魔力の質が違う。
圧が違う。
格が、根本的に違う。
こいつは本物だ。
少なくともダンジョンの最深部に似つかわしい何かだ。
「今は一旦この追放の話は置いといて——」
アルドが前に出ようとした、その瞬間。
背中に、衝撃。
重くて、鈍くて……。
かなり痛かった。
……
…
***
気がついたら、はりつけにされていた。
(あ、これアカンやつだ)
アルドは冷静に現状を分析した。
後頭部が痛い。
絶対にラインのバカ力で殴られた。
許すまじ。
それよりも、だ。
石の壁に縄で縛り付けられている。
両手両足が広げられた状態で固定されていて、身動きが取れない。
ご丁寧に武装解除もしてくれている。
目の前では黒鎧の四天王が、アルドのパーティメンバーに向かって拍手をしていた。
「よくやった。見事だったぞ」
「ありがとうございます、デモンレイア様」
エリスが深々と頭を下げた。
聖女が。
あの神様に仕えてるやつが。頭を下げている。
魔王四天王に。
「お前たちのおかげで勇者を捕らえることができた。魔王様は、この功績に必ず報いるであろう」
「もったいないお言葉です」とトールが言った。
「光栄です」とライン。
「やったねー」とカナが続く。
やったねー、じゃねーよ、裏切り者が!
アルドの視線に気が付いたのか、四人が一斉にこちらを向いた。
「あ、起きた?」
「起きてたぞ、ずっと」
「え、もしかして聞こえちゃってた?」
「ちゃってたな!全部!」
「あちゃー」とカナが頭をかいた。
「まあいっか」
まあいっか、で済む話か。
「なぜ裏切った」
アルドは四人を順番に見た。
「理由を聞かせてくれ。本当に、何故なんだ。何も思い当たらないんだが?」
四人がまた顔を見合わせた。
今度の沈黙は長かった。
「……本当に思い当たらないのか」
ラインがため息をついた。
「そうですね。自覚がないのが、一番困ります」
トールが静かに頷いた。
カナに向かって叫んでみる。
「だから教えてくれ」
「言いたくないなー」
「なんで」
「言っても変わんないと思うから」
「変わる、変わってみせる」
「無理です」とトールがきっぱり言った。
「あなたに変わることなんて……」
アルドは少し黙った。
(傷つくんですけど……普通に。酷くない?)
「俺は、これでよかったと思ってる」
ラインが肩をすくめた。
「あなたのこと、ずっと苦手だったんですよね」とトールが続けた。
「正直に言うと私も!」
カナが嬉しそうに手を挙げた。
「私もです。ごめんなさいね、アルドさん」
エリスが穏やかに微笑んだ。
聖女の笑顔が怖い。
「四年間……ずっとそう思ってたのか」
「違います」トールが言った。
「私は一年目の後半からです」
はやっ!
「カナは?」
「最初から」
最初から。
「ライン、お前は」
「二年目くらいだな。あの宿で——まあいい」
よくねーよ!
「勇者よ」
デモンレイアの声が、話を遮った。
四天王は黒い兜の奥で、どこか楽しそうに笑っているようだった。
「お前の仲間への未練は見ていて飽きないが、そろそろいいか」
「あ、すみません。どうぞ」アルドは反射的に謝った。
「謝るなよ馬鹿」
「謝り癖も嫌いだった」
かつての仲間が口々に罵る。
結局なんでも嫌いじゃないかお前ら。
いい加減泣くぞ、おい。
「デモンレイア様」
エリスが四天王に向き直った。
「勇者はどうなさいますか」
デモンレイアは愉快そうに。
本当に愉快そうに言った。
「モンスターに堕としてやろう。スライムになるか、ゴブリンになるか——何になるかは知らんが面白い。人間に退治されるもよし、モンスターとして人間を襲うもよし、好きにするがいい」
「素晴らしいです」とエリスが満面の笑みで応えた。
「最高だ」「ちょっと見たいかも」「勇者がモンスターとは」
皆で囃し立てた。
デモンレイアがくつくつと笑った。
腹の底から響くような、暗い笑い。
それに合わせるように、パーティメンバーも笑い始めた。
腹を抱えて。
ラインが壁を叩きながら笑っている。
カナが涙を拭いている。
トールでさえ、口元を押さえてふるふるしている。
エリスだけは上品に耐えているが、堪えきれていない。
「お前らなぁ……」
「すまん。想像したら、ちょっと、な」
「笑っていい話じゃないだろこれは」
「いいじゃないですか」エリスが微笑んだ。
「だってこれで最期ですもの」
アルドは一度だけ「おかしいのは俺なのか?」と思った。
笑い声の中で、デモンレイアが手を上げた。
儀式が始まる。
紫の炎が広がり、アルドの身体を包んでいく。
内側から何かが書き換わっていく感覚。魂がぐにゃぐにゃと形を変えようとして——
(スライムか。ゴブリンか)
どっちも嫌だな、とアルドは思った。
せめてドラゴンとかにしてくれ!
かっこよくて強いやつ!
笑い声が遠くなっていく。
エリスの「お元気で」という声が、夢のように聞こえた気がした。
それが最後の、人間としての記憶だった。




